劇場公開日 2023年4月7日

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「まなざしの地獄」ザ・ホエール pipiさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0まなざしの地獄

2023年5月1日
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鑑賞方法:映画館

知的

難しい

幸せ

魂の贖罪と救済については、玄人・素人問わず多くの方々がきっと論じておられるであろうから、私は別切り口から。

どれだけ深く惨たらしい傷を負っていようとも心の傷は他人には見えない。
だから命を脅かすまでに深刻な極限状態にあるチャーリーの心を「体型」という誰の目にも見える形で表現したアロノフスキー監督の手法は非常に良かったと思う。
後述するがそれは「人々のまなざしという檻」を検査する試験紙にもなっていると感じた。

自らの命の終わりを悟ったチャーリーは贖罪によって魂の救いを求めるが、そもそも「罪の意識」は何故生じたのか?
チャーリーはアランを愛し、それによって「妻と娘を捨てる選択」をした。
それがチャーリー自身が考える罪であり、娘も妻も周囲の人々も大多数の鑑賞者も同様に考える事であろう。
しかし、それは本当に「罪」なのであろうか?

コーランでは4人までの妻帯が認められている。(4人を精神的にも経済的にも平等に愛せることが条件だが)
日本の平安貴族も正妻以外の妻を持つ事が公的に認められていたし、現代ではフランスを始め30カ国以上もの国で同性婚は法律として認められている。
時代や場所が違えば「常識」や「正義」は180度違う事も充分あり得るのだ。

つまりメアリーが「チャーリーがアランを愛すること」を赦し認めて、そんなチャーリーを丸ごと愛してあげられたならば、チャーリーはメアリーと別れる必要もなくエリーが捨てられることもなかったのだ。

社会学者の見田宗介は著書「まなざしの地獄」の中で、「私たちは他者の目を気にし、他者のまなざしを抽象化してそれに拘束される」という旨を述べている。
つまり「世間の目」や「社会規範」という実態の希薄なものを恐れて、それらの非難を受けないように自らを過剰に律してしまうのだ。
そのコントロールが出来なかった場合、罪悪感に苛まれ、心は傷を負っていく・・・。
その傷が心を崩壊させるまでに深まってしまうと、精神は修復措置として「別欲求のすり替え」でなんとか歯止めをかけようとする。
それが過食であったり(チャーリー)アルコール依存であったり(メアリー)宗教(アラン)終末思想(トーマス)他者攻撃性(エリー)であったりする。
リズですら、他者(メアリー、エリー、トーマス)を排斥してまでの過度のチャーリーへの献身によって自分自身の問題から目を逸らそうとしている。

しかし、彼らが囚われている罪悪感は本当にそこまで彼らを責める必要があるものなのだろうか?
彼らが命を犠牲にしてまで贖わねばならない大罪なのか?

フランスの思想家ミシェル・フーコーは「規律権力」という概念を提唱した。パノプティコン型監獄の事例が最も有名かと思うが、これは

①円形に囚人の収容室を配置し、中央に看守塔を設置する。
②看守塔はマジックミラーのように、看守塔からはすべての囚人が見えるが、囚人からは看守塔は常に見えるものの中に看守がいるかはわからないシステムになっている。
③囚人からは看守の存在が判断出来ないので、看守がいようといまいと24時間「今、監視されているのではないか?」という不安に駆られ、常に模範的行動を取ろうと自らを律してしまう。

というものである。
私達は「世間の目」というパノプティコンを恐れ、虚像に過ぎない「正義」「常識」「社会通念」という規律権力に服従してやしないか?

その規律権力が自分に向いた時、人は罪悪感に囚われてしまい、一定の限界を超えると依存行動に走ってしまう。
チャーリーはそれがたまたま過食だっただけだ。

また規律権力が他者に向いた時。
これが1番良くない。「自分は正しい」「こいつは怠惰で欲望に負けて罪を犯したどうしようもない奴だ」という意識が、他者への侮蔑や攻撃に繋がってしまう。

貴方は心が疲れた時、それを何で癒すか?嗜好品か?音楽か?
「映画」を癒しに利用してやしないか?それが「癒し」のうちは構わないが「逃避」になった時、人はチャーリーの容姿を非難したり嘲笑ったり侮蔑する事は出来ないと思うのだ。
人は誰だってチャーリーになる危険性を常に内包しているのだ。

「まなざしの地獄」で見田はとある犯罪者N.Nの「精神の鯨」とも呼ぶべき夢の話を紹介している。

 「鯨の背の上で大海を漂流している『ぼく』は飢えて鯨に『君を食べていいかい』と聞く。鯨は『仕方無いよ』と答え『ぼく』は鯨をほんの少しだけ、また少しだけと毎日食べていく。3分の1食べたところで酷いことだと気付いて謝るが、鯨はもう死んでいた。そのとき『ぼく』は、鯨は自分自身の精神であったということに気付く」
という話だ。
チャーリーが暴食するピザはチャーリーの精神であり、暴食行為は緩やかな自殺だ。
食べるのをやめさせる手段は、ピザ=鯨が自分自身だと気付かせる事ではなく(本人は案外とっくに気付いているものだ。)大海の漂流から救い出すことだ。
「娘との関係の修復」や「キャプテン・エイハブの執念」は、乾いた大地への上陸という一縷の救いなのだろう。たとえそれが無人の小島だったとしても・・・。

この映画に込められた真の主題は
「他者への寛容」だと思う。
それがあれば、贖罪も救済も最初から発生しないのだ!
チャーリーは人を殺したわけでも何かを盗んだわけでもない。
アランを愛しただけだ。
理解と寛容があれば、悲劇の連鎖は起こらなかった。(同性愛の問題ではなくて、こいつが悪い!罰されるべきだ!と感じる事例すべてに応用して考えて欲しい)
理解と寛容があれば、人は「本当の自分」を正直にさらけ出せるのだ。
他人のまなざしを恐れることなく。

チャーリー自身は本質的に寛容な人柄だ。チャーリーの寛容が最後に若者2人を彼らの地獄から救う。若者達が救われた事によって、熟女2人もそれぞれの地獄から救われる未来もあるかもしれない。
チャーリーの辿り着いた小島は、大陸のすぐ近くにあって彼を取り巻く愛すべき人々を助けたのかもしれない。

チャーリーに対して嫌悪や侮蔑の感情が沸き起こる場合、自分が規律権力の囚人になってはいないか問い直す必要があると思う。自分の短い人生で刷り込まれた社会通念(だと自分が思い込んでいるもの)で、他者を断罪してはいないだろうか?
チャーリーの体型を試験紙として、折に触れ「自分の正義」を内省してみたいものである。

他者理解と寛容が、この世を地獄から解き放つ未来を願って。
数歩に過ぎないかもしれないが幸せな未来に向かって我々の歩みを先へと進めてくれる本作。文句無しの星5だと考える。

pipi
pipiさんのコメント
2023年10月15日

Mさん

にゃはははは。
なんかありがとうございますぅ♪

〉映画が癒しのうちはいいが、逃避になってはいけないという指摘

あ、ここは私の書き方が悪かったですね、誤解させてしまいました。
「逃避になってはいけない」とは微塵も思ってないです。私もしょっちゅう映画に逃避しています(笑)

この一文で書きたかったのは
「あなたも映画に逃避する事はありませんか?
それならばチャーリーを非難する事は出来ないのではありませんか?」です。

「いけない」の指摘が指すのは「チャーリーを非難する事」なんです。

短時間の「逃避」は自己の精神を守る為の手法の一つです。
自分で逃避時間や量をコントロール出来ているうちは構わないし、
なによりも
「他者の逃避に対して、もっと寛容になろうよ」
「侮蔑したり見下したりするのはやめようよ」
と言いたかったわけであります。

わかりにくい文章で失礼しましたー^ ^

pipi
Mさんのコメント
2023年6月5日

pipiさんって、何者なんですか?
同じ映画を見て、ここまで深く考えることができるのは、きっと、これまで考える訓練をされていたからですよね。
私はこの作品は「緩慢な自殺」みたいで、あまり好きではありませんが、pipiさんのレビューを読むと、もう一度見に行かなければいけないような気になってしまいます。
映画が癒しのうちはいいが、逃避になってはいけないという指摘は(今のところ)賛成のようで、そうでもないようで、これから、時間がある時に考えてみようと思いました。
レビューありがとうございました。
ついでながら「海のトリトン」のピピさんとは関係ないですよね。

M
シネマディクトさんのコメント
2023年5月7日

pipiさん、深い洞察のレビュー拝読し感服しました。久しぶりに観たあと,色々考えさせられた作品でした。

シネマディクト
NOBUさんのコメント
2023年5月2日

おはようございます。
 今朝、pipiさんのレビューをもう一度拝読しました。
 そして、pipiさんのコメントも拝読し、腑に落ちました。
 私の誤読、誤解釈ですね。
 ”どうも、NOBUさんは私という人間を色眼鏡を通してご覧になってはいないかな?”
 自分では意識していませんでしたが、当たってましたね。色眼鏡というよりは、多大なる知識を誇っている方だと・・。
 けれど、違いますね。申し訳ない限りです。
 これに懲りず、これからもこのサイトでの遣り取りをお願いいたします。
 今日は、義理の両親を伴ってドライブです。(アッシー君(死語))
 連休中、初の遠出です。春の陽気を満喫してきます。
 では。

NOBU
NOBUさんのコメント
2023年5月1日

度々
 誤解があると困るので、追記します。
 私は、今作をチャーリーの容姿を非難したり嘲笑ったり侮蔑する気持ちは一切なく、傷ついた心を飽食によって一時的に癒したが故に、巨漢になったと解釈したので。
 一夫多妻制のを容認するコメントも好きではありません。が、
 ”他者理解と寛容が、この世を地獄から解き放つ未来を願って。
数歩に過ぎないかもしれないが幸せな未来に向かって我々の歩みを先へと進めてくれる本作。”
 この今作品の本質をついたこのコメントは大いに共感です。流石です。
 では。

NOBU
2023年5月1日

観た映画でもレビューしてない作品もありますが気軽にコメントくださいませ。

美紅
2023年5月1日

共感とフォローありがとうございます☆どうぞよろしくお願いします❀

美紅
黒リネンさんのコメント
2023年5月1日

フーコーだー!!スゲー!!www
公開直後にこのレヴューあったら平均☆もっと上でしたよ。笑
僕、ライダー1号はシン・でしか見たことないんですよね~。
楽しみにしてまーす😊

黒リネン