劇場公開日 2022年12月16日

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「目を澄ませた世界」ケイコ 目を澄ませて ミカエルさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0目を澄ませた世界

2023年2月28日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

ボクシングを題材にした物語というと、真っ先思い浮かぶのが『あしたのジョー』、映画では『ミリオンダラーベイビー』だが、これらの物語に共通するのは主人公のボクサーを影で支えるトレーナーが存在することである。ボクサーとトレーナーは固い絆で結ばれ時には肉親以上の関係が育まれる。
この映画でもケイコとジムの会長は、言葉は交わせなくても心で通じ合うことができる絶大な信頼関係を築いていた。ジムの閉鎖が決定し、他のジムに移籍するという話が持ち上がった時も「家から遠いので難しいです」という理由で断ってしまうくらいケイコは会長と過ごした荒川の古いジムを大切に思っていた。
この映画からは音楽は全く流れず日常発生する自然音だけが聞こえる。それだけでも珍しいことなのに、ケイコにとってはその自然音すら聞こえない。嘘が付けず愛想笑いができないという性格は、外界のつまらない雑音を遮って生きてきたからこそ、心が無垢で純粋なままだからなのか。音のない世界に生きると他の感覚が研ぎ澄まされるというが、ケイコにとってそれは視覚ということになるのであろう。体を鍛えて目を澄ませればボクシングは上達できる。
この映画は『あしたのジョー』や『ミリオンダラーベイビー』のような劇的なラストはない。ジムはなくなってしまったが、ケイコの日常は変わらない。荒川の土手で休憩をして、会長の赤い帽子を被ってストレッチをして走り出す。下町の平和な風景はケイコの目にいつまでも焼き付いていく。

ミカエル