バイオハザード ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ : 特集
映画記者の日誌
……荒廃したラクーンシティのある住居。リビングのテーブルに、A4サイズのノートが残されていた。
ノートの1ページ目には、日本人の夫婦と1人の小さな男の子の写真が挟まれている。日誌の内容はこの街へ移住してきた映画記者が綴る、7日間にわたる壮絶な記録だった。
Day1
空港から車を走らせる間、ひっきりなしに冷たい雨が降り続いていた。幼いころから僕が引っ越しする日はいつも雨だった。
1998年、僕は映画.comの東京本社から、アメリカ中西部のラクーンシティ支局への異動を命じられた。
普通は「こんな人事があっていいのか」と悲嘆に暮れる事案だ。しかし僕は、案外悪くない辞令だと思った。
ラクーンシティは製薬大手のアンブレラ社の本拠地として急速に発展しており、さらに「家族になるなら、ラクーンシティ」のキャッチコピーを掲げ、子育て世代への支援に力を注いでいるらしいからだ。
先進的な教育制度や子どもへの手当は日本とは比較にならないほど充実しており、事実、アメリカ中の子育て世代がこぞって転入しているという。
なにより映画.comラクーンシティ支局長のポストが用意されていたことも魅力的だった。取材先でトラブルを起こし日本に居づらくなった僕に、まだそのような待遇をしてくれる会社への恩義も感じた。
妻や、1歳になったばかりの息子には重すぎる負担をかけるが、この機会は逃せないと思った。
ワイパーがまるでメトロノームみたいに規則正しくフロントガラスの雨を拭っている。息子がチャイルドシートから身を乗り出し、アークレイ山地の伸びやかな稜線を指差し笑った。
深い針葉樹林を真っ二つに切り裂く幹線道路の先に、ようやく古ぼけた看板が見えてきた。
「Welcome To Raccoon City(ラクーンシティへようこそ)」
僕たちはこの街で暮らすのだ。
新居に着き、荷解きする横で息子は眠りこけてしまった。妻も長旅の疲れが出たと、もう一歩も動けそうにない。現地の同僚たちとの顔合わせ兼歓迎会は家族全員で参加する予定だったが仕方がない。僕1人で行くことにした。
歓迎会の場所は市街中心部から少し離れた「エミーの店」というアメリカン・ダイナーだった。到着すると、Eメールでやりとりしていた部下のスコットが、大きく手招きしていた。
しかしカウンターに目をやってぎょっとした。R.P.D.と書かれたジャケットを着た大勢の警官がたむろしていたからだ。どうやらこの店は警察のたまり場らしい。
ベテラン巡査風の大柄な男が、カウンターに座る新品同様の制服を着た優男をいびっている。レオンと呼ばれた優男は、理不尽な罵詈雑言を浴びる間、言い返しもせずじっと耐えるように俯いていた。
のっけから雰囲気は最悪だ。もう帰りたくなるくらい居心地の悪さを感じながらスコットの隣の席に滑り込む。スコットは体を掻きむしる癖があるらしく、首筋にはびっしりと掻き跡がついていた。間髪を入れずアメリカン・サイズのビールジョッキがドンと置かれた。
店主のエミーがガムをくちゃくちゃと噛みながら僕を見下ろす。この女のあり得ない接客態度や、耳についている嘘みたいにでかいゴールドのイヤリングも気になったが、それよりも気がかりなのは彼女の目だった。
エミーの左目から、一筋の血が垂れていた。
Day2
起床した瞬間、生まれてきたことを後悔するほど強烈な二日酔いが僕の頭と胃を支配した。もう深酒はしないと誓う。それでもこの日は、かねてからのプラン通り、家族でラクーンシティを観光することにした。
ラクーンシティは登山客に人気を博すアークレイ山地のちょうどお膝元にある。もともとは資源に乏しいとてもささやかな田舎町だったが、およそ30年前にアンブレラ社が大規模な工場を構えたことにより、今日まで考えられないスピードで発展を遂げてきた。
四方は見事に森林と山々に囲まれており、オフィスやブティックが並ぶ中心部でも豊かな自然がかなりの割合で残されている。しかし、事前に聞いていた情報とはだいぶ異なった印象を受ける。
うまく言えないが、人口が増えている街にしては全体的にあまり活気がないのだ。子どもの姿も日曜だというのにそれほど多くはない。
ランチ時にたまたま日本料理屋を見つけたので入ってみた。席につき水を飲もうとしたところ、手が滑ってグラスを落とし、隣の家族連れの客にかかってしまった。ひたすら侘びたが、笑顔で「気にしなくていい」と言ってくれた。
隣客はアンブレラ社の従業員だそうで、ウィリアム・バーキンと名乗った。美しく上品な妻と、シルクのような長髪の礼儀正しい娘を連れ、仲睦まじく会話をしながら店を後にしていった。幸福を絵に描いたような家族だった。
ぼんやりと店のテレビを眺めているとアナウンサーが不可解なニュースを報じていた。アークレイ山地のふもとの民家で、4人家族がバラバラ死体となって発見された。体のいたるところに噛みつかれたような跡が残っており、残忍な犯行から怨恨の線が強いが、犯人はまだ捕まっていないという。
店を出た矢先、ドーベルマンが駆け寄り僕の足にじゃれつく。ややあって路肩に停まるタンクローリーから飼い主と思しき太った男が降りてきて、僕たちにこう言い放った。「ここらじゃ見ねえ顔だな」。
「中国人か? 日本人か。どっちだっていいんだけどよ、あんたらとんでもないところに越してきたな。じきにアンブレラ社は移転しちまうって話だ。そうなりゃ、こんな田舎町にはアライグマしかいなくなる。俺だったら定住なんざごめんだね」
男は昼間だというのに酔っ払っていて、口というよりは内臓が心配になるくらい息が臭かった。そして語られた内容は極めて不穏当だった。アンブレラ社が移転すれば、ラクーンシティは税収のほとんどを失い、子育て支援どころではなくなるだろう。
僕たちの移住は正しい決断だったのか――? 不安に苛まれ、この日は明け方近くまで寝つけなかった。ベッドを降りて窓際に行き、外の空気を胸に吸い込む。風のなかに土の匂いがした。
Day3
新天地での仕事始めの日。朝からグランド・オープンする映画館へ直行し、こけら落としの様子や支配人のコメント取りなどいくつかの取材をこなした。
昼ごろに映画.comラクーンシティ支局へ向かった。部下のスコットは連絡もなしに休暇をとったらしい。姿が見当たらなかった。
そして自分のデスクに座って驚いた。仕事用備品として、発売されたばかりのスケルトンのiMacをリクエストしていたが、実際に置かれていたのはなんと旧式のタイプライターだった。これで記事を書けというのか? ワープロならまだしも、よりによってタイプライター?
さらにメモが貼り付けられていた。「インクリボンはご自分でどうぞ」。熱烈な歓迎ぶりに、思わずタイプライターを叩き壊しそうになった。なぜだかひどくイライラする。
インクリボンを買いに外出した。二日酔いが長引いているのだろうか、気分が優れない。発熱のようなだるさも感じる。出勤初日で体調不良など論外だ。気合いを入れ直さなければ。
子どもたちが遊ぶ噴水広場を通りかかり、自然と笑みがこぼれる。しかしあたたかな気持ちは一瞬にして吹き飛んだ。「ベルトルッチ」との名札を胸元につけた白人男性が、口角泡を飛ばして陰謀論を喚き散らしていた。
「アンブレラがつくるのは市販薬だけだと思うか? 住民は見捨てられた。早く逃げろ!」
とても正気には見えなかった。
道端ではタカと見間違うくらい大きなカラスがゴミ袋を漁っていた。続けざま、フラフラと歩く女性(そういえば髪の毛がまばらだった)と肩がぶつかり、僕は尻もちをついた。
フラフラしているのはこの女性だけではなかった。街では時々、夢遊病みたいにうろつく人が散見される。郊外にある病院で原因不明の感染症が確認されたとのニュースも耳にした。
これが子育て世代に人気の街? 「とんでもないところに越してきたな」。前日のタンクローリー運転手の発言が脳裏をよぎる。
Day4
相変わらず熱がひどいが、休んでもいられない。僕は警察署へ向かい、各種申請を済ませた。
ラクーンシティ警察署はもともと美術館だった建物を改築し、使用しているとのこと。噂では、建物のいたるところに奇妙なからくりが仕込まれているらしい。
署の受付で、先日、エミーの店でいびられていた新人警官レオンが、足を机にのせて居眠りを決め込んでいた。この態度をみるに、どうやらターゲットにされる相応の理由があるみたいだ。
オフィスに戻ると、ラクーン動物園に行っていた妻と息子から電話がかかってきた。マスコットキャラクターのラクーンくんが可愛かったそうだ。ああ、それにしても体のあちこちがかゆい。
大量の雑務をこなす。エース記者だったスコットの無断欠勤が続いているため、圧倒的に人手が足りない。合間にしゅうかんしを読み、アークレイ山地で「皮をむいたゴリラのような怪物」が目撃されたとの記事を見つける。荒唐無稽の怪情報を、大真面目な筆致で伝えるギャップに思わず笑ってしまった。
目撃現場の近くには、アンブレラ社創始者オズウェル・E・スペンサー(この街の偉人だ)が亡くなるまで住んでいた私邸がある。怪物とやらが実在するなら、警察もスペンサー家を守るため、さぞピリピリしていることだろう。
夕方に仕事を切り上げ、バーでビールを飲み帰路についた。ほろ酔い気分でなんとなしに大通りから路地裏へ入ると、スキンヘッドの男が背を向けうずくまっているのが見えた。
大丈夫か? こんなところで何を? 声をかけても反応がない。もぞもぞ動いている。……何かを食っている?
肩をつかんで振り向かせた。そいつは人間の腕らしきものを食っていた。顔は青白く、ところどころ腐ったみたいにただれている。口は血だらけで、ぼんやりとだらしなくあいており、瞳はうつろで白くにごっている。
そして傍らには、おそらく人間だった肉の塊が転がっていた。血の海だった。
反射的にジョージ・A・ロメロ監督の「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」を連想した。化け物だ。僕は悲鳴をあげて逃げ出し、公衆電話に駆け込み警察に通報した。
すぐに警官が駆けつけてくれた。彼はクリスと名乗り、非番だったが、たまたま近くにいたのですっ飛んできたという。事情を話し一緒に目撃現場へ向かったが、あの化け物はすでにいなかった。肉塊も、あれだけあった血も、きれいさっぱりなくなっていた。
ぼくはひどく怯え、震えがとまらなかった。クリスはそんな僕を励ますように、長い時間をかけていろんなことを話してくれた。養護施設で育ったこと。クレアという妹がいるが生き別れたこと。なぜだか妹と近いうちに再会できそうな予感があること……。
クリスの穏やかで力強い声を聞き、僕はすっかり落ち着きを取り戻していた。疲れてるんだ。そう言われ、家に帰された。
自宅に戻ると息子が発熱。とんだ1にちだ た。
Day5
夜が明けきらぬうちに息子が緊急入院した。この世の終わりみたいな大暴れで、妻をかむなどまさに手がつけられず救急はんそうされていった。
僕自身も熱が収らず、きのう比べて急速に体ちようがが悪化ていルのを感じざるを得ない。
かい社からでんわ たいちょうどう聞いてきた 体がかゆくてたまらない 腕も足も腹も背中も顔も何もかもがかゆい。ばしばしとかいていると背中のかわベロっとめくれた 書くあいだも あたまぼんやり おれ どうなて
まちで暴徒きゅうにあらわれ いろ な みせおそってるらし このまち変 たすけて
たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たすけて たす
D y6
ベッドから起き上がれできない。しかしやとねつひいた。とてもかゆい。妻とこどもは病院へいったきりかえ てこない。
ラクーンスタジアムでのフットぼールの試合ちゅうしにな たらし テレビニ ではあなうんさーがさけんで る
むだんけっきんした でふ ぶかのスコット きた
7
そと サイレン なる
かゆいかゆい かゆ スコット ひどいかおなんで ころし うまかっ です。
かゆい
うま
……日誌はここで終わっていた。
映画「バイオハザード」最新作が1月28日公開…
“ミラ版”から物語一新、ゲームに基づく“絶望”体験
全世界のシリーズ累計売上本数が1億2000万本を超える、日本発の大ヒットゲーム「バイオハザード」を映画化――といえば、映画ファンにはミラ・ジョボビッチ主演の一連のシリーズがポピュラーだろう。
しかし1月28日に公開を迎える今作「バイオハザード ウェルカム・トゥ・ラクーンシティ」は、その続編ではない。新たな世界線、新たな試みで新たな物語を紡ぐ、極めて野心的な一作である。
●ベースはゲームシリーズの「1」「2」 ファン悶絶必至のシーン多数今作の舞台は1998年9月30日、アンブレラ社の拠点がある街「ラクーンシティ」。
この街の孤児院で育った主人公クレア・レッドフィールドは、アンブレラ社がある事故を起こしたことで、街に異変が起きていると警告する不可解なメッセージを受け取り、ラクーンシティへ戻ってきた。
ラクーン市警(R.P.D)の兄クリス・レッドフィールドとともに、住民たちの変わり果てた姿を目の当たりにしたクレアは、アンブレラ社が秘密裏に人体実験を行ってきたことを知る――。
ストーリーやキャラクター、舞台設定などは、ゲームシリーズを再現。初代と「2」をベースとしており、クリスやジル・バレンタインらが向かう洋館、レオンが勤める警察署、クレアが舞い戻ってきた市街地などが描かれ、次第にそれぞれが交錯していく。
ゲームファンならば「そんなところまで!」と驚くようなシーンが多数登場する点も嬉しい。例えば洋館では、ある人物がバーのグランドピアノでベートーベンの「月光」を弾く場面があるほか、玄関広間の再現度は感動ものだ。
●ホラーの魅力を極限に追求…ミラ・ジョボビッチ版とは何から何まで違う!
ミラ・ジョボビッチ主演の過去シリーズは、サバイバル・アクションの迫力や崩壊した世界を股にかけるスケール感が魅力だった。しかし今作はむしろ、ホラーとしての面白さをひたすらに深掘りし、極限まで追求している。
ゾンビが蔓延る地獄の世界に放り込まれたクレアらの姿を通じ、観客も「生きるか死ぬか、ゾンビになるか」という状況をリアルに追体験。劇中のパニックが大きくなればなるほど、暗闇の密室と大スクリーンと音響システムを備えた映画館のポテンシャルがフルマックスに引き出されていく。
やがて異形の怪物たちに襲われる恐怖が、あなたの脳や心にダイレクトに響き、ストレスが吹き飛ぶ爽快感すら与えてくれるだろう――ミラ・ジョボビッチが出演しなくとも、今作は素晴らしい映画体験をもたらすのだ。
ゲームシリーズのファンも、過去の映画シリーズのファンも、そしてそうでない人も。今作は全方位を喜ばせるはずだ。