LAMB ラムのレビュー・感想・評価
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雰囲気映画
ラムウールのセーター
アーダ アダアダ 羊の子♪
最初から最後まで徹頭徹尾荒唐無稽?
それとも
徹底的に考証された綿密なシナリオ?
初見ではどうしたって前者にしか見えない。
思わせぶりなシーンが重なり、唐突な日常の風景が何を指すのかが分からない。
戸惑うばかりだけど、羊の子アダ以外は何もおかしくないように感じる。
(厳密にはアダを受け入れてるという時点でおかしいんだけど)
そしてクライマックス。
流石にワケが分からなすぎて考察をいくつか読んだが、それでもよく分からない。
って感じではあるのだけど、ずっと異質なものを当たり前として扱う特殊な状況を説明も少なく、
仄めかしとしてシーンを挟むために頭の中には様々な推測が生まれ、絶えず緊張感を持って視聴をすることになる。
何故か愛嬌を感じる羊の子。
当初は否定的だった夫の心変わりが尚更自分たちの感性の延長線にこの異常な世界観が存在していることを示し、
非現実ながらリアリティを感じさせる気味の悪さがある。
一言で言えば、絶妙にキモい。
その感情一本で仕上がってるのだからこの映画面白いと感じれるかは別にして結構すごい作品なのかもしれない。
二度見て
一回目の鑑賞ではホラー要素の意味も分からず、不気味だけど何も無いただのどかな大自然を眺める映画
まあ最後に驚きの展開が待っているのですが、「え??どちら様?!」となってしまったあたり私は映画についていけてないし、アダの存在を最初は驚きつつも徐々にいることが当たり前かのように違和感を感じていないことがおかしいことに改めて気付かされる。
でもお母さん羊を〇しちゃうのはどうかと思うけどね。 最後こうなってしまうのは、ただしてしまったことが返ってきただけ。
二回目の鑑賞で見えなかったものが見えてきました。 一回目の鑑賞で既に見えてた人はかなり映画の展開を読んでいる人だなぁと尊敬します!
過去に不幸があったとはいえ、関係ないものでも人間のしたいように扱い、巻き込んでいくのは許されざること。それを無意識にやってしまう人間にはなりなくないと学びのある映画でした。
設定のインパクトの割に波がない
なんといっても映像が美しい。そして、途中まで(アダの全体像が明らか...
どの場面でも薄気味悪い
山間に住む羊飼いの夫婦イングヴァルとマリア。ある日、二人が羊の出産に立ち会うと、羊ではない何かが産まれてくる。子供を亡くしていた二人は、"アダ"と名付けその存在を育てることにする。奇跡がもたらした"アダ"との家族生活は大きな幸せをもたらすのだが、やがて彼らを破滅へと導いていく、というスストーリー。
半人半獣のアダのなんとも言えない気持ち悪さ、不快感は特筆に値する。その嫌悪感があるまま話が進んでいくので、全体的にどんな場面も薄気味悪く感じてしまうという点は興味深いが、全体的に静かすぎてやや退屈、冗長であるともいえる。
ラストの展開は驚いたのと、そして同時に笑ってしまった。ここまでの静かで幸せな瞬間をああいう形でぶち壊されると思っていなかったので賛否あるかと思う。個人的には因果応報が描かれていてありだとは思うが面白いかと言われると…。
続きはある?
得体の知れない恐怖に取り込まれる
ポスターは宗教的な解釈へと誘うような聖母子を彷彿させるデザイン。
しかも、彼女の名前も「マリア」で、抱くのは子羊、つまり神の子羊=イエス・キリストを表象するもの。
これを聖母子像以外に解釈するのは無理があると言えるほど。むしろミスリードを誘っているのだろうか。
作中、どこも明確に描写するのを避けているようで、得られる情報が少ない。
例えば、登場人物の夫婦マリア・インクヴァルは子供を失っているが、いつどうして失ったのかは分からない。
どちらかと言うと、マリアの方が過去を引きずっているようで、夫婦の家には常に黒い雲が渦巻いている。
そんな夫婦の下に羊から羊でない「ナニカ」が生まれる。
マリアをその「ナニカ」をアダと名付け、我が子のように受け入れる。なんの疑問も持たず、それを受け入れ、愛する様に不気味さを感じる。
彼女の心は既に壊れてしまっているのだろうか。
いつの間にか夫・インクヴァルや後程夫婦の家を訪れたインクヴァルの兄もアダを可愛がるようになる。
特に兄の心境の変化の合間に入ってるシーンは、アダの存在をより不気味なものへと昇華させている。
物語のラストでより訳の分からない怖さが増幅する。
始終、不気味で意味不明な映画なんだけど、
最後まで観て、ようやく物語を自分なりに解釈できるようになった。
夫婦はアダを贈り物と捉え、幸せな家庭を送っているようにみえるが、
本当は悪魔に魅入られただけなのではないだろうか。
そもそも、アダの名前も人類に死という罰が課せられた原因を作った人間「アダム」から来ているから、
罪人の表象が天からのギフトにはなりえない。
自分の子どもの死を受け入れられないマリアの心の隙が悪魔に付け入られ、
「ナニカ」が羊から生まれた。その得体のしれないものに一切の疑問を抱かずに、
アダと名付けて、育ててしまうマリアの心はもはや正常とは思えない。
後の夫や義兄の変化から察するにマリアもアダを違和感なくかわいがるように
心を変えられてしまったと考える。
ラストの描写を経て、アダが何者なのかは見る人の解釈に委ねられている。
「悪魔の托卵」私にはそんな言葉が思い浮かんだ。
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