劇場公開日 2022年6月17日

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「公設「楢山節考」へと、時代は循環するのか」PLAN 75 きりんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0公設「楢山節考」へと、時代は循環するのか

2024年1月7日
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鑑賞方法:DVD/BD

昔 観た「ソイレント・グリーン」(1973年米)を思い出す。
「人口抑制」と「食糧危機」の難題を一挙同時に解決させた、近未来予言の問題作だった。

「ソイレント・グリーン」も、そして本作「プラン75」も、《それ》を自分で選んだ高齢者たちは、一様に穏やかで、幸福そうな最期の姿として描かれていた。
《システムの妙》が、それを実現させていたのだ。

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【あと何年生きるつもりですか】
さて、
レビューアーの皆さん、お年はおいくつですか?
お勤め先で、またご家族で、将来の事とか、定年の話題は上がることはありますか?

「エリカ38」を観たとき、樹木希林のインタビューを読みました、
共演で親友の浅田美代子に対して樹木いわく
・絶対に家を買っておきなさいよ
・65過ぎたらもう誰も家を貸してくれないのよ

僕の会社では、そのあたりの話題は、同年代の社員同士の切実なテーマとなっていますね。
寄るとさわるとその話。
自分の体について、最近の不調とか、良い病院の口コミとか。
いろんなサプリや塗り薬。その効果や失敗談(笑)や、
子供にかかるお金。親の看取りへの物心面の準備。
定年延長やら、年金やら、寿命やら、生活保護のことやら。
そして、
「あと何回お給料をもらえばその翌月から自分は無職となって、冗談じゃなくマジ無収入になるのか」という計算。
そしてもうひとつ実感するのは、身内や知り合いは喪中ばかりで、僕らの年代は年賀状も減るのですよ、
そんな年末年始。

↑↑
それを横で立ち聞きしている若い人たちは一様にポカーンとしています。
「老い」や「定年」というワードは、彼らにとってはギャグか、もしくは「木星」とか「銀河」のような、まだ考えたこともない、遥かに遠い絵空事のようです。
還暦はおろか定年など、あたかもSFの世界の話題に聞こえてしまうのなら、彼らのああいう反応も、仕方ないことですよね。

先日入社して、僕が担当して仕事を教えた若者は「お母さんが51歳」なのだそうです。
愕然としました。それならすべては無理のない話です。

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【雇い止め・保証人なし】
映画は
ホテルのルームクリーニングのパート従業員、倍賞千恵子さんの毎日を追っていきます。
本人たちの「老い」と「将来への不安」。
そして“自らの始末”を、自分で責任をもって付けようとする高齢者たちの身だしなみ。
この姿、美しいのだと思います。肯定すべき生き様です。
飛ぶ鳥跡を濁さず と言いますもの。

倍賞さんはクビになってもロッカーをきちんと片付ける。布巾を洗って干す。寿司桶を綺麗にして返す。

この「プラン75」の申し込みカウンターでは、本人たちの熟慮の末の、彼らが決めた真摯な姿に、それはあらわれています。
円熟の姿。謙譲の美徳ですよね。

日本社会の高齢化と少子化は、もはや笑ってはいられない状況にあります。
あと100年で日本の人口は半分になるのだと見積られているのですが、低め安定で落ち着く100年後までは、国庫の税収は低下し、福祉補助の受給者は逆にうなぎ登り。労働者の数は圧倒的に足りなくて、これはけっこう厳しい世の中を我々は体験するのだろうと想像します。

お隣中国などは、あの取り返しのつかない一人っ子政策の後始末で、今や国家は致命的な状態のはず。

「国は困っているだろう、よくわかる」。
「私も困っているから それがわかるの」 。
「ちょうどいい頃合いかも。優遇ポイントも付くらしいし、それに乗るとするか」。
・・こういう流れかと。

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【安楽死希望者と、理由は分らないけれどそれを阻止しようとして暴れる若者】
駅前や、市役所での のぼり旗を立てた「プラン75」の申し込み所。
国家としても苦肉の策ですね。
国民の間にパニックや「優生思想」への抗議行動が起こらないように
極めてハートフルなイメージで、笑顔での対応。パンフレットもTVコマーシャルの政府公報も 穏やかで優しい。
ちゃんと職員の応対マニュアルも備わっています。
カウンセラーもケアマネもよく働く。
「お気持ちよくわかります」
「いつでもキャンセル出来ますからご心配はいりませんよ」と。
しかしその実、国家の危機なのです。政府は金のかかる高齢者の口減らしを、決して後退させることなく国策として強行に推し進めているわけでした。

国のこの願いと、老後に不安を覚えている当事者たちとの《心情的なマッチング》が、あまりにも上手く行けているので、シナリオがお見事でした。
行く先が見えないのです、国も個人も。
そんな時代の設定がすべて理解できるし、僕自身も心が動くし、あれこれ想像もつくだけに、何とも言えない思いが込み上げてしまう映像でした。

劇中、叔父の安楽死を止めようとして、公務員としての務めを忘れる男性や、脱走を助けようとする施設職員が出てくるのは、先述の「ソイレント・グリーン」も同じ。
でも、その若い人たちの気持ちに感謝しながらも そっとしておいてくれよなと、それをなだめるかのような老人の姿も同じ。

ナチス・ドイツが本当にやっちまった”ガス室ベルトコンベアー式"でないだけ、「プラン75」は、今日的で、民主的なやり方なのかもしれません。

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【DVDを見終わったあと、布団の中で考えた】

でもね、言ってみれば、
死ぬのが怖いから
貯蓄だ、ホームだ、年金だ、と我々は大騒ぎするのです。
発想の転換をして自分の死を受容すれば、あーら不思議、本当はなんにも困らないお話なのです。

騒ぐのは、「自分は死なない」とか、「長生きするはずだ」との、根拠の無い、非科学的な思い込みをしている人のすることです。

もういいかなーと思ったら、水だけ飲んで食を断てば1ヶ月で、綺麗に、静かに、楽に、人生を閉じられます。
ぜんぜん怖くない。
僕はこの方法を取りますよ。多分。
これは満足なエンディングでしょ?
どうだろう。

お国に命を献上する「特攻隊」とか、
お国の推奨する死を受け入れた人にのみ授与される「英霊」称号とか、
そしてこの「プラン75」への受付窓口の笑顔とか、お褒めの言葉とか、感謝状とか、支度金とか、埋葬サービスポイントとか。
そういう
《我々の極めてプライベートな個々の死に方》を、お上に優劣付けてもらうようなことはしなくてもいいと思うのです。
うちの犬もネコもチャボも、慌てず騒がず静かに死んで行きました。
外野に指図されることなく、感心するほど、命は まったく彼らのものでしたねぇ。
僕は、出来ればですが、あれに習いたいのです。

倍賞千恵子さんは、宵やみ迫る町並みを見つめながら映画は終了。

自分が死ぬのは初めてのことなので、不安なのは僕も隠しようがないけれど、出来ればそんなふうにしてみたいなと。
布団の中でずっと考えました。

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【倍賞千恵子】
歌に、演技に絶品の、
松竹歌劇団=SKDの華であった女優の倍賞千恵子さん。
ラジオで時おり流れる彼女の「さくら貝の歌」や「かあさんの歌」がとても良いですね。
この名女優が辿ってきたのはトップスターの人生です。でも彼女がお姫様女優やらセレブ女優にはならずに、彼女がずっと庶民であり続けたのは、
やはり「寅さんシリーズ」のお陰ではないかなと思いました。

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【おまけ、終活の知恵】
ちなみに「お金のまったくかからない死に方」についてお教えしますね、
大学病院の医学部への「献体」を今のうちに申し込んでおくのです。

臨終後、遺体搬送の寝台車の料金、
火葬等にかかる一切の諸経費、
望むなら大学病院の納骨堂への納骨、
すべてが0円、無料です。
慰霊の式典も大学がサービスでやってくれます。

うちの叔父夫婦はこれをやってのけたので、親族中のリスペクトの的です。
うちの両親も申し込み済みです、
年に一度の総会で、お土産にもらえるお弁当が楽しみなのだと、父は言ってます。

ただし、僕も申し込んでみたところ
「もう余っているので受け付け停止中」とのことでした。これは
・献体を申し出る篤志家が増えたのか、
・医学生の減少によるライヒェ=遺体の余剰か、
はたまた
・もうそこまで“無料”を聞きつけた生活困窮の高齢者が増えてきている、その結果なのか、
思いは複雑です。
ちなみに「献体」は、大学病院に登録申請書があるのですが、申請が満杯理由での不受理でも、枠としては都道府県別での受け付け故、献体が不足している他県への融通も情報の提供もやっていないとのことでした。
サービス悪いね。

えっ、僕ですか?
はい。長野県在住なのですが
第1志望校は 東京女子医大での解剖実習です。

身も心も純粋。まったく汚れなきわたくしの願い。
(このギャグだけは若い後輩たちにも、ようやくウケました)
テヘペロ。

きりん
pipiさんのコメント
2024年1月18日

きりんさん
コメントありがとうございます〜。
そしてそして、うわわわ!
素晴らしいレビュー!

これはねー「経験」と「長い時間を積み重ねた深く広い思索」が備わってなくちゃ書けないレビューですね。現場で数々の「事実」を見て来られたきりんさんならではのお話、深く頷きながら拝読しました。

コメ欄の盛り上がりにすっかり乗り遅れてしまいました。
私、10日ばかりログイン出来ていなかったわけですね。年末から義両親関連でなかなか余暇が作れませんで。
暫くイン薄気味になりますが、今年も変わらぬお付き合いの程、どうぞ宜しくお願い致します^ ^

pipi
sow_miyaさんのコメント
2024年1月13日

きりんさん、こちらへの返信失礼します。最近plan75を視聴したのも、きりんさんのレビューを拝読したことがきっかけです。サンザシの樹の下でも観て、またレビューしたいと思います。

sow_miya
悠々同盟さんのコメント
2024年1月8日

共感、コメントありがとうございます。
レビュー読ませていただき、頷くばかり
私の知らない生き方、逝き方もあったので参考になりました
おススメしていただいた映画
絶対見て見ますね
それでより就活への励みになります

悠々同盟
momokichiさんのコメント
2024年1月8日

返信ありがとうございます。我が意を汲み取っていただき感謝です。。

>同じ国が今度は運転手不足を補い+労働時間を短縮させるためにもっとスピードを上げて走るようにと、指導をしそうに

「やった!もっと長く現役で働けるようになってきたぞ」と思う反面、トラックドライバーの年齢が高齢化するのは、それはそれで恐怖が。(自分自身に置き換えると65歳以上で長距離ドライブは自信がないし。。。)個々の特性次第とはいえ、どうしても高齢者に一定の確率で発生する「万一の際」をサポートしてくれるシステムの導入がこれからの社会には急務ですね。

寿命は伸びた→でも個人も社会も余力がない→じゃあどうする?
50歳になり老いが目の前に自分事として突然現れてきました。焦る毎日です。

momokichi
momokichiさんのコメント
2024年1月7日

>発想の転換をして自分の死を受容すれば、あーら不思議、本当はなんにも困らないお話なのです。

確かに。。
皆いつかは必ず死ぬのだから「こんな制度、けしからん!」と憤らなくてもいいのかもしれないです。劇中のほとんどの老人が悟り顔だったし。

ただ、「75歳だから死んでいいですよー。」と決めつけられるのが癪に障る。「貴方はもう齢だから」と年齢という記号だけで役職をはく奪されたり、仕事を取り上げられたり、老人扱いされたり。。
そういうことされると「ああ、俺ももうそういう歳なのか。」と急に老けるんですよね。外部からの決めつけが人間を老けさせる要因なように最近とくに思います。

momokichi
きりんさんのコメント
2024年1月7日

特別養護老人ホームで介護職として働いていたこと、talkieさんにはお伝えしていたでしょうか。

夜勤は3人で100名をお世話しましたので、どうしても流れ作業で、それでも汗びっしょりの重労働で、ゆっくり じっくりお年寄りと語り合う時間は 到底とれませんでした。
施設内の寮に住んでおりましたもので、僕はその不足分を何とか補いたくて休日はボランティアとしてホームのお部屋に日がな向かったものです。

《映画のことば》
書き出して下さっていますね。どっち方面に誘導されるのであろうと、ゆっくりじっくり思いを語りたい+思いを聞いてもらいたい= それが担当するお年寄りの皆さんの本当の気持ちでした。

talkieさん、
僕は思うのですよ、オレオレ詐欺の被害者のうちの何割かは
・初めてこちらの話し相手になってくれたことが嬉しくて
・息子ではないと分かっていてわざと騙されている
・疎遠な息子や心通わぬお嫁さんにお金を残すよりも赤の他人にくれてやったほうがマシ。
そう考えている高齢者は必ずいるだろうなと。
警察署で事情を聴かれながら、子や嫁から怒鳴られながら「舌をペロリと出す」お年寄りはきっといます。

PLAN75のコールセンターがかけてくる倍賞千恵子さんへの1日たった15分の電話。あの「下心あり」の話し相手でも、孤老は満たされる。
そこを利用するプランの寒々しさを感じた次第です。

きりん
asicaさんのコメント
2024年1月7日

と、自慢ばかりしてしまいました😅
母もまだ元気。92で銀座のお店でバリバリ爆進中。
私は今後どうなるのか、そこはやや不安ではあります。
母はきっと電池が切れたら逝ってしまうでしょう。
お金のない年寄りは相手にされないと言うのが母の持論で、たぶんそれは当たってるのだろうと思う今日この頃です。

asica
asicaさんのコメント
2024年1月7日

お久しぶりです。
あけましておめでとうございます。
私とは両極にあるような死生感と言えるかもしれません。
私はアフラック以前のかんぽで終身の死亡保険の払い込みが完了した400万があるのでそれで、葬式全部と九州の墓に入れてもらうまでを頼んでいます。娘二人だったというのが良かった。息子は産むもんじゃない。戻って来ないしそれが幸せ。今まだ動けるうちは引っ張りだこ。体が三つ欲しい役立つ婆です。えへん!

asica
NOBUさんのコメント
2024年1月7日

おはようございます。
「情が移って問題が発生しないように」成程・・。
私は、会社では鋼のメンタルと呼ばれていますが、元旦に起きた大震災の辛い出来事には、報道を見るたびに暗い気持ちになります。
 今朝の新聞を読むと【共感疲労】というようですが・・。
 こういう時には、部屋に閉じこもっていると良くないと思い、今日も映画館で現実を一時的に忘れてきます。明日から仕事ですし。
では。

NOBU
きりんさんのコメント
2024年1月7日

talismanさん
ツッコミありがとう。

きりん
talismanさんのコメント
2024年1月7日

いやー、フォロワー増えますわよ

talisman
humさんのコメント
2024年1月7日

なるほどのレビューでした。犬、ネコ、ちゃぼに習うそれもなるほどです。私も飼い犬の老化をそばでみながら学ぶこと多々だなと感じています。しかし、85過ぎた両親にはこの作品を見せたくない気持ちがいっぱいなのは変わらず。故郷を思う気持ちはますます強くなりました。元気なうちになるべく1回でも多く会いたい。人生のうちあと何度会えるのだろうとおもう年頃にいつのまにか親も私もなりました。夢あるご希望の献体先😆ナイスですね👍

hum
りあのさんのコメント
2024年1月7日

レビュー、なるほど、って読ませていただきました。
会社生活も残り少なくなると、親の事、自分の事、考えるようになりました。
献体って場所によってはもう一杯なんですか?
考えた事無かったので参考になりました。

りあの
talismanさんのコメント
2024年1月7日

そうだよね、うんうんと頷きながらレビューを読みました、そして最後、煩悩の固まりかい!と心の中で叫んで笑って、きりんさんのことさらに好きになりました

talisman