「【”諦観” 虚飾と現実の狭間で、淡々と生きる母、表面上は虚飾の衣装を纏いながらも焦燥感を抱える娘の姿が訴えかけてくる事・・。】」エル プラネタ NOBUさんの映画レビュー(感想・評価)
【”諦観” 虚飾と現実の狭間で、淡々と生きる母、表面上は虚飾の衣装を纏いながらも焦燥感を抱える娘の姿が訴えかけてくる事・・。】
ー スタイリストのレオ(アマリア・ウルマン)と、母(アレ・ウルマン)は、スペインのヒホンという海辺の町で貧しき生活を送りつつも、時にレストラン”エル・プラネタ”で新作に舌鼓を打つ。
レオは置かれた状況に危機感を感じているが、母親は現況を受け入れ、諦観して生きているように見える。-
◆感想<Caution! 内容に触れています。>
・冒頭、レオは髭面の男と援助交際の話をしている。際どい台詞も出るが、猥雑感はない。会う曜日を決める二人。一人になったレオは溜息をつく。
・母娘で住むアパートメントは質素である。そして、レオは知り合いからスタイリストの仕事を紹介されるが、飛行機代が出ないと知り断念。
・詳しくは描かれないが、母娘は多額の借金をしているようだ。そして母親は、淡々と刑務所に入れば食事つき・・、と話す。
・”月末払いね”と言いドレスを購入する母。”著名人と知り合いなの・・、”と言いながら。
・レオは店番をしていた中国系の男に誘われ、レストランで食事をし、アパートメントで一夜を過ごし、翌朝二人で朝食を食べに行く。
ウインドウショッピングをしながら、男が言った”子供に合うのはどの色だろう・・”と言う言葉に驚くレオ。男は全く悪びれる事無く、結婚し子供が居る事を認める。
- この時のレオの表情が切ない。こんなにも、軽く見られている存在なのか・・、と。
このシーンでのレオの表情はフライヤーにも大きく掲載されている。ー
・部屋の電気が止められ、ドライヤーも使えない状況になる二人。
そして、警官二人が部屋を訪れ、母親は抵抗することなく高価そうな毛皮を身に纏い連行され、”突然”終幕する。
<今作が、映画として面白いかと問われれば、答えに窮する。だが、アマリア・ウルマンという若きファッションアーティストが監督・脚本・衣装デザイン・主演をこなした作品である事を考えると、もし次作が公開されたとしたら、私は鑑賞するだろう。
音楽にもう少し、工夫が欲しかった感は否めないが、グレタ・ガ―ヴィグ初期出演作「フランシス・ハ」を少しだけ想起した作品。
暗喩的に、スペインの経済事情も描かれている作品でもある。>
<2022年3月6日 刈谷日劇にて鑑賞>