「♪︎アイスランドの羊、羊、羊…」LAMB ラム 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
♪︎アイスランドの羊、羊、羊…
ホラー映画を見た時感じる感情は、“怖い”。
“ビクッ”や“ドキッ”。ゾクゾク、ドキドキ。怖くも極上のスリルというエンタメ性を味わえる。
個人的に“怖い”を上回るのが、“気味が悪い”。
不気味で、陰湿で、不快。ヤなもの見たなぁ…。身体や心や脳裏にまとわりつく。
何故こんな書き出しかと言うと、本作の予告編を見た時、“それ”を感じたから。
霧深い山間で牧羊を営む夫婦。やがて、“何か”が産まれる。“人”でも“羊”でもない“何か”…。
私の“気味悪い映画”第1位は、『スプライス』。遺伝子操作で産まれた人と動物のハイブリットが起こす恐怖…。
本作の予告編を見て、『スプライス』を思い起こした。“人”でも“羊”でもない“何か”。予告編でも意味ありげに暗示され、“それ”はもう明らかに…。
U‐NEXTで配信されていたのは知っていたが、なかなか見る気が起きず。勇気を出して鑑賞。実は、チキンなんです…。
確かに気味が悪い。
が、『スプライス』ほどのトラウマまではいかず。ちと安心。
でも、確かに気味が悪い。それでいて、奇妙で恐怖寓話的でもあって独創性もあって、やっぱり気味が悪い不思議な感覚。
本作は暗示や相反する描写が印象的。
舞台はアイスランドの山間部。雄大な景観で美しくもあるが、終始霧に包まれ、どんより暗く、寒々しさが漂う。
イングヴァルとマリアの夫婦。冒頭での会話。「時間旅行が可能になるらしい」「過去に行きたい」。一見慎ましく暮らしているが、何か悲しみを背負っているのは明白。ほどなくその理由が分かる。そしてそれが…。
神からの贈り物か、それとも気の迷いか、“それ”が産まれる。誕生の経緯も開幕シーンで察しが付く。霧の中から羊小屋に現れた“何か”。一頭の牝羊を…。
夫婦は我が子のように育てる。夫婦が再び授かった幸せと、何とも言えぬ異様さ。
暫くは“部分見せ”程度だったが、夫の弟ペートゥルが訪ねてきた事をきっかけに、当たり前の暮らしのように突然姿を見せる。
顔は羊、身体は人間。羊の獣人の子供。
そのインパクトたるや…!
不気味。でも、その一方…。
何処か愛らしさも。別に凶暴性があったり、危険な存在ではない。至って普通の“子供”。
不気味さと愛らしさが入り交じった、初めてのようなこの感覚。
亡き娘と同じ名を付けた“アダ”。
三人…いや、二人と“一頭”の暮らし、アダそのものの存在を、ペートゥルは当初嫌悪するが…。
薄気味悪さ、衝撃…。
それと同時に、シュールな模様。
ホラーであり、寓話であり、家族ドラマでもある。
見ていく内に不思議な感覚。この不気味さはアダや作品ではなく、登場人物らのエゴに。
アダを産んだ本当の母=牝羊が我が子恋しさを訴え鳴く。煩わしくなったマリアはその羊を射殺。
ペートゥルはマリアに感情を抱いている。
マリアとイングヴァルは夫婦だから夜の営みも。が、ロマンチックなムードより生々しさを感じる。
この愛憎劇を、穢れなき子はどう見たか…?
マリア、羊…言うまでもなく、聖書からの引用だろう。
羊の獣人はギリシャ神話に登場する山羊の角を持つ“サテュロス”がモチーフになっているとか。
“自然の豊穣の化身”であり、“欲情の塊”とも言われ、名の由来に“男根”の意味もあるとか。
これらも色々、暗示めいて描かれている。
人の欲、エゴ、業…。
それらが罪と言うのなら、罰とも言うべき悲劇や破滅が訪れる…。
監督は『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』にも携わったVFX出身。本作で監督デビュー。ビジュアルのみではなく、独創的な世界観作りも見事。
アイスランド作品。北米配給を獲得したA24スタジオのさすがの目利き。
ノオミ・ラパスの名演。彼女の個性は、非ハリウッド作品や鮮烈インパクトの作品でこそ光る。
終盤、トラクターを修理に行ったイングヴァルとアダの前に現れる。
誰もがまず、悪魔か魔物か獣と思う。死と悲劇と破滅を招きに…。
が、別の見方をすれば…。
“彼”は妻を殺され、我が子を奪われた。ただ、我が子を取り返しに来ただけ。
アダや“彼”など異形の者こそ存在や行動に真っ当さがある。
悲しみ深き、罪深きは、人。
愛娘を亡くした悲しみ。最愛の夫を亡くした悲しみ。新たな幸せも失った悲しみ。
胸が痛いほど同情するが、罪深きに対しての後味の悪さも感じる。
救いはないのか…?
羊人よ、迷える我ら子羊たちに、救いを。