見えるもの、その先に ヒルマ・アフ・クリントの世界のレビュー・感想・評価
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EZ Art Doc
This is a fascinating documentary about the origins of experimental art. The movie is kind of moving the goalposts for its own sake, but it doesn't make the art any less interesting. It's nice that people don't have to roll their eyes anymore when a feminist movies come out. The film shows that the boys were getting all the attention. You will learn about art; maybe you can make your own painting!
美術史のビッグバン
カンディンスキー、
モンドリアン、
そして今回の「ヒルマ・アフ・クリント」。
同じ1944年にこの世を去った抽象画界の偉人たち。
順を追って語れば
・カンディンスキーは、僕は若い頃に目黒の庭園美術館で出会って大興奮。で、NYのグッゲンハイムまで追っかけて行った画家。
・モンドリアンは、昨年東京で初対面。風景画からスクエアに変遷していく彼の作品も愉快なんだが、本人のポートレートがまた可笑しくって絵よりも彼の写真を撮ってしまった。
(撮影不可だったらしく怒られてしまった)。
でも「ヒルマ・アフ・クリント」という画家・・
この人は知らなかったなー!!
カンディンスキーに影響を与えた抽象画界の初穂。
遺言により死後20年、全作品が秘匿されていたというのだ。
心のままに、心のかたちを描いていますね。
風景画からは離れている。
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ドキュメンタリー作品として、また美術系娯楽作品として、これ程完成された素晴らしい出来のものを見たことはない。
発掘されて、映画化までまだそれほど時が経っていないというのに、膨大な作品と手記が、要所要所で適切に選び取られて、証言者の語りとイメージ画像に補完されて そうしてヒルマの全貌が甦っていくさま。ヒルマの人となりが立ち上がっていくさま・・
◆監督自身のヒルマ研究と理解力の確かさ、
◆ヒルマ作品の原風景に気付いたカメラマンの腕とセンスの良さ、
色調補正が抜群、
◆そしてここ重要=編集者の力量。
製作者たちの実力はちょっと尋常ではない。
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スウェーデンの美しい自然の中で暮らした彼女。
海軍士官にして海図技師であった父親から可愛がられ、たくさんの学問をその父から授かり、ヨーロッパ各地を旅して美術界のレジェンドたちに直に触れていたという彼女。
細々と絵の仕事は続けていながらも、ある日なぜか突然に【ビッグバン】は起こり、ヒルマはあり得ない巨大な抽象画を描き始めたのだ。
かつて印象派やフォービズムが始まった時代、画壇・美術界は”異端児“の登場に大騒ぎに揺れたけれど、時を経て、ようやく世の中は彼らの作風に慣れていき新しい時代を受容していったように、
きっと遺言の封印を破って、ついに美術界にプレゼンされたヒルマも必ずや、「女だてらに」という誹謗中傷を黙らせるだろうし、いつか遅ればせながらも、世界が彼女に追いついて歴史にヒルマの名を留めるのだと思った。
無名の女流画家ヒルマの作品展示に腰の重かった専門家たち=美術館館長を尻目に、100万人が個展に押しかけた事実は、最早なかったことには出来ないだろう。
学芸員、美術史家、コレクター、子孫たち・・、作中で何人もの女たちがヒルマについて語る。
そのインタビューが、中身が、熱量がとても濃い。
封印され 抑制され、そして存在しないものとされてきた女たちが“同志”を語る光景だ。
女だけではない、
男たち=美術家と宇宙物理学者も、ヒルマという事件を俯瞰し力説していた
・・【世界で最初の抽象画家が「ヒルマ・アフ・クリント」であった】と判明した今、新事実を発見して足元の地面がなくなってしまったような衝撃を味わい、そしてそれを受け入れたと語ったかのA・アインシュタインのように、それまでの通説と年表が書き換えられる【事件】は有るのだと。
ジェンダーレス運動にとらわれて、”女ゆえ女の画家に肩入れして同性を担ぎ上げる”というのでは、ヒルマもインタビューの彼女たちも本意ではないはず。
が しかし作品の歴史的意味が無視され、口を閉ざすことを強いられて、公にされる機会を失っていたひとりの画家の封印を世は解くべきだと、性差別撤廃の観点からも、このドキュメンタリーは訴えている。
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僕の母は絵描きだった。
「おまえは自由に生きなさい」と陸の孤島だった田舎町から、母親(=僕の祖母)の手引きで実家を脱出した人。
女子大に行くのならば許すと父親の許可を得、すぐに隠れ蓑の女子大を退学して本来の希望であった女子美術大学に行った人だ。
ヒルマのように母は男性ヌードモデルをデッサンし、女子美で赤松俊子(丸木俊)の指導を受け、三岸節子の影響も受けた。
女であること。
女だてらに絵描きであること。
初志貫徹の道は険しかったはずだ。
男性社会の桎梏の中で、壮大な宇宙の原理を仰ぎ、自分の中の原子の振動をと交信しながら、ヒルマは20世紀のダ・ビンチのように先駆者としての荒波を進んだのだと思う。船出したのだと思う。
しかしホント、映画館の大きなスクリーンで観る絵はいいねぇ。
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【きょうの東座】
《どっこい女も生きてるぜ》と、東座の支配人合木こずえさんは、女ががっつり活躍をするいい映画を目白押しにかけてくれる。
塩尻市の東座は、雨漏りしないように劇場の屋根を大改修する工事をやり遂げたばかりなんです。
すごいよね、今どき。
(映画にも出てきたワードですが)
閉館ではなくて【前進】なんですよ。
先週映画館で行われた、僕は参加できなかった講演会
「『ヒルマ』と『ボテロ』」のレジュメ=14枚綴りを合木さんから手渡されて帰りました、
秋には「痛くない死に方」の長尾和宏ドクターの講演会も東座であります。
前進してますよね。
僕も前進したいと思います。
美術界がざわついた抽象画のルーツ
あら、かわいいフライヤー。
IKEAで買った布団カバーもこんな柄だわ。
なんと、カンディンスキーやモンドリアン達より先に抽象画を描いていた人?シュタイナーも絡んでくるとな。
これは観たい。
映画のタイトルも覚えきらぬまま、画家も確認せぬまま、観てみました。
あー、写実を描かせても飛び切りうまい人。
学生時代から商売として成り立つほどの画力って。
何代にも渡って海図を描いていた家系というのも、すごいですね。
生前は作品を発表したがらず、死後20年経ったら発表していいリストを作ってるとか…なんでしょう、この秘めたいけど機を待っている感。発表しちゃダメなのもあるんでしょうね。
決していい保管場所とは言えないところに置かれていたにも関わらず、奇跡的に全作品が残っていたと言います。その数、約1500点。
3日に一作品のペースで描いていた時期もあるようです。手塚治虫先生の、イメージが沸いてくるのに手が追いつかないという天才エピソードを思い出しました。
発見した遺族達は、感激と共に呆然。
美術界は、歴史が変わるような事態に大混乱。ほんとに??
やー、かわいいな。色もフォルムも。
今でもたくさん使われている、テキスタイルデザインにも通じます。アリス・ベイリーも1880年生まれですし、エネルギーワークの挿絵にまんま使われていそうな作品も多数。
彼女の作品が世に出てなくても、抽象画が広がっていったと言うことは、100匹目の猿みたいに、同時多発的に誕生したのでしょうか。
根深いジェンダー問題が封印の一因にはなっていそうです。
抽象画は霊媒師的に描いていたようですが、治療の世界でも突き詰めていくとそんな話が出てきてしまうので、単なるスピリチュアルの世界では無いのかもしれません。
"誰かが自分に描かせてる"。ある種のゾーンに入ると、そうなる感覚はなんとなくわかります。
変性意識状態のようなこと、大なり小なり実は誰しも経験してるのでは無いでしょうか。
ヒルマが神智学に触れ、シュタイナーにコーチングのような頼り方をしていたのは興味深かったです。
シュタイナー教育で子供達が描く絵は、まさに抽象画の世界。なんなら子供達はいつの時代も自由な抽象画を描いているように思いますが、絵を描くこと自体が限られた人間だけに許された行為だったとか?
その辺の歴史も学ばないといけませんね。
描いてる姿は役者さんでしょうか?ヒルマ自身のことは、残された手紙や写真などの資料からの情報なので物足りなさもあるのですが(本人不在の上、資料だけで調べ上げたのがすごいですが)、あの映像でイメージが膨らみました。
私も身を潜めていたい、秘めていたい、でも探求や自己表現は続けたくて、このオタク心にコッソリ気付いてくれた人とキャッキャしたいという裏腹なところがあるので、勝手にいろいろ共感していました(時代背景の厳しさが全然違うのにすみません)。
いままで無かったものを形にする。0を1にする って、1を10にするより遥かに難しいこと。
先駆けだったのに埋もれていた女性と言えば、アイリーン・グレイも同じ。
ル・コルビュジェに嫉妬されるほどの実力を持ち主だったのが、建築業界から抹消されかけていました。
彼女も1900年代という厳しい時代の中で生まれた異端児でした。どちらもカックイイ。
最後に、ヒルマさんがどんな人物だったのか九星気学で妄想したいと思います。
ヒルマ・アフ・クリント
1862年10月26日 生まれ
本命星 三碧木星 壬戌
月命星 六白金星 庚戌
日命星 八白土星 癸丑
坤宮傾斜(二黒土星)
切込隊長といえば、三碧木星。頭角を表すのが早かった事が頷けます。今で言うと、1970年生まれが三碧木星の戌年なのですが、時代の流行を作ってきた立役者が豊作の年です。
成人前までは、父性的で権威的な六白金星のカラーが出ていたかもしれません。大人相手でも動じず、自己主張が強かったかも。
表向き、男性星だらけですが、本質を表す傾斜が二黒土星。母性の星。温厚で一歩ひいて誰かを立てる。誰かのために地道に働く。人生のテーマはそちらが強くなっていったのかもしれません。
その女性星で、スピ系に傾倒し、優柔不断さが出て、シュタイナーに頼りたくなったのかなぁ〜
見えないものを描く
優しい色合い、曲線、ちょっとテキスタイルデザインのように見えなくもない。
しかし一つのタイトルからどんどん展開していくところ、魂の遍歴や成長、見えているものの持つ見えない本質を捕まえようとしている絵なのかなぁと思う。
例えば無意識というものを、考えたり感じたりする少し前にこんなふうに描く人が出てくる。
リアルな絵の前に早く立ちたいと思った。
ドキュメンタリーだけどポエミー
なんとなく、観なきゃいけない映画なんじゃないかと直感して観に行った。この人のこと知らなかった。抽象画を世界の誰より早く描いた人だったのに、美術史から抹消されてきた女性画家。
途中からどんどんスピリチュアル方面に傾倒していくのがちょっと苦手だなと個人的には思うけど、でも芸術家って多かれ少なかれそういうものかもしれない。彼女が描く絵のほうは夢みたいな色彩で案外とっつきやすい。世界の深淵をのぞきこむようにして描いているんだろうに、とっつきやすいなんてひどい感想かもしれないけど。絵葉書を劇場の売店で2枚買った。
美術史の研究者などにインタビューしつつ、彼女の個展会場や拠点としていた場所などの実景を織り交ぜつつのドキュメンタリーなんだけど、詩的な映像がところどころ差し挟まれていて、その湿り気みたいなものがちょっと好きだ。ハリナ・ディルシュカ監督。この人のことも知らなかった。
グッゲンハイム美術館での回顧展、行ってみたかった!
ヒルマ・アフ・クリント、この映画で初めて彼女のことを知りました。映画の中で、数々の作品を、見ることができて、感動しました。優しく、神秘的で、美しい絵です。グッゲンハイム美術館に飾られた、大きな複数の絵。間近で見てみたいなぁ。
日本で見ることのできる機会があったら、是非見に行きたいです🎵
その美の前では沈黙する
この例えようもなく美しい映画を観て呆然とした。
そして1862年に生まれ82歳で生涯を閉じた女性の魂に心震えた。
出来る事ならムンソーの島に行って、彼女のアトリエを捜して、こう言いたい
『あなたの絵が好きです。』と
死後20年間の「封印」に萌える。
彼女の存在を知ったのは2年前位に「神秘的な」で絵を検索してた時だと思う。幾何学的な模様と文字のような線、柔らかい色、、、まるで宇宙人の文字のような今まで見た事のない絵だった。気に入って名前を検索してAmazonで画集を購入した。洋書だったので詳しい経歴は分からないまま今回の映画を楽しみにしていました。
芸術史を変えるであろう彼女の作品は自然や物事の抽象化、、、いや彼女流にいうと本質を捉えるという事らしい。良い家の産まれ、知識人である父親の影響と庇護のもと学生時代から卓越した画力で自立し稼いでいた事に驚いた。パンフを見るとスウェーデンの美学校はパリの美学校よりずっと早くから女性も入学できたらしい、、それも凄いよね。
映画は彼女のプロフィールから作品遍歴、、そして再発見された後の美術界の動揺、、、神秘主義への偏見(当時はお金持ちの嗜み)、、自由なはずの芸術の世界でのジェンダー問題まで浮き彫りにされるのが面白い。
作品は売らずきちんと整理保管されていたようで、、なんで自分の死後20年間作品を封印したんだろう?、、まるで時限爆弾のようだ。プライベートな記録が極端に少なく疑問は残る。
今後ここまでの発見は美術界ではなかなか起きないだろうし、女性作家の発掘、地位向上は重要課題になった。
NYのグッゲンハイムで60万人を超える最高集客記録を打ち立て、ヨーロッパ全体では100万人が観ている今一番儲かる美術展、本人は質素な人だったからこんな状況は喜ばなかったかも知れないが、、、早く日本でも原画を観れる事を願う。
たぶん交渉は進んでるんだろうなぁ、、。
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