劇場公開日 2021年12月31日

  • 予告編を見る

「最初で最後の原点回帰」マクベス かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0最初で最後の原点回帰

2025年5月5日
Androidアプリから投稿

監督のジョエル・コーエンはもう弟のイーサンとコンビを組んで映画を撮ることはないだろう。そんなことを予感させるモノクロ映画なのである。今までまったくのオリジナル脚本で勝負してきたコーエン兄弟であるが、弟イーサンと袂を分けて初となる本作では、なんとシェイクスピアの古典悲劇をほとんど脚色することなくそのまんま映像化している。今までイーサンが担当していたと思われるその脚色ぬきで撮られているものの、不思議と見飽きない魅力を備えている1本なのだ。

黒澤明監督『蜘蛛巣城』をはじめ過去何度も映画化されている古典ではあるが、これほど原作戯曲に忠実に映像化された作品は初めてではないだろうか。シェイクスピアが書いた戯曲の完成度が高いからといってしまえばそれまでなのだが、あえて手垢にまみれた『マクベス』をチョイスしたジョエルの真意はどこにあったのだろう。カール・ドライヤーを思わせる表現主義的タッチ、舞台演劇的な美術のセット、おまけにスタンダードサイズのアスペクト比を採用したジョエルの狙いはどこにあったのだろう。

奥行きを意識したたて位置の構図、マクベスには黒人俳優デンゼル・ワシントン、そのお妃にはジョエルの奥様フランシス・マクドーマンドをキャスティング。3人の魔女を1人で演じた  キャスリン・ハンターや、暗殺されるスコットランド王を演じたブレンダン・グリーソンこそ演劇出身の俳優を起用しているものの、全体的にはハリウッド的な多様性を意識した俳優の配置となっている。

魔女の予言通り王位についたマクベスだが、王暗殺を唆した王妃とともに次第に狂気におかされていく。腹心の部下であったバンクォーですら信じられなくなったマクベスは部下にその暗殺を命じる。やがて王妃が発狂死すると、王暗殺の濡れ衣をきさせられていた息子たちが王位奪還のため、大軍を率いて城に戻ってくるのだ。“女の股から生まれた人間には殺せない”という魔女の予言を信じたマクベスだが、帝王切開で生まれたマグタフによって首をはねられる。

この“帝王切開”部分の説明がシナリオからすっぽり抜け落ちていた理由は、妊娠中絶推進派が多いハリウッドにはふさわしくない表現だったせいなのかはよくわからない。しかし、多様性に基づいた俳優のキャスティングとシナリオの一部省略以外は、ほぼシェイクスピアの原作戯曲をそのままなぞっているのである。原型をとどめないほどに脚色するイーサンが製作に関わってないがために実現した、文字通りの古典復刻劇なのだ。

あまりにも独善的になったゆえその身を滅ぼしたマクベスだが、ある意味魔女の予言に忠実な人生を送った保守的な人物ともいえるのである。わざわざ完璧な古典を無理やりねじ曲げて、現代風に焼き直した不条理劇に作り変えるよりも、戯曲の雰囲気をそのまま伝えるような古典的な演出の方が、むしろ今時の観客の目には新鮮に映ることにジョエル・コーエンは気がついたのではないだろうか。イーサンが単独で監督した直近作『ドライブ・アウェイ・ガールズ』とは対照的なのである。

まさか同盟国に対して王様のように振る舞い、米国外で作られた映画には100%関税をかけると豪語する新大統領誕生を予言した映画でもなかろうが、映画のラストで草むらから飛び立つカラスの大群ははたして何を意味していたのだろう。ゴッホ最後の作品という説もある『カラスのいる麦畑』の構図を真似ることによって、(生き残った弟に後を託したダンカン王の長男のように)ジョエルは映画作りから一旦離れることをここに宣言したのではないだろうか。まるで扉に関貫をかけるような“ガチャリ”という音が結構意味深なのである。

コメントする
かなり悪いオヤジ