「グッチ家の一族」ハウス・オブ・グッチ 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
グッチ家の一族
世界的ファッション・ブランド、“グッチ”。
ファッションに疎くとも勿論その名は知っている。それくらい高級ブランドの代名詞。
1995年に起きた創業者の孫の殺害事件、経営を巡る一族の骨肉の争い、その元凶である一人の女の野心…。
スキャンダラスな事件を、ノンフィクション小説に基づきリドリー・スコットが映画化。
リドリーの作品群の中では異色のジャンルのように思えるが…、そうでもない。
センセーショナルな事件の映画化やある一族のドラマは『ゲティ家の身代金』に通じる、“実録もの”。
男性派の巨匠だが、色んな意味で強かな女性像も描いてきた。
グッチなどそもそものファッションに興味無く、事件の事もまるで知らなかったので、見る前はリドリーの作品でありながらあまり惹かれなかったが、見てみたらこれが思ってた以上に!
日本でもあった“御家騒動”。グッチ一族からは猛抗議されたらしいが、
豪華キャストのアンサンブル、実話ならではのストーリー、御大の手腕にいつしか引き込まれていた。
父親が営む運送会社で働くパトリツィア。とあるパーティーで“グッチ家の孫”マウリツィオと出会い、強引なアプローチの末に結婚。やがてグッチの経営に参入していく…。
…と聞くと、“下心”見え見えの悪女だが、序盤は見る側によって受け止め方はそれぞれ。
端から野心を持ってマウリツィオに近付いたイメージそのままの悪女に思え、その一方、最初は純粋にマウリツィオを愛した一人の女性。実際結婚当初はグッチには関わらず、二人でパトリツィアの父の運送会社で働いていた。内向的なマウリツィオにとってもこんなにゾッコンになった初めての女性。
幸せだった。二人にとって結婚して一番幸せな日々であったかもしれない…。
当初はグッチに関わらず。
マウリツィオもグッチ経営に関心無く、弁護士を目指していた。
が、何処から変わったのだろう。
パトリツィアは本人も後に言ってるが、決して道徳的な人間ではない。心の何処かに、元々激しい性格故、野心があった。
マウリツィオも何処かに上昇志向があった。
やはり発端は、パトリツィア。彼女が推すようにして、二人の中の野心が燃え上がっていった…そんな立ち上がりを感じた。
野心覚醒してからのパトリツィアの進撃は凄まじい。
パトリツィアとマウリツィオの結婚に反対していたマウリツィオの父、ロドルフォ。その理由は、パトリツィアが財産目当てで息子に近付いたと危惧したから。結果的に父は見抜いていた事になるのだが…。
そんな父の反対を押し切ってまでパトリツィアと結婚したマウリツィオ。要は、縁切り。
マウリツィオがグッチに戻るには、父との復縁が絶対必須。
そこでパトリツィアが協力を求めたのは、ロドルフォの兄でグッチの2代目、アルド。
ロドルフォとは違いパトリツィアの事を気に入っており、マウリツィオと父の復縁に助言。また彼は自身の息子パオロには愛想尽かしており、次の経営者としてマウリツィオに期待を寄せる。
パトリツィアの策略通り、マウリツィオはグッチにカムバック。本格的に経営に乗り出す。
ほどなくして、ロドルフォが死去。グッチのレプリカがきっかけで、パトリツィアはアルドが邪魔になる。パオロを利用し、アルドを脱税疑惑でCEOの座から引き摺り落とす。利用価値が無くなったパオロも追いやり、伯父親子の株まで手に入れる。
3代目CEOになったマウリツィオと、その夫人と座に就いたパトリツィア。
夫婦二人だが、実質はパトリツィアがグッチの経営と支配を手中に…。
恩人である筈なのに、邪魔な者は追い払う。非情な手段で。
策略、騙し、独占…。
恐ろし過ぎる女帝様!
しかし、こうも捉えられる。
夫をトップの座へ押し上げ。
その為の根回し、行動力は、ある意味圧巻!
“悪女伝”ならぬ“あげまんエンターテイメント”。
強気な性格、娘には深い愛情を注ぐ母親。
勿論彼女の行いは決して正当化されるものではないが、見てて何故だか痛快な点もあり、人間の二面性に考えさせられ、興味深い。
レディー・ガガの熱演。『アリー スター誕生』では等身大の魅力だったが、本作では変貌していく様を体現。女優として開眼した彼女の野心は、更なる飛躍へ。
“高級ブランド”が題材なら、キャストも“高級ブランド”級の豪華面子。
内向的だった青年が、彼もまた野心家へ。アダム・ドライヴァーの巧演。
アル・パチーノとジェレミー・アイアンズの二大名優の共演だけでも見応えの価値あり!
中でも一際インパクト残すのが、ジャレッド・レト。パチーノ演じるアルドの“バカ息子”。グッチの名デザイナーを自称するが、奇抜なデザイン故に理解されず。性格も変人。本人と判別不可能の特殊メイクとオーバー演技で名演なのか怪演なのか確かに賛否分かれる所だが、インパクトはある。
ファッション業界が舞台だけあって、ゴージャスな衣装の数々は見もの。華麗なショーもあり、ファッション好きには逸話も含め興味津々だろう。
魅力的なイタリア・ロケ。
クラシックや当時の楽曲で彩り、重厚でありつつアップテンポな展開や演出は、さすが御大匠の技!
てっぺんまで登り詰めたら…?
それも、悪どいやり方で。
顛末は決まってる。古今東西、それが人が歩む堕ちる運命。
経営の事や塵に積もった互いへの不満で、とうとう…。
夫婦関係がぎくしゃくから修繕不可能な悪化へ。
マウリツィオに愛人が。完全に心がパトリツィアから離れる。
夫と別居し、愛を失い、グッチの経営そのものからも今度は自分が締め出される。
そこでパトリツィアが至った愚行動が…。
いよいよ“稀代の悪女”になる訳だが、それに至るまでの彼女もちと不憫。
CEOとなり、グッチの全権を手にし、出会った頃の実直な性格から高慢な性格になったマウリツィオ。
悪妻があれこれうるさい。そこに、別の心惹かれる女性。
妻の存在が鬱陶しくなる。
邪魔になった者は…。
かつて邪魔になったグッチ一族を追い払ったと同じく、今度は自分が追い払われる。
しかも、アタシがトップにのし上げてやったのに…!
皮肉以外の何物でもない。
パトリツィアがある場面で夫の愛人に“盗み”を痛烈批判するが、本人は気付かなかったのだろうか。自分がそれまでしてきた事が、まさしくそうだと言う事を。
過去の栄光を切り捨て、グッチの新たな未来を目指すマウリツィオ。
が、業績不振。どうやら彼には経営者としての才能は無かったようで…。
ファッション・ショーが成功したのも新進気鋭のデザイナーや他ブランド会社との提携。
彼らと一族に忠実かと思われた弁護士の裏切りによって、今度はマウリツィオがCEOの座から引き摺り落とされる。
弁護士の野心を早くから見抜いていた者がいた。パトリツィア。
そんなパトリツィアをマウリツィオは咎めたが、妻が当たっていた。
これって、かつての何かに似ている。
グッチのトップの座や経営は巡る醜態は繰り返す。
呪われた一族であり、悲運の頂なのか…?
そうして起きた最悪の事件。
野心に取り憑かれた一人の女。
権力に溺れた一人の男。
利用され、翻弄された哀れな一族。
結果、今のグッチには一族の者は一人も居ないという。が、再び活気を取り戻し、今や世界屈指のブランド。
これまた皮肉。これ以上ないくらいの。
ひょっとしたらグッチの一族経営は限界だったのでは…?
ギリギリを決壊させたのが、部外者の女。
こうなる運命は必然だったのかもしれない。
名ブランドという光。それと表裏一体の影。
悲劇と罪だが、その醜い愛憎の争いを暴露し、洗い流した末に、グッチはまた世界にその名を轟かせる。
一大改革。
それでもその名を捨てないラストシーンのパトリツィアに、人の消えぬ野心と強かさを見た。
「グッチ夫人と呼びなさい」
現84歳のサー・リドリー・スコット。
時に重厚に、時に刺激的に、我々に魅せてくれる。
本作にはリドリーの映画への尽きぬ野心をも見た。
近大さん
コメントへの返信を頂き有難うございます。
「 グラディエーター Ⅱ 」の予告編を先ほど見ましたが、スマホの小さな画面でも作品の迫力が伝わってきました。
凄い!