断捨離パラダイス : インタビュー
武藤十夢、AKB48卒業後初映画で“ゴミ屋敷に住んでいた” 萱野孝幸監督との日々を振り返る
2023年3月、アイドルグループ「AKB48」を卒業した武藤十夢。タレント活動だけでなく、気象予報士、防災士、ファイナンシャルプランナー等々、多面的に活躍し続ける武藤にとって、同グループ卒業後“初の映画”となったのが「断捨離パラダイス」(6月30日公開)だ。
同作は、ゴミ屋敷で暮らす“捨てられない”人たちの生態を描いたオムニバス形式の人情喜劇。「夜を越える旅」「電気海月のインシデント」の萱野孝幸が監督・脚本を手がけ、全編福岡で撮影を敢行している。
武藤が演じているのは、岸田万莉子。既に“小学校の教員”という設定が発表されているのだが、実はこのキャラクターも“ゴミ屋敷の住人”。そして劇中ではそれだけに留まらない。ストーリーが進むなかで、万莉子は大胆に変化を遂げていく。
「AKB48」卒業後、映画の世界で魅せた“女優としての顔”。武藤は何を思いながら「岸田万莉子」の人生を生きていたのだろうか。
6月3日に行われた「新宿東口映画祭2023」での上映前、萱野監督との対談を実施し、その胸の内を明かしてもらった。
【「断捨離パラダイス」あらすじ】
ピアニストの白高律稀(篠田諒)は原因不明の手の震えにより、突然キャリアを絶たれてしまう。これまでピアノに人生の全てを捧げてきた彼は絶望から抜け出すべく、偶然チラシで見かけたごみ屋敷専門の清掃業者「断捨離パラダイス」で働き始める。律稀はそこで個性的な上司やさまざまな事情を抱えた依頼人たちと出会い、想像を絶する世界を目の当たりにしていく。
●オーディションを経て参加! 武藤十夢「受かるとは思っていなかった」
――本日はよろしくお願いします。まずは、武藤さんにお聞きします。本作にはオーディションを経て参加したとお聞きしました。
武藤:はい。でも、受かるとは思っていなかったんです。今の事務所に入って少し経った頃に受けたんですが、当時は「オーディションは落ちるものだ」と思っていて。
萱野監督:武藤さんの「これは落ちたな…」という表情、今でも憶えています(笑)
武藤:(笑)
萱野監督:でも、実際はそんなに悪くはなかったんです。配役というのは、全体のバランスを考慮して決めるものだと思っています。万莉子はゴミ屋敷の住人であり、ヒロインでもある。意識していたのは、ゴミの中に一番いなさそうな人。そうすれば違和感が生じて面白くなるかもしれないなと。でも、その要素だけでは映画の中で浮いてしまう。ゴミ屋敷にいるという説得力を、演技で表現できる方を探していました。オーディションの時は凛とされていて、ストイックさも感じました。その一方で、おおらかさも持っていそうだった。きっと雑なところは、雑なんだろうなという印象があったんです。
武藤:めちゃくちゃ当たっています(笑)。まず「落ちたな」という顔をしていたこと、これは大正解です。マネージャーさんにオーディションの感触を聞かれた時に「多分駄目だったと思います」と言ってましたから。性格も雑なところは雑かもしれません。「お嬢様っぽい。でも、なんかギャップもある」と言われることもあるんです。
●ゴミ屋敷の住人→ファム・ファタール さまざまな“顔”で魅せる
――万莉子は、さまざまな“顔”を持つキャラクターですよね。小学校の教員でもあり、ゴミ屋敷の住人でもある。そして、恋人の前での姿も描かれ、さらにいえば“ファム・ファタール”という驚くべき進化を遂げていきます。
武藤:(演じるのは)大変だろうなと思っていました。感情がしっかりと出ているところもあれば、無いところもある。内に秘めているものを表現しつつ、最終的には“あんな風”になっていく。とても難しいなと思いました。演技経験も多い方ではありませんし、不安はありました。
――ゴミ屋敷の住人を演じるという点について、戸惑いのようなものはありましたか?
武藤:面白そうだなとは思っていました。自分は絶対にそうはならないと思っていたので。でも、いざゴミ屋敷を目の前にしてみると、圧倒されてしまって。ここで過ごすのかと……。でも、すぐに慣れました(笑)。
萱野監督:万莉子は、唯一ゴミ屋敷のことを隠しているキャラクターです。小学校の教員は外から完璧を求められる“聖職”です。そして、万莉子自身も“綺麗”でいようとしている。その過程を経て、最終的には主人公と共に汚れていきます。
●武藤十夢は溜め込む派? それとも溜め込まない派?
――どのように心情を理解していったのでしょう?
武藤:万莉子は“溜め込みがち”な人だったと思います。私自身は、彼女と同様に根が真面目な部分はありますが、あまり“溜め込む”方ではないんです。でも、アイドルをやっていた経験がいかされていたのかもしれません。アイドル時代は「綺麗な部分を見せていきたい」という思いがあったので、その部分が役に重なっていったのかなと思いました。
――今仰ったように、武藤さん自身は“溜め込まないタイプ”なんでしょうか?
武藤:さっぱりはしていると思います、ストレスのはけ口を自分で見つけているからかな。助けてくれる人もいますし、話を聞いてくれる人もいる。自分はこうすればストレスを解消できるというのもなんとなくわかっています。万莉子は、周りにきちんと話を聞いてくれる人がいないので、その点で窮屈さを感じていたんじゃないかなと思います。
●武藤十夢の“ピラフ事件” 萱野監督「あんなに食べる芝居が下手な人は初めて」
――では、萱野監督とのタッグはいかがでしたか?
武藤:スパルタでした(笑)。例えば、まずは一度演じてみると「武藤さん、ここはどんな気持ちで話していましたか?」と聞かれて、「こういう感じです」と答えると「本当にそうですか?」と。そのやり取りを経て「あ、これは違うのかもしれない」と感じるようになるという……それが繰り返されるような日々でした。
萱野監督:かなり難しい脚本だったと思います。思っていることをそのまま口にするようなキャラクターではありませんから。セリフをそのまま言っても表現はできない。最初は苦労されていましたが、最終的には、良い意味で何を考えているのかわからないキャラクターになったと思います。
武藤:これは私が悪いんですが……劇中でピラフを食べるシーンがあるんです。でもどこで食べて、どこで喋るかのタイミングをつかみきれず――結果的にピラフを食べまくりました(笑)。
萱野監督:あんなに食べる芝居が下手な人は初めてでした(笑)。
武藤:自分がセリフを言う番なのに、その直前に食べちゃって。監督からは「武藤さん、今なんで食べたの?」と(笑)。結構ひと口が多めなので、口に含んでいると絶対言葉が発せないんです。
萱野監督:せっかく福岡で撮影していたのに、ピラフでお腹いっぱいになるというね(笑)。
――映画全体を通して印象的だったポイントはゴミ屋敷の汚れ具合です。あれは本当にリアリティがあるものでした。
武藤:洗面台の汚れとかすごかったですよね!“服の山”というのもありがちなことなんだろうなぁ。
――万莉子の部屋は、色使いもユニークでした。基調となっているのは、白と黒。そこに赤が加わっています。
萱野監督:基本的なカラーは灰色(白+黒)なんです。赤の要素を増やしていくことで“ファム・ファタール”度が上がっていくことを示しています。心情が揺れ動くなかで人間味が増してくるという表現です。
●萱野監督の印象的なシーンは? 武藤十夢が“捨てられない”ものは?
――では、萱野監督にお聞きします。武藤さんとの撮影で一番印象に残っているのはどこのパートでしょうか?
萱野監督:どこだろう……どれも一生忘れないと思っているんですが、あえて挙げるとするのであれば、あるアイテムを“捨てる”ところですね。僕自身、この映画の山場と思っています。主人公をじっと見つめている時の顔は、本当に良かった。万莉子はずっと部屋に埋もれているという感じでしたが、あの瞬間だけは部屋を支配しています。あまり主張しないキャラクターですが、初めて我を通したということが表情でわかる。武藤さんの表情をレンズ越しに見て、ホッとしていたという記憶があります。
武藤:撮影したのは、終盤だったと思います。話の流れとしても“殻を破った”といいますか……すっきりした気分になりました。溜めこんでいて苦しいと感じてしまうシーンよりは楽しかったです。あとは篠田さんのアクションも大好きでした。色んな引き出しがあるなぁと思っていました。
萱野監督:それと恋人の部屋で過ごしているシーンも好きです。かなりリテイクはしましたが、結果的に素敵なシーンになったと思います。婚約をしているけども、どことなく嫌な雰囲気が漂っている。スリリングな感じがいいんです。
――本作は「ゴミを捨てる」という方向にストーリーが展開しながらも、各キャラクターに「これだけは捨てられない」というものが生じてきます。そこが非常に面白いポイントだったのですが、武藤さんには「これだけは捨てられない」というものはありますか?
武藤:仕事で使った資料や台本、天気について書いた原稿は捨てていないです。それだけは、すっごい溜まっている(笑)。自宅にあるときりがないので、ひとまず実家に置いてもらったりすることも。見返した時に楽しいんです。あぁ、こんなこともやっていたんだなと思えるので。
●「断捨離パラダイス」の現場では、何を“溜め込んだ”?
――では“溜め込まないタイプ”と仰っていましたが、これから“溜めていきたいもの”というのはありますか?
武藤:やっぱり経験値です。色々な方々に会って、色々な仕事をして――経験って、さまざまなことにいきてきますから。もちろんお芝居もやっていけたらいいなと思っています。出来ないなりにも、その経験を通じて何かを見つけ、次の機会にいかしてきたいです。
――「断捨離パラダイス」の現場では、何かを“溜め込む”ことができましたか?
武藤:本当に色々なことを教えてもらいました。改めて言いますが、こんなにスパルタな現場は初めて(笑)。もしかしたら、これまでが優しい現場ばかりだったのかもしれませんが……「断捨離パラダイス」の台本には、色んな書き込みがたくさんあると思います。
――萱野監督、改めて武藤さんとのタッグはいかがでしたか?
萱野監督:演技経験が浅いということはご自身でも仰っていたので、僕自身も“指摘すべきことは、きちんと言う”というスタンスでした。フワッとした芝居をして、フワっとしたものがスクリーンに映し出される。それはお互いに嫌でしたから。だからこそ「違う」と感じたことはオブラートに包まず全部言っていたので、かなり大変だったと思います。映画の現場、熊本での撮影――非常にアウェイな環境だったと思いますが、徐々に実践してくれたので本当にガッツがある方です。これからの活躍をとても期待しています。
武藤:頑張ります!
●「AKB48」卒業後“初の映画”は「女優としての武藤十夢を見て頂きたい」
――武藤さんにとっては「AKB48」卒業後“初の映画”となりました(撮影は「AKB48」卒業前に実施)。
武藤:まずはひとりでも多くの方に見てもらいたいという思いがあります。題材は「ゴミ屋敷」ですが、ポップで楽しめる作品になっていますし、自分の中に負の感情を溜め込んでしまっている人が見ると、少し気持ちが楽になるかもしれません。女優としての武藤十夢を見て頂ければいいなと思います。物語が進むにつれて、色々な“顔”でみることができますので、その部分を楽しんでいただけると嬉しいです。
――では、萱野監督、最後に一言お願いします。
萱野監督:まずは武藤さんのファンの皆さまに……武藤さんをゴミ屋敷の住人にしてしまい、申し訳ございませんでした。
武藤:(笑)
萱野監督:この作品は、年代、性別、職業も関係なく、登場人物の誰かしらに思いを馳せてしまうような作りになっていると思います。ゴミ屋敷の住人だけではなく、挫折してしまった主人公、ゴミ屋敷の住人に振り回される人々にも、それは当てはまるはず。ゴミ屋敷問題だけでなく、それと似たような経験をされている方もいらっしゃるかもしれません。そういう方の感想がとても気になっています。気軽に見れる“断捨離喜劇”です。ゴミは、どんな人でも絶対に出すもの。つまり、ゴミの映画は“人生の映画”なんです。ある意味、身近なテーマとしてとらえていただけると嬉しいです。
(取材・文/映画.com編集部 岡田寛司)