「罪人どもに報酬なし」恐怖の報酬(1977) 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
罪人どもに報酬なし
傑作スリラー『恐怖の報酬』('52)を、『フレンチ・コネクション』『エクソシスト』
等で知られる巨匠ウィリアム・フリードキン監督がリメイクした'77年作。
ななんと40年の時を経て、そのデジタルリマスター完全版が公開!
なんでも'77年当時に制作費2000万ドル(現在の100億円相当)を投入した超大作にも関わらず、
本国で興行的に失敗。日本をはじめ海外では監督に無断で30分以上も短縮されたバージョンで
公開されたんだそうな。権利絡みの問題でこれまで北米以外ではリバイバル上映もソフト化も
されていなかったそうだが、監督自らが動いてその権利のイザコザを解消し、今回の
完全版&デジタルリマスター化を実現させたんだと。作品にかける監督の執念たるや。
僕が『恐怖の報酬』オリジナル版を初めて観たのはまだ2,3年前だが、
'52年公開の古典映画なのに心臓バクバクの背筋ゾクゾクだった記憶。
恥ずかしながら僕は今回初めてリメイク版が存在したことを知ったが、
その傑作スリラーのリメイクを、あの骨太監督フリードキンが手掛けたとなると、
もうよだれダラダラ(きたない)で「観るっきゃねえ!」となったわけで。
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とはいえ今回のレビューでは最初に不満点から書いてしまおうか。
やはり現代のスピーディなテンポに慣れた自分のような観客には、
輸送作戦の開始直前あたりで集中力が途切れて眠気に襲われた。
いや、主人公らの素性を紹介する序盤は最低限の説明とキレのある編集で飽きないし、
特に汚職に手を染めながら優雅な生活を送る銀行員セラノの描写は、血生臭い世界に住む
他3人との良いコントラストになっている上、その後の彼らの転落を際立たせてもいる。
だが、某国に話を移してから輸送作戦が開始されるまでがちょい長い。
鬱々とした空気を描くことで4人が作戦に参加する理由を明白に
したかったのかもだが、低調なシーンが続くので睡魔が……。
また、殺し屋ニーロだけイマイチ参加の動機が見えなかったんすよね。
(元ナチの老マルケスを殺す仕事ついでに国外脱出を試みたって流れ?)
前半であれだけ冷徹な存在感を出しておきながら、他の主人公たちより
憔悴する様子も急過ぎるように思えた。まあ彼の参加動機は他3人
よりは軽いようなので、そのぶん覚悟が足りなかったのかもだが。
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だが、輸送作戦前夜のトラック改造シーンあたりから再び覚醒。
オリジナルにもあった粗雑な丸木橋をジリジリ進む所からイヤな汗が出るし、
ポスターにもなっている豪雨&吊り橋のシーンは凄まじく恐ろしい!
いやいやCGとかも無い時代にこんなんどうやって撮ったん?!
ヒェッと息を呑み込みそうになる状況が次々と発生する見事な見せ場だった。
その後の大木爆破のシーンも、静かに緊張感を煽る演出が素晴らしい。
全体の流れはオリジナル版を踏襲しており、またやや作戦のテンポが早い事もあり、
オリジナル版以上の緊張感を得ることは僕には出来なかったのだが、それでも
あのボロ吊り橋と大木爆破のシーンはオリジナル版を凌駕する見せ場だと思う。
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それに、このリメイク版はオリジナル版とは雰囲気や描くものが異なって思える。
困窮にあえぐ男たちが一獲千金の為に危険な賭けに出るという流れの
オリジナル版はリアリスティックな緊張感をジリジリ煽る演出だった印象だが、
このリメイク版では、陰鬱な寓話のような雰囲気が物語全体を支配している。
殺し屋、ギャング、爆弾テロ犯、横領罪に問われる銀行員……
彼らは己の罪から逃れるためにあの辺境の地へと流れ着くが、
ゴミ溜めのようなその土地は労働環境も条件もあまりに劣悪で、
入ったが最後、蟻地獄のように脱け出ることの難しい土地だった。
そんな彼らが元の世界に戻るための命懸けの作戦――
あの作戦、油田火災を食い止めるというご高尚な目的を掲げてはいたが、
その実は落書きでしか顔も知らない独裁者の権威を守るための作戦だ。
4人にとっても、国を出る金を手に入れる手っ取り早い手段に過ぎない。だが、
死ねば金など意味は無い。死ねば、要りもしない恐怖を酬われるだけの空しい苦行。
セラノとカセム。難所を乗り越え、2人の間に微かな友情や希望のような
ものが見え始めたタイミングでの、あのあまりにもあっけない死に様。
悠然と登場した殺し屋も狂気に囚われ、ゲリラに襲われ、苦悶の末に死亡。
狂気すれすれで旅路を終えたジャッキーだけがぎりぎりハッピーエンド……
と思いきや、最後の最後にギャングの追っ手に追いつかれ、そのまま終幕……。
主人公4人とも悪党ではあったし、裁判ならすぐ極刑になるような奴もいた。
だがそれでも、なんと無情な幕切れか。
己の犯した罪から逃れてきた男たちが、
名もなき地でその魂を擦り潰される。
まるでこれは、罪人たちの地獄巡り。
どこを見回しても青白く荒涼とした岩山地帯にて、ジャッキーが陥る悪夢的イメージ。
闇をゆくジャッキーの亡者のようにふらつく姿。天を突く火柱。あの強烈な神秘性。
これは、自身の行為から逃げ続けた罪人どもに課せられた罰だったのだろうか。
...
高純度のスリラーだったオリジナル版に対し、濃密かつ寓話性が増した印象のあるリメイク版。
古典ながらあれほどの恐怖と虚しさを見せつけたオリジナル版の方が僕は印象として好きだが、
このリメイク版の悪夢的な雰囲気や壮絶な見せ場もまた物凄い。大満足の4.0判定です。
<2018.12.15鑑賞>