劇場公開日 2023年4月14日

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聖地には蜘蛛が巣を張る : 映画評論・批評

2023年4月18日更新

2023年4月14日より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにてロードショー

カンヌ主演女優賞に輝くアッバシ監督最新作。シリアル・キラーの実像に迫る注目作

実際に起きた猟奇的な事件を題材に、イラン出身「ボーダー 二つの世界」のアリ・アッバシが監督、製作、脚本を担当。ザーラ・アミール・エブラヒミが2022年カンヌ映画祭でイラン人初の主演女優賞を受賞した話題のサスペンス・ドラマ。共演はメフディ・バジェスタニ

2001年、イラン第2の都市マシュハド。セックス・ワーカーばかりを狙った連続殺人「スパイダー・キラー」事件が人々を震撼させる中、女性ジャーナリストのラヒミ(ザーラ・アミール・エブラヒミ)は、自らおとりとなって街頭に立ち犯人を追っていた。一方、密かに凶行を重ねるサイード(メフディ・バジェスタニ)は、匿名でメディアを通じ街の腐敗浄化を主張、次第に住民たちの支持を集めていく。

マシュハドの夜景は、中央の寺院から放射線状に幹線道路に延びており、街自体が巨大な蜘蛛のように映し出される。ここは1200年の歴史を持ち、毎年2000万人もの信者が巡礼に訪れるイスラム教の聖地であり、超保守的な土地柄でも知られている。

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この事件は今までに3回映像化されている。特に03年のドキュメンタリー「And Along Came a Spider」では犯人のサイード・ハナイ本人が自ら取材に応じており、犯行の一部始終や、幼少期の虐待体験などを誇らしげに語っている。本作は証言を踏まえ、より具体的に人々の生活、殺人までの経緯、遺棄してからの声明までを忠実に再現、強い信念を持った加害者と共に、根深いミソジニー、ホモソーシャルの弊害、行き過ぎた道徳観など、イラン社会が抱えるレイヤーを描き出す。

主演エブラヒミは06年にプライベート映像が流出し炎上、イラン映画界を追われており、本作には当初スタッフとして関わっていた。だが、ラヒミ役の候補俳優がヒジャブを脱いでの演技を拒否、降板したことから、自ら出演を決めたという。セクハラを告発し社を追われ、フリー記者となったラヒミの役柄とエブラヒミ自身の人生が偶然にも呼応し合う。

アッバシ組である編集のオリビア・ニーアガート=ホルムは、前作「ボーダー」からカット数をほぼ倍増させ、ジャンプカットの多用によって殺人現場を表現、サイードの狂気を最大限に引き出すことに成功している。

ネットで調べてみると、00年代のイランではこの「スパイダー・キラー」のほかに「サイクル・キラー」「ハイウェイ・キラー」など少なくとも4つの連続殺人事件が発生、女性や少年少女を中心に約90人の命が奪われている。そこに共通点はあるのか、この映画から何かがくみ取れるかも知れない。

なお、イラン文化・イスラム指導省は「この映画はサルマン・ラシュディ『悪魔の詩』のような道をたどる」と非難した。監督など関係者の今後の無事を祈りたい。

本田敬

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