「闇が深いのか?深くないのか?」さがす 琥珀糖さんの映画レビュー(感想・評価)
闇が深いのか?深くないのか?
片山慎三監督は、ポン・ジュノ監督の助監督を務めた経験があり、作風がどこか似通っている。
実際に起きた事件をヒントにすることが多くいそうで、
この「さがす」でも、
「座間9人殺害事件」や京都の「ALS嘱託殺人事件」そして
「相模原障害者施設殺傷事件」など複数の事件を連想します。
すべて胸苦しくなる事件ばかりで、直視して苦しい映画で、
気が重くなるばかりでした。
佐藤二郎の妻の公子は、長くALSを患い「人間のうちに死にたい」と
「殺して!!」と頼む。
しかし二郎さんどうしても果たせません。
「自殺サイト」で獲物を漁っている介護士・山内(清水尋也)に結局は頼んでしまう。
山内は自殺志願者を殺してやる・・・
あるいは「一緒に死のう」と誘いながら、
実は楽しんで殺人をしているサイコパスで、
「本当に死にたかった人は一人も居なかった」うそぶく。
このセリフは、「座間9人殺害事件」の犯人が確かにそう言ってたのだが、
「死にたい・・・は、生きたい・・・」の裏返しの叫びなんだろうか?
映画でも本当に死にたかったのはハンドルネーム「ムクドリ」さんだけだった。
(ムクドリの森田望智は、私的には唯一、共感できるキャラクターだった)
片山慎三監督作の猥雑さ・・・まったく猥褻とは別個の、ゴミ溜め感。
「自殺サイト」の住人が実は生きたい人の集まり・・・で、
自殺幇助の人助けのつもりが、快楽殺人?に変わり、
安楽死を頼まれた夫は、殺人幇助を依頼してしまう。
そして佐藤二郎と清水尋也の共犯関係に発展して・・・
どれも、これも現実!!
娘の伊藤蒼が「さがし当てた」父親は、もう昔の父ではなかった。
娘の決断が、唯一まともな人間の行動だった。
「岬の兄妹」みたいに2年後に観たら、
がっつりハートを掴まれるのだろうか?
自分の中では消化しきれていない作品だ。
☆☆☆
楓が父を探しに行く《果凛島(かりんとう》の海が
とても綺麗で、古い家屋や猫に気持ちを助けられた。
返信ありがとうございます。
結構多くの方が監督を選択して見ていらっしゃるのですね。
私はその辺の知識がまったくありませんが、サイコにせよ貧困にせよ、自分とは違う誰かの、またはある特定の「現実」は、見たくないような気がします。
それはおそらく何もできない自分を痛感するからでしょう。
このライン際の作品が、面白さと幻滅に分かれるように思います。
色々教えていただきありがとうございます。
物語を読んだり見たりする人の多くは、どんな状況に陥ってもそこから脱出できることで、自分自身に勇気を、または希望を受取りたいと思っていると思います。
ホラーというジャンルに対しても、最後はホッとしたいのだと思います。
この作品は琥珀糖さんのおっしゃるように「現実」に起きた事件をモチーフにしていることで、リアル感はより大きくなっています。
そこに合わせているのが「少女」という弱者です。
彼女はたった一人の肉親である父が失踪したことで、狂ったように探し始めます。
子供が迷子で親を探すように必死に探します。
父が求めたのはお金です。
貧困が原因です。
子供はそんなことは気にしてません。今あるものが大切なだけです。
でも父の頭の中を考えると、貧困とはそれだけ恐ろしいものだとわかります。
この作品が言いたかったのは、もしかしたらそこなのかもしれませんね。