「普通の人も紛争に巻き込まれていくのが何とも・・・」ベルファスト たこ姫さんの映画レビュー(感想・評価)
普通の人も紛争に巻き込まれていくのが何とも・・・
昔読んだ高村薫の「リヴィエラを撃て」の主な背景になったのが北アイルランド紛争で、その中心地「ベルファスト」と監督ケネス・ブラナーに引かれて何の前知識もなく見に行った。
「リヴィエラを撃て」のあらすじは忘れてしまったが、ベルファストの荒涼としたイメージや決して豊かではない土地で敵味方に分かれて繰り広げられる不毛な戦いが強く記憶に残っていた。
映画の中では先鋭化した連中の殺し合いは描かれず、9歳の少年の家族の日常に突然入り込んできた紛争が描かれていた。宗教の違いなどほとんど気にしていなかった町の人たち、町中の人たちが知り合いで等しく貧しそうで、でも明るいコミュニティがだんだん壊れていった。少年の学校生活と小さな恋、毎日寄り道する祖父母の家でのこと、父母のお金の苦労、厳しい毎日ながら週末の映画を楽しみ、親戚との集まりも楽しく、昔の日本も似たようなものだったなーと想い出した。町長選挙とかあると町を二分する騒ぎになっていたが(私の経験)、終わると元に戻っていた。しかしベルファストの紛争は恐ろしく長い込み入った歴史がバックにある。少年はいとこに引っ張られて過激な破壊活動に巻き込まれ、泥沼に否応なく引きずり込まれてしまった。土地に強い愛着があった母親もついに父親の出稼ぎ先だったロンドンへ逃げ出す決心をする。その間に炭鉱労働者だった祖父が肺の病で死に、葬式を終えて家族四人ベルファストを出て行くためにバスに乗り込む、それを見送る祖母の姿で映画は終わる。
監督のケネス・ブラナーの幼少期の記憶が元になっているそうだ。この映画の何気ない日常が本当に心に残る。それを演じた役者が皆すばらしい。何十年も苦節を共にしてきた祖父母の会話が達観していてたまらない。ジュディ・ディンチも相手役もまさに適役。父母役の二人による現役の苦悩もよく描かれていた。しかし何より特筆すべきは9歳の主人公を演じた少年。何の加工もないただのその年頃の少年にしか見えなかった。小賢しくなく家族に愛されて育った素直な少年がそこにいた。
内容は違うが、ロシアによるウクライナ侵略がひどさを増す現実の中、逃げ惑う普通の人のことを思わずにはいられなかった。
この手の出来事、即ち、宗教の違いや積み重なった民族の恨みに直面したことがないし、踏みつけられる立場にもなったことがないので私には理解できないと思っていた。しかし少年のように、心の底に何の憎しみも積年の思いもなくても巻き込まれて分断されていくのだなと改めて考えさせられた素晴らしい映画だった。