劇場公開日 2022年6月24日

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「「兄たちと僕」でよかった」母へ捧げる僕たちのアリア 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0「兄たちと僕」でよかった

2022年7月21日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 南仏の海岸の街に住む移民の4人兄弟の物語である。亡くなった父親は手先が器用で様々な仕事をした。一度も登場しないが、兄弟が父親を尊敬していることはわかる。母親は植物状態だが、その存在が兄弟をつなぎとめている。
 バイセクシュアルの長男は、老若男女を問わず金持ち相手の売春で稼ぐ。次男は元サッカー選手でそのコネクションで物品をやり取りして小銭を得る。三男は不良だ。中心的に扱われる四男のヌールはまだ中学生くらい。しかしPCは扱えるし、バイクにも乗れる。
 性格もそれぞれ違っていて、長男は大らかで優しく、次男は自分にも他人にも厳しい。三男は被害妄想の甘えん坊だ。ヌールは兄たちを愛してはいるが、完全に信じてはいない。移民らしい強かさは、14歳のヌールにもあるのだ。

 季節は移ろい、観光客が来ては去っていく。兄弟はやがてそれぞれが独立して生きていかなければならないことを知っているが、いまは刹那的な仕事をしている。人生に確固たるものはなく、金持ちは貧乏になり、貧乏人はときにのし上がる。悠久の時の流れからすれば、人生もまた、刹那にすぎない。警官が犯罪者に、犯罪者が警官になる日も来るだろう。諸行無常だ。
 母はカンツォーネが好きだった。ヌールはインターネットの音源をスピーカーに繋いで、昏睡中の母にオペラを聞かせる。やがて門前の小僧のように自分でも歌い出す。歌は楽しい。人生を豊かにしてくれる。母が歌を好きだった理由がわかる気がした。
 貧乏な移民だからといって、精神まで貧しいわけじゃない。植物状態だからといって、その人生まで否定される謂れはない。全部を肯定するのではないが、まったく否定するのでもない。フランスらしい相対的な世界観からくる、ある種の寛容さが作品全体を通底している。心に残るものがあった。

 邦題の「母へ捧げる僕たちのアリア」は作品の印象を音楽に寄せてしまうので、原題の直訳である「兄たちと僕」でよかったと思う。

耶馬英彦