ベルファスト : 特集
観れば驚く――【アカデミー賞最有力候補の一角】
画力、音楽、物語…“とてつもない!”4つの要素に
あなたはきっと叩きのめされる!
このビジュアルやポスターを観て、最初に感じたのはなんでしょうか? 3月25日に公開される「ベルファスト」は、観ればあっと驚くような、衝撃的なパンチ力を携えた渾身の一作です。
“アカデミー賞に最も近い”とされるトロント国際映画祭で観客賞に輝き、本家アカデミー賞では作品賞ほか7部門にノミネートされた“傑作”。絶賛に次ぐ絶賛を受けているのには、4つの理由があります。
この特集では、そんな“とてつもない4つの魅力”を徹底解説。観るか否か、作品選びの真っ最中の人は、ぜひ読み進めてみてください。きっと、「『ベルファスト』一刻も早く観なくては」と思うはずです。
【ストーリー】僕の街には、歌があった。映画があった。家族がいた――
北アイルランド・ベルファストで生まれ育ったバディ(ジュード・ヒル)は家族と友だちに囲まれ、映画や音楽を楽しみ、充実した毎日を過ごす9歳の少年。たくさんの笑顔と愛にあふれた日常は、彼にとって完ぺきな世界だった。
しかし1969年8月15日、穏やかな日々は突然の暴動により、悪夢へと変わってしまう。プロテスタントの暴徒が、街のカトリック住民への攻撃を始めたのだ。
住民すべてが顔なじみで、まるでひとつの家族のようだったベルファストは、この日を境に分断されていく。
暴力と隣り合わせの日々のなか、バディと家族たちは故郷を離れるか否かの決断に迫られる――。
主演は、本作が長編映画デビューとなるジュード・ヒル(バディ役)。共演に「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」のジェイミー・ドーナン(父役)、「フォードvsフェラーリ」のカトリーナ・バルフ(母役)、ベルファスト出身のベテラン俳優キアラン・ハインズ(祖父役)、「恋におちたシェイクスピア」などのアカデミー賞女優ジュディ・デンチ(祖母役)。
【とてつもない!①:作品力】オスカー7部門ノミネート、トロントは観客賞…圧倒的評価を得る“傑作”
最初の“とてつもない”は、作品力……つまり映画としての総合力! 世界中の映画祭や映画賞で、圧倒的な評価を受けているんです。
世界最高峰の祭典・第94回アカデミー賞では、作品賞を含む7部門にノミネート(授賞式は現地時間3月27日に開催)。さらに第79回ゴールデングローブ賞では最優秀脚本賞に輝いています。
この時点でも圧倒的ですが、さらに強調したいのは、第46回トロント国際映画祭で最高賞である観客賞に輝いていること。なぜかというと「同賞をとった作品は、アカデミー賞作品賞もとる確率が高い」とされているからです。
過去10年でトロントの観客賞を受賞した作品は、「ノマドランド」(☆)、「ジョジョ・ラビット」、「グリーンブック」(☆)、「スリー・ビルボード」、「ラ・ラ・ランド」、「ルーム」、「イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密」、「それでも夜は明ける」(☆)、「世界にひとつのプレイブック」、「私たちはどこに行くの?」、「英国王のスピーチ」(☆)。そのうち☆印の4本がアカデミー賞作品賞も受賞しています。
ちなみに「ベルファスト」の監督を務めたケネス・ブラナーは、本作でアカデミー賞史上初の快挙“通算7部門ノミネート”も達成しています。(参考記事 https://eiga.com/news/20220214/6/)
掘れば掘るほど、本作が“その年の最も優れた傑作のひとつ”である証拠がザクザクと出てくる……!
【とてつもない!②:画力&音力】目から、耳から、そして心も動く!
予告編や本編を観れば、明らかに“違う”ことがよくわかるでしょう。ひとたび体験すれば、あっという間に映画の世界へ引き込まれてしまうほどの画面の力=“画力”と、音楽の力=“音力”がとてつもないのです。
ブラナー監督や撮影を手がけたハリス・ザンバーラウコス(「マイティ・ソー」「ナイル殺人事件」など)は、本作の映像をカラーではなく、あえてモノクロにすることを選択。この優れた決断により、陰影が際立つ類まれな力強さと美しさ、そして心の柔らかい部分をしめつけるようなノスタルジーを付与したのです。
画作りも巧みで、あるときには奥行きが意図的に消失したり、画面の一部分にだけ鮮やかな色がついたり。そのまま額縁をつけて飾れるようなバッチバチに決まったシーンが、のべつ幕なしに画面を覆い尽くします(筆者が最も心に残ったのは、クライマックスに刻まれたジュディ・デンチの名演と、彼女の顔でした)。
一方で音楽に耳を傾けると、「Everlasting Love」など1960年代後半の英ポップソングがふんだんに散りばめられています。さらにバディが家族とともに映画館で観る「チキ・チキ・バン・バン」など数々の名作も印象深い。景色が一変し、望まぬ方向に時代が舵を切ろうとも、人々を癒やし勇気づけるのはいつだって芸術やポップカルチャーの役割ですね。
パワフルで、生命力にあふれた映像と音楽による“挟撃”。目から耳から、心が動かされ、やがて人生に殴り込みをかけられるような、衝撃的な感情へと導かれていく……これこそが、本作が高く評価される一番の要因なのです。
【とてつもない!③:物語力】誰もが共感し、大切な感情が呼び起こされる──
物語の舞台は1960年代の北アイルランド。遠い国の遠い時代の出来事……と思うかもしれませんが、実際に観ると、意外にもそうは感じられません。むしろ「私のための物語だ」と、強い共感を覚える人も多いのではないでしょうか。
というのも本作は、どの時代、どの場所にもある/あった“何か”を描き出しているからです。例えば、ベルファストの街は住民全員が顔なじみで、まるで街全体がひとつの家族のようであり、自宅近くには優しい祖父母も住んでいます。
そのような地域で子ども時代を過ごした人は、9歳の主人公バディにかつての自分自身を重ね、大切な思い出に浸ることができるでしょう。さらに男の子を育てる親御さんが観れば、バディのやんちゃぶりに「うちの子もこうだったなあ……」と思わずほほ笑んでしまうはず。
日本人の私たちでも、必ずどれかひとつは共感できるので、次第に“物語と自分の絆”ができあがります。それを頼りに、観る者は作品にずぶずぶと没入していく。登場人物と同じ気持ちになり、名前を付けてあげたいくらい大切な感情に出合えるのです。
脚本・製作も手がけたケネス・ブラナー監督は、こう語っています。「『ベルファスト』はとてもパーソナルな作品だ。私が愛した場所、愛した人たちの物語だ」。
【とてつもない!④:メッセージ力】分断の時代を生きる私たちに、深く刺さる──
ブラナー監督は俳優・監督・演出家として活動し、どのジャンルでも世界トップクラスの実績を挙げている唯一無二の表現者です。「ハリー・ポッターと秘密の部屋」でロックハート先生、「TENET テネット」で悪役のセイターを演じた、と言えばピンとくる人も多いのでは?
本作は北アイルランド・ベルファスト出身のブラナー監督が、自身の幼少期を投影した自伝的作品。だからこそ「とてもパーソナルな作品」だと言っているんですね。
彼の個人的な感傷は、作品の細部にまでこめられており、特に日常描写は白眉です。バディたちは朝起きて学校へ行き、帰宅して家族で夕食を食べ、宿題をして寝る。いたって穏やかな少年らしい生活を送ります。
しかし朝食をとりながら観るテレビニュースでは、建物が焼かれ、銃の入手が簡単になり、市街地でマシンガンが使われたなどと報じています。報道の内容は日増しに悪くなり、少年たちは気づかぬうちに、すべてを強引に捻じ曲げる“暴力”に囲繞(いにょう)されていることを知るのです。
その暴力は、街の人々の心をささくれ立たせます。昨日まで笑い合っていた隣人を、今日は力の限りぶん殴る。家族同然だった街に、取り返しのつかない“分断”が生まれていく……。
このままでいいのか? 解決する手立てはないのか? 本作は、コロナ禍により何もかもが大きく変化し、分断と格差がしきりに叫ばれ、あり得ないとされていた戦争が“起こってしまった”世界を生きる現代の私たちに、さまざまな問いを投げかけます。
そして同時に、私たちを勇気づけ、優しく寄り添ってもくれます。登場人物は、それぞれ抗うことのできない時代の変化に戸惑い、葛藤しながらも、決してうつむくことはありません。笑顔とユーモアをもって、未来へ一歩、また一歩と踏み出していくのです。
「答えがひとつなら紛争など起きんよ」「人は変化を嫌う。だが時代は変わった」「アイルランド人に必要なのは電話とギネスと『ダニー・ボーイ』」「みんな、お前の味方だ。お前がどこに行って何になろうと、一生変わらん。それがわかっていれば不幸にならない」「優しくてフェアで、お互いを尊敬しあえば……」
ブラナー監督は、この自伝的企画を長年、映画化したいと熱望していました。それをわざわざ、製作に重大な負担が生じるうえに、興行収入の減少が目に見えるコロナ禍の今、映画化に踏み切ったのには理由があります。
そうまでして、今を生きる私たちに伝えたいことがある――。ブラナー監督の人生と願いが込められているからこそ、世界中の人々の心に届き、愛される作品となったのでしょう。
【まとめ】観れば必ず驚かされる…ぜひ映画館で堪能してほしい
本作が持つ、とてつもない4つの要素。それは作品の完成度、映像&音楽がもたらす情動、物語の共感性、私たちに向けた切実なメッセージ。
一見すると静謐で上品そうな映画なのに、観れば強烈なパンチを食らったような、得も言われぬ衝撃が待っている……まさに質実剛健、2021年度を代表する作品が、満を持して日本公開の時を迎えます。
こんな世の中だからこそ、なるべく早く、映画館で鑑賞してほしいと切に願う一本です。