サバカン SABAKAN : インタビュー
草なぎ剛が思いを巡らす、1980年代の少年時代のこと。
新鋭・金沢知樹が映画初監督を務めた「サバカン SABAKAN」が、8月19日から封切られる。1986年の長崎を舞台に、ふたりの少年の友情を軸に据えながら、それぞれの家族との愛情の日々を描く、ひと夏の瑞々しい青春映画。主人公のひとり、久田孝明(番家一路)の大人になった姿を演じることで作品を支えた草なぎ剛は、どのような少年時代をおくったのだろうか――。(取材・文/大塚史貴、写真/根田拓也)
1980年代を実際に生きた世代にとっては、得も言われぬノスタルジックな感情が押し寄せて来る作品だ。金沢監督をはじめとする作り手たちは、現代を生きる子どもたちにとって「初めて観る実写映画が『サバカン』になったら」という思いで作ったというが、その真摯な思いが観る者の心に染み込むような仕上がりになっている。
物語は86年の長崎、斉藤由貴とキン肉マン消しゴム(以下、キン消し)が大好きな小学5年生の久田の視点で描かれる。夫婦喧嘩は多いが愛情深い父(竹原ピストル)、怒ると長崎一怖いと評判の母(尾野真千子)、弟(番家)と暮らす久田のクラスには、貧しいためにノートを買うことが出来ず、いつも机に魚の絵を描いている竹本健次(原田琥之佑)という少年がいた。
夏休みのある日、久田家に竹本がやってきて、山を越えた海沿いの町にあるブーメラン島まで「一緒にイルカを見に行こう」と誘われる。不安と期待に胸を膨らませながら、イルカを探す旅に出ることを決意。ふたりだけの小さな冒険には、海を必死に泳いだり、ヤンキーに絡まれたりと波乱が待ち受けていた。
■これは映像になるべくしてなった!
今作が製作されるきっかけとなったのは、金沢監督が5年前に執筆した「サバの味噌煮の缶詰」を題材にしたラジオドラマの存在にある。
草なぎ:僕もラジオドラマに呼んでいただいて、朗読を担当していたんですね。最初に読んだ時はすごく感動しちゃって、別れのシーンでは涙が出て来てなかなか読めなくなっちゃいました。ジーンとする良い作品だなあと思っていたのですが、ラジオドラマはなくなっちゃったんです。ただ、こうやって映像にしてみたとき、ラジオドラマももちろん良かったんですが、これは映像になるべくしてなった! という事なんでしょうね。
■少年時代は毎日、泥だらけ
この「幻のラジオドラマ」を映画化するに際し、金沢監督は萩森淳とともに完全オリジナル脚本を執筆。子役の番家が主演し、原田、尾野、竹原、貫地谷しほり、岩松了が、草なぎとともに結集した。映画で描かれる80年代を知る“大人キャスト”たちが、リアリティのある芝居で主人公の子役2人を引き立たせている。
劇中の舞台となる86年というと、一般的にバブル景気が始まった年といわれている。富士フィルムが世界初のレンズ付きフイルム「写ルンです」を発売したのも、83年の発売から社会現象となった「ファミリーコンピュータ」(以下、ファミコン)用に開発されたロールプレイングゲーム「ドラゴンクエスト」が発売されたのも、この年だ。当時12歳でデビュー前の草なぎは、どのような少年だったのだろうか。
草なぎ:映画の中の2人とすごく近いですよ。自転車に乗って遊び回っていて、元気だったからカブトムシやザリガニとかをつかまえに行ったりしてね。大きな山や海があるわけじゃないけど、自然の中で育ったから、そういうものから色々なことを吸収して育っていった感じです。
でも、ファミコンは大好きで買ってもらったなあ。キン消しも好きだったし、この辺の趣向も似ているかもしれませんね。まあ、とにかく毎日、家に帰る頃には膝を擦りむいたりして、泥だらけでした(笑)。
■母に怒られた記憶はない
主人公・孝明の母は、派手な夫婦喧嘩を繰り広げながらも、家族を包み込む愛情に溢れている。昭和のステレオタイプのような母親像を、尾野が奇をてらうことなく体現。草なぎに、母親についても聞いてみた。
草なぎ:真千子ちゃんが演じたお母さん、なんかいいよね。ああいうお母さんに抱き締められたら、子どもは幸せだよね。うちの母は料理が上手で、栄養のある美味しいものをたくさん食べさせてくれましたねえ。僕も家族も食べることが大好きだったから、いつも工夫してくれていたなあ。怒られた記憶もないんですよね。好きなことをやらせてくれましたしね。
これまで草なぎが出演する映画の会見などを取材してきたが、山崎貴、樋口真嗣、西谷弘ら多くの監督、演出家が口を揃えて、草なぎを「非常にストイックだ」と評している。少年時代に集中力を高めるきっかけとなるような出来事があったのか知りたくなったが、草なぎは謙遜を繰り返し、煙に巻かれてしまった。
草なぎ:監督さんはいつも褒めてくださいますが、適当にやっているだけなんですよ。怒られなければいいなとか、そのくらいの方が肩の力が抜けるんです(笑)。それにね、家に早く帰りたいんですよ。集中して良い演技が出来てカットがかかれば、早く帰れるじゃないですか。だから頑張っているだけなんです。それで皆さん、褒めてくださいますが、僕はとにかく早く帰りたいだけなんですよね(笑)。
■サングラスを見ると……
笑みを浮かべながら話す草なぎからは気負いは感じられないが、本編冒頭に登場する「サバの缶詰を見ると、思い出す少年がいる」というナレーションも同様に観る者の心を落ち着かせてくれる。と同時に、草なぎには何かを目にすると思い出す人物がいるのだろうか……。
草なぎ:サングラスを見ると、タモリさんを思い出します(笑)。初めて会ったのは、20歳前後だったんじゃないかなあ。「笑っていいとも!」よりも前に、「タモリの音楽は世界だ」の収録の時だったように思います。でも、それよりももっと前、「ミュージックステーション」だったのかもしれない……。先輩のバックについた時とか、この世界に入って間もない頃だったような気もします。でも、とにかくサングラスといえば、タモリさんなんです。
デビューから35年、映画出演は、大森一樹監督作「シュート!」から数えて26本目となった。内田英治監督作「ミッドナイトスワン」では難役を演じ切り、日本アカデミー賞で最優秀主演男優賞を受賞。48歳になった現在、何を見据えているのか多くのファンが関心を抱いているはずだ。
草なぎ:あんまり考えていないんですよ。先の事なんて、どうなるか分からないですしね。目の前の仕事をちゃんとやらないと、次にも繋がらないじゃないですか。いただいた仕事に感謝して、出会った人々に感謝してこれまでずっとやってきたので、これからも感謝の気持ちを忘れずにやっていくだけですよ。