ハウス・オブ・グッチのレビュー・感想・評価
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名族様
監督が最後の決闘裁判の監督と同じだということを鑑賞後知って妙に納得した。
全体的に派手な部分はないがじっくりと物語を見せていく感じは共通していてとても好きだ。
まず映画を見終わって思った感想は「よくグッチはこの映画化をOKしたな」ということ。
グッチは今も世界で展開されてる大ブランドだし、描かれてる事件も2000年の少し前ということでまだ20年しか経っておらず犯人も未だ獄中で生きている。
まだ現在進行形で進んでるような話、さらに言えばブランドのイメージを損なうかもしれない映画をよくOKしたなと。
調べてみると映画化までは色々と紆余曲折があったようだ。
映画化の噂が出ては立ち消え噂が出ては立ち消えを繰り返してようやく公開されたと。
しかもグッチ家(グッチの経営者ではない)はこの映画を快く思っていないと。
そんな中でもこの映画を作り上げた製作陣の執念には脱帽する。
一族経営という言葉がある。
その名の通り創業者一族が経営を独占すること、日本では大塚家具なんかが記憶に新しい。
えてしてそういう会社ではお家騒動が起きやすい。
今作はそのお家騒動とマウリツィオ夫婦の愛憎劇が絡み合った末に起きた事件を極めて淡々と描いてる。
特にパトリツィアを演じたレディガガが素晴らしい演技。
元々富を手に入れたいという名目からマウリツィオに近づき夫婦になり娘も生まれたがやがて彼からグッチ家の者ではないと拒まれるまでの心の流れを丁寧に表現して、血にこだわる名族の闇も垣間見せた。
まだ最後の「グッチ夫人と呼びなさい」という裁判での台詞も彼女のプライドの高さを伺わせて最高。
呪いと滑稽
生きる為に作った服が、
いつしかオシャレになり、
ブランドになり、
そのブランドに人は踊らされる。
ブランドを創り上げた一族が
呪いの様に堕ちていく…
どんなにお金や権力を得ても、
満たされない…
それがとても醜くて滑稽で、
とても面白い。
みんな幸せになれたハズなのに…
血族すべて不幸になるのが、
人間らしいなぁー
あらすじも読まずに見て衝撃!
GUCCIは正直買おうと思ったこともなかったが、その話というので気になって見に行ってきました。
あらすじも全く読まずに見たので、新鮮に見れました。
てっきりGUCCIというブランドができるまでと思ったのに、すでにブランドはあってショップも出てたからあれ?となりました。
マウリッツオは3代目なのですね。
(余談、名前がどうしてもマリトッツォに思えて仕方なかった)
グッチ一族の確執、野望、陰謀、欲望、、レディーガガ演じるパトリッツアがまたすごい。
どこまでが愛だったんだろう?
出会いから愛はなかったのかな?
パウロがよく分からなかった、デザインの素質は結局なかったのかな?
親の築いた財産の中でぬくぬく温室育ちの坊ちゃんたちだから、いろんな人につけこまれたり騙されたりするんですね。そしてお金の管理ができない、、経営者としては失格、、、。
マウリッツオ、フェラーリやランボルギーニを乗り回しいい服を着て、高いものを食べて、最初はそう言うのを嫌がってたはずなのに、父が死んで跡を継ぐと人が変わったようになってましたね。
パトリッツアも強欲になり、GUCCIのいろんなことに口出してきてそれが嫌になって逃げるのもわかるけど、、なんか夫婦なのに行き過ぎた行為で衝撃でした。
お母さんがお父さんの殺人依頼して、逮捕されて、残された娘ちゃんどうしたんだろう、、。
GUCCIブランドにグッチの一族が1人もいないのもびっくりです。
こんな歴史があったなんて、ほんと知らなかったです。
「欲」のパワー
「こんなことがありました」という事実にフォーカスされていて、結婚を反対されようが子どもが生まれようが本人にはさほど関係のないことであると感じた。
表の華やかさと裏の暗い人間関係。
欲がなければ事業を大きくさせることはできなかったが、欲があることで破滅してしまった。
一族が築いたブランドは、他所の人間が入ったことで壊れてしまう。けれど、他所の人間によってより盛り上げられることとなった。
このように、どちらの面も描かれているように思いました。
ガガさま、あっぱれな適役でございました。
イタリアから身を立ててニューヨーク進出のGUCCI。
ブランドに疎い私は、事件の事など全く知らずに鑑賞。
衣装はともかく、ゴージャスな生活、お屋敷、別荘に引き込まれました。
そして80年代の懐かしい曲とオペラ曲との次から次へと差し替え。
叔父からの電話やアメリカ行きの切符を貰った時のガガさまの眼力、めぢからです。一族から離れた夫をひっぱりだすパワーが眼に並々と!
育ちの良い紳士な雰囲気のマウリッツォも◎
なんと言っても泥風呂のシーン、いよいよ怪しい占い師ピーナと悪を企て始める、、、
いやもうお風呂も心も頭の中まで、ドロドロでしょうに
いとこ役のジャレット、レト、怪しくひょうきんなおバカ役で笑ってしまった。大事な商談で、ダサイジャンパー姿と、駐車場あるある。
エンドロールで、アル、パチーノに気がついて、エェーっとのけぞりそうでした。
あのマイケルが、、、(T . T)
なんておデブなオッサンに、、、
でもバカ息子の洗い物をしてあげて、これも泣けるし、エプロンもしてたし、◎
リドリー、スコット監督、ありがとうございました♬
俳優たちの演技が素晴らしい!
リドリースコット監督作品は観るよ。
評価は低いみたいけど
アダムドライバーやレディガガの演技いいね。
ジャレトレトもいいね。ゴッドファーザーを思い出すのは、アルパチーノが出てるから?
レディガガは、ダイナマイトなボディだ。
運送会社時代がよかったかも。占い師もえらいのに
関わったね。
家族で行くとベッドシーンが気まずいのでやめよう。
オカンがブランドずきなので子供と三世帯家族で行ったんやけど
中々のベッドシーンで気まずかった(笑)
まあ、今回のベッドシーンはあれがあって、あの女性の魅力を伝えられるものだったので許せるベッドシーンだったからまあ良かったけど
たまにストーリーにこれいらなくね?みたいなベッドシーンがあるのは個人的にはあまり許せない。
あと、金持ちの彼氏と見に行くと二の舞にされるかもと勝手に思われそうなので
一緒に観に行く人を選ぶ映画だと思った
なんなら家でよかった
以前テレビでグッチの本当の話をやっていて
それを観ていたので
こんな話なのも全て知っていて見たから星が少なかったかも?
子供とオカンはもっと華やかなかんじを望んでいたらしいけど(笑)
まあ、私は知っていたので
こんなもんか、で終わった
レディガガは体重管理して本人にそっくりにしてあった
そこがとてもよかったし
やはり彼女は魅力的だとかんじる
旦那役は細いのか太いのかよくわからなかった
本当は捕まるとき、2時間ぐらいめかし込んでから逮捕される訳だけど、そこがあまり明確になっていないところが私は不満だった
もっと、そこをきちんと表現してほしかったなあー
あと、どうやって占い師とリアルで会えたのかもわからなかったので
そこが謎すぎた(笑)
どーやって会ったんだろーか
占い師も金をもらっていたのかな?
そこもわからなくて謎だった
歌はレディガガつかっていないんかーい!と突っ込んでしまった
普通には面白かったが
まあ、家でいーかなという映画だったかな!
あと、まとめをみちゃったあとに見てしまったから
あれ見ないでみた方が面白かったかもしれないな!
もうストーリーは知っていたから!
House of Gucci
・レディガガの強烈なボディラインがパトリツィアの猟奇的な性格をより強調していた(+1)
・日本を小馬鹿にした演出に不愉快さを覚えたと同時に、高級ブランドに群がる日本人アジア人が非常に恥しく思えたのは、ある意味うまい演出なのだろうか(-1)
・ストーリーとしては典型的かなと感じたのと、若手デザイナーの中途半端な出演に違和感(-1)
・レディガガ、アダムドライバー、アルパチーノなしではこの映画はつまらないものになっていた(+1)
・GUCCIの一族が1人もいない今のGUCCIはもうGUCCIではなく、そこにはラグジュアリーはない(+1.5)
トスカーナの胡蝶は甘い夢を見る。華麗なる一族、その落日の記録。
ファッションブランド「GUCCI」で知られるグッチ一族の崩壊を、3代目社長マウリツィオの妻であるパトリツィアを中心に描く、史実を基にしたサスペンス映画。
監督/製作は『エイリアン』シリーズや『オデッセイ』の、巨匠サー・リドリー・スコット。
「GUCCI」の3代目社長、マウリツィオ・グッチを演じるのは『スター・ウォーズ』シリーズや『パターソン』の、名優アダム・ドライバー。
マウリツィオの伯父で「GUCCI」の2代目社長、アルド・グッチを演じるのは『ゴッドファーザー』シリーズや『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の、レジェンド俳優アル・パチーノ。
アルドの息子、パオロ・グッチを演じるのは『ファイト・クラブ』や「DCエクステンデッド・ユニバース(DCEU)」の、オスカー俳優ジャレッド・レト。
マウリツィオ・グッチの妻、パトリツィア・レッジャーニを演じるのは『アリー/スター誕生』や『ザ・ファブル』シリーズ(主題歌)の、レジェンドアーティストにして名優のレディー・ガガ。
映画監督業界の爺さんたち、元気すぎる問題。
まさか2022年にクリント・イーストウッドとリドリー・スコットの新作が同時期に上映されているだなんて、中々に信じ難い…。
この映画だってなんかむらみやたらにエネルギーが満ち溢れていて、とても84歳の大おじいが撮ったとは思えない。まさかリドスコってエイリアンなんじゃ…?
アル・パチーノが出演していることからも分かるように、本作はグッチ一族を使って作られたマフィア映画のパロディ。一族の血に塗れた裏切りと足の引っ張り合いを、ユーモアたっぷりに描いている。
グッチ一族に入り込んだ毒婦パトリツィアが主役であり、彼女の権謀術数によりグッチ一族がボロボロになってゆく様が描かれるのだが、実はそこは大して重要ではない気がする。
パトリツィアがマウリツィオに嫁入りする前からグッチは崩壊寸前。グッチ兄弟の経営方針は足並みが揃っていないし、跡取りのパオロは正に凡才の極み。そもそも「GUCCI」は一流デザイナーからは馬鹿にされてしまうような古臭いブランドに成り下がってしまっており、その存立は風前の灯火であった。
本作で描かれるのは栄枯盛衰の理であり、ある意味ではパトリツィアは偶々その場に居合わせたに過ぎない。これはグッチ一族が終幕する、その前の最後の煌めきを描き出した物語なのであり、パトリツィアによる悪女物語ではないのだ。
パトリツィアは「GUCCI」という眩い光に誘き寄せられた蝶々🦋
ユーリズミックスの"Sweet Dreams"が、予告編のBGMとして使用されていたことからもわかるように、パトリツィアは「GUCCI」のネオンに惑わされ甘い夢をみている。そして次第に現実と甘い夢の垣根は消えてゆき、遂には自らこそが「GUCCI」そのものであると思い込むモンスターへと変貌を遂げる。
娘の名前をマウリツィオの母親、つまり絶縁状態である義父の妻と同じものにするという行為。一見すると心温まるエピソードだが、それを提案したのがパトリツィアであるという事実には背筋が凍る…🥶
グッチ家に取り入ったパトリツィアだが、実はこれ逆で、彼女が「家」に取り込まれてしまったという事なんじゃなかろうか?そしてこれは、ここまで極端ではないにしろ、ごく一般的な夫婦の間にも起こり得る事なんじゃなかろうか?
結婚は家と家との結びつき、という考えは現代日本にだって根強く残っている。特に女性は結婚すると姓が変わるのが一般的な訳で、これは一種のアイデンティティの剥奪と捉える事も出来るだろう。
本来の姓を捨て、旦那の家族と良好な関係を築くように努め、最後は旦那の家の墓に入って眠る…。
それを良し、と捉える事がまぁ一般的な価値観なんだろうけど、その事に違和感を覚える人たちが少なからず出てきているのもまた事実。
価値観に変化が生まれつつある現代に生きる我々にとって、本作の鑑賞は「家」について考えることへの一助となるかも知れない。
暗殺されたりするけど基本的にはコメディで結構笑える。意外とエンタメど真ん中な作品である。
前評判通りガガ様の演技は最高♪男はあのくらい寸胴でムチムチッ!としている肉体の方がエロスを感じるのです…💕
リドスコ映画だからハズレはないだろうと思っていたが、やっぱり楽しい映画でした〜。
…ただ2時間40分は長えよ。膀胱が爆発するかと思った。リドスコに限らず、最近の映画ってどんどん尺が伸びているような気がする。せめて2時間に収めてほしい。
人の業に彩られたグッチ帝国の近代史
華麗なる一族グッチのファミリービジネスの光と陰を通して一族の没落までを描く本作は、レディーガガ演じるパトリツィアを通して人の業というものをこれでもかと突きつける。いやーパトリツィアはまさにグッチの北条政子版(笑)と言うような位置付けじゃない?さながら夫のマウリッオは源頼朝か!w(どうもNHKの鎌倉殿の十三人に毒されて鑑賞中オーバーラップしてしまったw)
兎にも角にも、パトリツィアという一般人の飽くなき権力への渇望が引き金となり、一族を没落へと導いてしまう悲劇なのだ。そしてその向こうに見えるのは、セレブリティと一般人は交あわないという冷酷な現実。
パトリツィアはそもそもセレブに憧れ渇望していた人物ではないか?マウリッオの父親が看破したように彼女の中にはマウリッオへの愛以外に渦巻く欲望が初めからちゃんとあったのではないか?だとしたら惜しむらくは、冒頭でパトリツィアのセレブへの憧れという描写・伏線がいささか弱い印象だったと思う。だって彼女がマウリッオ(グッチ)にあそこまで執着をみせたのだもの。その根っこには何があるのかをもう少し丁寧に描いても良かったのではないだろうか。
鑑賞後ふと思ったのは、グッチというブランドが意志を持ち彼女を選び招き入れたのではないか?みたいな超常的なことでしたw グッチというブランドが、まさに生き物さながらに人々を翻弄する。そして一族の膠着した束縛を嫌い、新しい息吹を求め一族総てを切り捨てた…まさに因果ですねw。
あと音楽がいい!70~80年代の華麗なセレブの世界を彩る音楽は当時のヒットチューンのオンパレード!リアルタイムで聴いてた身にはもうこれだけであがる。サントラ欲しいと思いましたわ。
衰退する一族
GUCCIの衰退を独自の視点で描いた物語。
それぞれの登場人物がもつGUCCIという名前が人生を狂わせていく。
GUCCIというブランドに興味がある方がみれば違った感覚になったのかもしれませんが。
1人にスポットを当てた作りではなく多様な登場人物が登場するため人物への共感も持てず、衰退を辿る一族の出来事の断片を繋ぎ合わせた感じがしました。
個人的にもっとドロドロとしたものを考えてたんですが、それほどでもなかったのが残念です。
タイトルなし(ネタバレ)
70年代後半、イタリア。
運送業を営む父のもとで働くパトリツィア(レディー・ガガ)。
とあるパーティで、弁護士を目指すインテリ青年(アダム・ドライヴァー)と出遭う。
青年の名はマウリツィオ・グッチ。
高級バッグや靴を扱うブランド「グッチ」創業者の孫だった。
野心を秘めた美しいパトリツィアに魅せられたマウリツィオは、父の反対を押し切り、パトリツィアと結婚する。
式では、新郎側の参列者は皆無。
その結婚は、グッチ興亡のはじまりだった・・・
といったところからはじまる物語で、マウリツィオの父にジェレミー・アイアンズ、父の兄・現グッチを統帥にアル・パチーノ、その出来の悪い息子にジャレッド・レトー、その他にサルマ・ハエックといったオールスター映画の風情。
物語は、野心に燃えるパトリツィアを中心にした、ファッションブランド版『ゴッドファーザー』といえるでしょう。
ですので、パトリツィアがグッチの中枢に食い込んでいこうとする前半は面白いのですが、ジェレミー・アイアンズが死に、アル・パチーノが投獄されてからは、顔ぶれがこじんまりとし、面白さが激減。
2時間40分近い長尺で、後半1時間ほどは、結構飽きた感じ。
同族企業のグッチの攻防が、途中からやり手のビジネスマンたちの標的にされて、それに気づかないマウリツィオのぼんくらぶりが面白さを減じさせた要因だろう。
とはいえ、実録物なので、実際の事件から大きくズレることはできないので、このあたりは致し方ないか。
最後は、パトリツィア主導によるマウリツィオの暗殺と相成るのだけれど、グッチ一族は誰も得しておらず、グッチ家は草葉の陰で愚痴をこぼしたことでしょう。
ゴージャスな衣装、画面は見どころです。
赤と緑の裏の欲望の果てに
赤と緑の帯のバッグを持つ人は、ある意味、セレブの証。
そんな、世界中で愛される高級ブランド『GUCCI』一族に纏わる、繁栄から崩壊までを描いた、ノンフィクション小説の映画化。監督が、なんとあの『エイリアン』を監督したSF界の巨匠・リドリー・スコットというのも驚き。
富と名誉を築いてきたGUCCIの一族。しかし、その陰では、我々庶民には理解できない、欲望や愛憎劇が渦巻いていた。しかし、そこは一流ブランドとして、決して、下品な振る舞いによる愛憎劇には描いておらず、GUCCIとしての気高い気品を保ちながらのサスペンス仕立てに、仕上げている。
何といっても主役のレディー・ガガの演技は光る。『アリー・スター誕生』以来の主役作品だと思うが、GUCCIの御曹司であるマウリッツィオの妻として、女としての美しさ、強さ、欲深さ、そして怖さを存分に表現していた。しかし、パトリツィア自身は、カガが自分を演じることに難色を示していたとか…。最後はGUCCIというとてつもない怪物にのみ込まれた、哀れな女を見事に演じた。ラストの裁判所での一言が、それを物語っていた。
また、マウリッツィオ役のアダム・ドライバーも、最初は、GUCCIとは遠ざかって生きていた。しかし、次第にGUCCIの路線の上を歩み始めてから経営力を見下されて裏切られ、悲運な最期を遂げるのが、スター・ウォーズのカイロ・レインが、暗黒面に沈み、ダース・ベーダーとなっていく感じと重なりもした。
そして、アル・パチーノは、昔のかっこよさは、流石にもう影を潜めたが、やはり、スクリーンに映るだけで存在感があり、一つ一つの演技に、年輪と渋さ、凄味を感じた。その息子のパオロ役を演じたジャレッド・レトは、最初は誰だか分らなかった。頭も剥げて、父役のアルパチーノより爺さん臭い、ダメ息子ぶりを演じ、彼のこれまでのイメージからとはちょっと違っていた。
これだけの高級ブランドに築き上げ、現在でも世界のセレブに愛されているGUCCIだが、エンドロールの字幕にもあったように、今では、GUCCIの一族は誰一人、関わっていないというのも寂しい話である。
PS. パトリツィア自身は、レディー・カガが自分を演じることに難色を示していたとか…。
華麗なるグッチ一族を途絶えさせた女のお話
広告に金掛けてるのか、あちこちでコマーシャルを見掛けますし、実話を基にしている作品ゆえに完全に事前情報無しで観るのは難しいと思いますが、あまり事前情報は入れないようにして鑑賞した方が楽しめる気がします。脚本も演出も役者陣も、おそらく今上映されている映画の中でもトップクラスに優れているのは間違いないので、ぜひ内容を知らない状態で鑑賞してください。
以下にはネタバレ含みます。
「グッチ」と言えば、誰もが知る高級ブランド。グッチオ・グッチにより創設され、バックや靴などの革製品から、香水などに至るまで、ファッションに関わる様々な製品を販売している企業です。
元々はグッチ一族による家族経営の企業でしたが、現在ではグッチ一族は全員亡くなっており、今は会社の運営には一切関わっていません。これは1995年に起こったとある事件が関係しているのですが、本作はその1995年の事件が起こるまでを描いたサスペンス映画です。
結論から言えば、人間の恐ろしさや浅ましさをしっかり描いた非常に上質なサスペンスに仕上がっていたように感じました。本作は昨年のリドリー・スコット監督の作品『最後の決闘裁判』にも通じる部分があり、159分という長さを感じさせないほど、中だるみなどなく最初から最後まで楽しめる素晴らしい作品でした。
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父親の経営する小さな運送会社で事務員として働くパトリツィア(レディー・ガガ)は、ある晩に参加したパーティーで、世界的ファッションブランド「グッチ」の創設者の孫にあたるマウリツィオ・グッチ(アダム・ドライバー)に出会った。パトリツィアは、遊び慣れしていない純朴なマウリツィオに言葉巧みに近づき、二人はやがて付き合うようになる。マウリツィオは父親であるロドルフォ(ジェレミー・アイアンズ)からの反対を押し切りパトリツィアと結婚するのだが、次第にパトリツィアは本性を現し、グッチの運営の邪魔者であったマウリツィオの叔父にあたるアルド・グッチ(アル・パチーノ)やその息子のパオロ・グッチ(ジャレット・レト)をグッチの運営から追い出す画策を始めた。
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実は、私は本作の基となった事件については全く知りませんでした。事件が発覚したのが1997年ですので、1991年生まれの私はニュースを見たかもしれませんが全く記憶にありません。
レディー・ガガ演じるパトリツィアを最初に観た時は「ガガ様は派手だなぁ」と思いましたが、鑑賞後に実際調べてみるとパトリツィア本人はガガ様に負けず劣らず派手でした。
主演のガガ様以外のキャストもめちゃくちゃ豪華で、アダム・ドライバーは監督の前作『最後の決闘裁判』でも主演でしたね。アル・パチーノやジェレミー・アイアンズなどの重鎮も度肝を抜かれましたが、個人的に一番驚かされたのはパオロ・グッチを演じたジャレット・レト。彼の出演作は観たことがありませんでしたが、有名な俳優さんなので顔は知っていました。しかし本作のパオロ・グッチは6時間に及ぶ特殊メイクを施しているので、もはやジャレット・レトの原型を留めていません。禿げでデブなキャラクターになっていました。驚きです。誰もジャレット・レトとは気づかなかったんじゃないですかね。
何故、パトリツィアは夫を殺害するに至ったのか。その事件の裏にある愛憎や陰謀がありありと描かれていて、ド派手な演出も相まって、映画が進むごとにどんどんストーリーが盛り上がっていきます。159分と言う長い上映時間の間、飽きることなくスクリーンに目が釘付けになるような物語の緩急の付け方は見事。終盤まで大きな事件は起きないのに、グッチ一族の間やマウリツィオとパトリツィア夫婦の間にじわりじわりと不和が生まれてくる様子は目が離せません。
私は実話を基にした作品で、「既に死亡した人物を必要以上に悪として描く」行為に批判的立場を取っています。例えば『リチャード・ジュエル』の女性記者や『スキャンダル』のFOX社長。映画的なカタルシスのためだけに既に亡くなった方を必要以上に悪として描くのは、死人に鞭打つ行為に思えてしまって私は好きになれないんですよね。
本作も登場人物に既に亡くなった方も多かったため警戒しながら鑑賞したのですが、そういう描写が無くて安心しました。パオロ・グッチがかなり無能に描かれていましたが、後から調べてみると彼は一時的にグッチの経営を担っていた時期があったのに、彼の経営戦略の失敗による業績悪化で会社から追放されたとのこと。マジで無能だったみたいです。
本当に面白い作品でした。上映時間が長くて人間関係が複雑な作品ゆえに、最後までしっかり集中力を持続して鑑賞するのは映画館での鑑賞がベストだと思いますね。後々サブスクで配信されて自宅で鑑賞しても集中力が続かない気がします。間違いなく本作は「今、映画館で観るべき作品」でした。オススメです!!!
予測不能の女: レディーガガ演じるパトリオッツァ
グッチ家を翻弄する魔性の女をレディーガガが演じています
彼女の演技は、役に没入していて、魅せてくれます
策士として懸命にグッチ家を慮って右に左に活躍していくわけですが、優秀すぎたのかもしれません
凡庸な夫にとっては、目障りになってしまったのでしょう
出る杭は打たれる…でしょうか
紂王と妲己
グッチの過去にこんな話があったのか、ということを恥ずかしながら今まで全く知らなかったので、それを知れただけで映画を観て良かった。
グッチ一族のキャラがみなとても個性的で、好きになってしまった。とくに主人公のパトリツィアの魅力はすばらしい。レディーガガがこんなに演技がうまいなんて知らなかった。
表面上はパトリツィアはお金と権力を求めてグッチ家を乗っ取る企てをしたように見えるが、映画では、純粋さもあって、共感できる人物になっている。パトリツィアとマウリツィオの新婚生活くらいまでのところはとてもほほえましい。
賢いが世間知らずで権力欲の無い、いわゆる朴念仁のマウリツィオをパトリツィアがあやつっていく過程は、まるで紂王と妲己のよう。こういうパワフルな悪女の物語って面白い。そのパトリツィアも精神的には占い師に依存していたというのは、考えさせられる。誰しも強い面、弱い面があり、自分しか信じていないような自信たっぷりな人も、どこか意外なところで精神のバランスをとっている。
「事実は小説より奇なり」とはこのことで、映画が事実の面白さを超えることができるのか、というところがこの映画で最も難しかったところではないか、と思う。グッチの事件のことをよく知っている人ほど、事実と映画との違いが気になったのではないか。
実際はどうだったのか調べてみると、マウリツィオの殺害以降の、警察の捜査や、パトリツィアの服役の詳細も非常に面白い。まあ、この映画では「二人の愛の物語」ということを主題にしたので、マウリツィオの死後については詳しくしなかったのだろう。
人物の描かれ方として一番実際とは違うだろうなと思ったのが、パオロ・グッチ。彼はこの映画だと自分にデザイナーの才能があると勘違いしている、かなりイタい変人として描かれているが、実際には、デザイナーとしては優れていたらしい。彼が彼の父やマウリツィオと対立した理由は、彼が愚かだったからではなく、グッチのブランド展開の戦略で意見が合わなかったから、というのが実際だろう。また、映画ではマウリツィオらの悪だくみにはまって著作権侵害で訴えられる、という展開だが、実際には訴えられても仕方ないようなこともしている。
ブランドとしてのグッチが真の意味で復活するのは、グッチ一家が会社からいなくなってから、というのは考えさせられる。同族経営というのは難しいということか。円谷プロを連想してしまった。身内ということでどうしても甘えが出たり、感情が入ったりして、合理的な判断ができなくなってしまうのかな。
グッチ家
今のグッチには、グッチ家の人間が一人もいないと言う事実には驚きました。ガガの演じる女性との関わりが無ければ、グッチはどうなっていたのでしょう。結局は衰退していたのでしょうか。
レディー・ガガがキャスティングされた時点で勝ち
お金持ちのドロドロしたドラマが好きじゃないけど、飽きることなく楽しめた。
アダム・ドライバーはじめていいと思った。
アル・パチーノとジェレミー・アイアンズの存在感半端じゃないけど、ガガさま全然負けてないていうかこの映画は彼女がキャスティングされた時点で成功だね。
音楽も懐かしいのたくさん聴けました。
全編英語だけど、イタリアの人が観たらどんな感じなんだろう。
全63件中、21~40件目を表示