「迷える子羊たちの城(居場所)はこの世界にきっとある」かがみの孤城 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
迷える子羊たちの城(居場所)はこの世界にきっとある
辻村深月のベストセラー小説として人気らしいが、いつもながら未読。
原恵一監督の新作として鑑賞。
異世界が舞台のファンタジー。…と聞くと、前作『バースデー・ワンダーランド』風かなと思う。
が、あちらは王道の冒険ファンタジーだったのに対し、こちらは人間ドラマが主軸。
アニメーションでありながらまるで実写のような丁寧な描写や演出で知られる原監督の手腕が充分に発揮。
開幕暫くはちと戸惑った。
何の前触れもなく異世界が開かれる。
「?」や驚きはあるものの、その世界に足を踏み入れる。
唐突過ぎて置いてきぼり感も…。同じ唐突感や説明不足も見受けられた『バースデー・ワンダーランド』の二の舞…?
が、展開していく内に持ち直した。
中学一年生のこころ。学校で受けたいじめが原因で不登校続く。親にも話せず、勧められたフリースクールにも通えない。
そんなある日、部屋の鏡が光を放つ。吸い込まれるようにしてその中へ入った先には…
異世界としか言えない世界。絶海の岩島に立つ城。
そこにはほぼ同年代の6人の少年少女が。
“オオカミさま”と呼ばれるオオカミの面を被った案内人の少女。曰く、
この城の何処かに鍵がある。その鍵を見つければ、どんな願いも叶う。
この城の中では何をしてもいい。来る来ないも自由。
が、ルールがある。
城に居ていい時間は朝9時から夕方5時まで。もし5時過ぎても城に残っていたら、巨大なオオカミに食べられてしまう…。
また城に留まれるのは3月まで。それまでに鍵を探さねばならない。
願いを叶えられれば、ここでの記憶は消える。願いを叶えないのなら、記憶はそのまま…。
不可解な事だらけだが、皆で協力し合って、鍵探しと冒険が始まる…。
…いや、始まらない。
そもそもこころはあれ以来城には行かなかった。
内気で、何の取り柄もナシ。他人と接する事が苦手。学校にも家にも居場所がない。幾ら別世界への扉が開いたって…。
しかし…、鍵を見つければどんな願いも叶えられる。こころにもある願いがあった。
暫くぶりに城に行く。他の皆もあれ以来毎日とか全員がとかではないが、ちょくちょく訪れていたようだ。
いきなり出足で躓く。改めて自己紹介。
姉御肌のアキ。3年生。
物静かなフウカ。2年生。
優しい性格のスバル。3年生。
皮肉屋のマサムネ。2年生。
小太りのウレシノ。1年生。
イケメンのリオン。1年生。
いつの間にか多少の人間関係が出来上がっていた。アキとフウカは女子グループとして一緒にいる事が多い。ゲーム好きのマサムネとそれに興味津々のスバル。誰に対してもフレンドリーなリオン。すぐ女子を好きになるウレシノは皆にからかわれ…。
遅れたこころは輪に入れるか…?
皆、自然体で迎え入れる。
ちょっとチクチク刺す言動やからかいはあるものの、ここにはあからさまな仲間外れや省かれなどない。
皆、よくここを訪れる。学校は…? 私と同じ…?
親近感や距離の近付きは次第に感じるこころ。
後々分かる事だが、皆同じという訳ではないが、それぞれに問題や悩みを抱えている。本来の場所に居場所がない。居づらさを感じている。
何故自分たちだけがここに…? これも後で分かる事だが、彼らには意外な共通点が…。
タイトルの“孤城”というのが印象的。普通に“城”でもいいのでは…? ちゃんと意味あり。
周囲から孤立した城でもあるが、敵に囲まれて身動きが取れなくなっている城という意味があるらしい。
この場合の“敵”というのは、皆がそれぞれひしひしと感じている現実社会での孤独や疎外感。
そんな自分たちをこの城は守り、皆は迎え入れてくれる。
現実逃避や逃げ…と思う人もいるだろう。が、中にはどうしようもなく辛い人たちも。
実際、不登校経験がある観客が本作を見て打たれ、救われたという。
原作者の辻村深月は孤独な思いをしている人たちへの“城”になれたら…という思いで執筆したという。
原監督の演出もそれに寄り添う。
私たち誰しにもある“城(=居場所)”を教えてくれる。
異世界でのワクワクするような冒険や鍵探しの謎解きを期待した人には肩透かしだろう。
冒険には旅立たないし、全編の暫くは鍵探しも本格的にやらない。
7人の交流が続く。城や周囲も美しい。ここでこうして皆と過ごしているだけでいい。
時折塾通いや進学や見た目の変化などもあるが、現実世界では出来なかった体験を。
こころも徐々に打ち解けていく。
親にも言えなかったいじめの苦をアキやフウカに話す。このいじめの描写が胸痛くなるほど。家に閉じ籠るこころの元に、いじめの面々が押し掛け外から脅すシーンはどんなサスペンスやホラーよりゾッとした。原監督のリアル演出は時に真に迫る。
話した事で母親にも打ち明けられた。不登校が原因で母親とは微妙な関係だったが、母親は支えになってくれた。
それから、常々気遣ってくれるフリースクールの先生。尽力してくれる。終盤判明するこの先生の正体…。
鍵探しをおざなりにしている訳ではない。
人知れず探しているメンバーも。
もし見つけた場合には、皆で話し合って誰の願いを叶えるか。
ある事をきっかけに、皆の背景や共通点が。
制服を着て現れたアキ。こころと同じ中学。皆も同じ中学だという。
マサムネが提案。現実世界の学校で一度会おう。場所と時間も決めて。
が、集まらなかった。こころも皆も間違いなく行って待ったという。
と言う事は、自分たちはパラレルワールドの住人なのか…?
同じ世界でもパラレルワールドでもいい。せっかく心を通わせた仲。鍵探しの期限が近付く。
そんなある日、ルールが破られた…。
アキが5時を過ぎても城に残り、オオカミに食べられた。
その時居た皆も連帯責任で。
唯一この時こころは城に居なかった。現実世界で以前仲良かったクラスメイトと会い、和解。
彼女の家にあったある絵。それがヒントとなり、鍵の在りかを探し出す。
こころはその時、皆の記憶を見る。皆それぞれ、つらいものを背負っていた。
中でも、アキ。何故アキは帰ろうとしなかったのか。
鍵を見つけ、願いを叶えられる。
叶えたい願いは一つ。自分の叶えたい願いではなかった。
それは…
皆の記憶の中で、関係性が明らかになっていく。
パラレルワールドではなく同じ世界だが、時代が違うのだ。
スバルが1985年。アキが1992年。こころとリオンが2006年。マサムネが2013年。フウカが2020年。ウレシノが2027年。それぞれの時代の中学に通っていた。
7年置き。私たちは7人。何か意味がないとは思えない。
何故こころとリオンは同じ時代…? 1999年だけ欠けている。
実はもう一人、ここに来る筈だった人物がいた。リオンはその思いを継いで選ばれた。
皆それぞれ接点もあった。これから繋がれる接点も。
こころと、アキ。
リオンと、オオカミさま。
接点や関係性が判明されていく様は、ミステリーの名手と評価される辻村深雪ならではの醍醐味。
しかし、分かった所で記憶は失ってしまう。
リオンはお願いする。
オオカミさま…いや、“その人”は応える。善処する、と。
現実世界に戻り、城での記憶を失ったこころ。
つまり、以前のように殻に閉じ籠り…。
そんなこころの支えになるフリースクールの先生。
学校に行く勇気を出し、登校日、声を掛けてきた転校生。
あの出会いは夢幻ではない。
支えになってくれる人たちがいる。
私たちは決して一人じゃない。
この世界に一歩踏み出して。
共に『ドラえもん』繋がりの辻村深月と原恵一。
だって鏡がそれこそ“どこでも鏡”だ。
若手俳優や本職の声優を起用。
當真あみはこころの複雑な心情を見事表していた。
オオカミさまの芦田愛菜はもはやプロの声優。
ウケたのは、マサムネ役の高山みなみ。まさかあの台詞を言わすとは…!
実はこれも少なからず伏線になっていたりと、原監督の遊び心と演出に唸らされた。