「ここ数年の日本サスペンス映画の最高傑作では?」さがす といぼ:レビューが長い人さんの映画レビュー(感想・評価)
ここ数年の日本サスペンス映画の最高傑作では?
映画ファンの中でめちゃくちゃ話題になっていた作品。私の住む映画過疎地秋田県では公開されていなかったのですが、先月から大館市にある単館映画館の御成座さんで公開が始まりましたのでようやく鑑賞です。
結論ですが、めちゃくちゃ良かった。ここ数年で公開された邦画サスペンスの中では間違いなくトップクラスの作品だったと思います。評判が良かったのでハードルはかなり上がっていたんですが、その高いハードルを軽々と超えてくれました。ネタバレ無しの方が絶対楽しめる作品ですので、もしも本作をまだ鑑賞されていない方はこのレビューを閉じてすぐにでも鑑賞していただきたいです。
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大阪の下町で暮らす原田智(佐藤二郎)と楓(伊東蒼)の父子。ある日、智が楓に「指名手配中の殺人犯を電車で見たんや。捕まえたら懸賞金300万貰えるで。」と伝える。楓はいつもの冗談だと思ってまともに取り合うことはなかったのだが、翌日父親が忽然と姿を消す。楓が父を探して日雇いの工事現場に赴くと、そこには父の名を騙る若い男性が働いていた。その男は、父が前日に話していた指名手配犯の山内照巳(清水尋也)にそっくりだった。
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本作の面白さの肝は、視点と時系列の変化。
最初は楓の視点で父親の失踪と捜索が描かれ、中盤は時間が3カ月戻って殺人犯の山内の視点から殺人の様子が描かれ、その後に更に時間が13カ月戻って楓の父親である智の視点から描かれてから最後に楓の視点に戻ります。
この構成が素晴らしく、とにかく先の読めない展開で、最初から最後まで「え!?どうしてそうなるの!?」「あぁ!!そういうことだったのか!!」という驚きの連続で、全くダレることなく鑑賞することができました。時系列操作や視点操作によって伏線回収する作品と言うのは数多くありますが、本作はそれらの作品の中でも上位に入る面白さだったと思います。
本作はキャラクター同士の関係性が時系列操作や視点操作の度に180度変わって見えるのが面白さの肝のようにも思えました。一番最初の楓の視点では、父は定職に就かずスーパーで万引きをするようなダメ親父だし殺人犯の山内は父を殺したかもしれない凶悪殺人犯として描かれます。しかし中盤の山内視点によって山内と智は共犯関係にあることが発覚しますし、終盤の智視点では智が実は家族思いの献身的な父親であることが発覚します。
ある人のある時点の視点で観ていた景色が、他の人の視点ではがらりと変わってしまう。自分が抱いていた先入観が音を立てて崩れるような展開が何度も繰り返され、伏線回収モノの醍醐味を感じさせてくれました。
演技の素晴らしさにも触れないといけません。
本作の主役ともいえる原田智は、最近はコメディ色の強い俳優として人気のある佐藤二郎が演じています。最近はコメディ映画にばかり出ている印象ではありますが、こういう演技もできるんだということをまざまざと見せつけてくれました。
過去にレビューした作品でも何度か「ちゃんと演技できるのに変なイメージついてしまって普通に演技させもらえない俳優」として名前を挙げたことがあります。福田雄一監督作品とかね。
佐藤二郎さんご本人もパンフレットのインタビューで「そういうイメージがついているのはありがたい反面、普通の演技をしたいという気持ちもある」と語っていらっしゃいます。
本作での佐藤さんの演技は、今まで築き上げたコミカルな雰囲気は残しつつもシリアス方向に振り切れたキャラクターにもなっており、監督が佐藤さんに演じてもらうようあて書きしただけあって、佐藤さん以外が演じるのが全く想像できないくらいに「佐藤二郎のためのキャラクター」になっていました。
そしてそれ以外の俳優さんに関しても非の打ち所がないほど素晴らしかった。楓役の伊藤蒼さんや山内役の清水尋也さんなどのメインキャラだけじゃなくて、楓の担任の先生とか島で山内に殺される変態爺さんとか、いわゆる端役の俳優の一人一人に至るまで、俳優の力が凄いです。
細かな描写の素晴らしさも、本作を語る上では欠かせません。
本作は状況説明や心情吐露のようなセリフは極めて少なく、映像による細かな描写によってキャラクターの心情などを表しています。例えば、智と山内が殺人を行うシーン。智が妻の殺害を山内に依頼した時は、智は現場の外に出ており、卓球台やガラスの引き戸などの「壁」が二人の間に存在します。また、ムクドリを殺害しようとした時に山内が「いつもみたいに外で見張っててください」と智に話していることからも、今まで智は山内の殺害現場からは外れた場所にいたのだということが分かります。これは「快楽殺人者である山内と殺人をしたことがない智の間には明確な壁がある」ということを表す描写ですが、ムクドリ殺害の際に智はついにその壁を壊し、殺害現場に足を踏み入れ、殺人を犯します。これは智が完全に「向こう側の人間になってしまった」ということを表しています。
そして同じくムクドリ殺害の現場でのクーラーボックス描写も素晴らしかった。
映画中盤くらいから死体を解体してしまっておくためにクーラーボックスが何度も登場していたので、「クーラーボックス=死体収納ボックス」という間違った認識を植え付けられていましたが、終盤でようやく本来の使い方をされて、中から冷えたプレミアムモルツが出てきました。ほんの数秒間の描写ですが、これが智と山内の関係性を表した描写になっています。山内は劇中何度か食べ物や飲み物を口にする描写がありましたが、一度もアルコールを飲んでいるシーンはありません。対して智は冒頭の万引きで捕まった後に路上でおにぎりを食べているシーンではプレミアムモルツが足元にあったり、路上で飲酒するシーンがあるなど、劇中何度もアルコールを口にする描写があるんです。
つまり山内は自分が飲むためじゃなくて智に飲んでもらうために準備したということが分かります。中盤に山内が智に「あなたに声を掛けて良かった」と気を許すような発言をしていましたが、それはもしかしたら本心からの言葉だったのかもしれないですね。そう考えると、なんだかやるせないような気持ちになるようなならないような。
そして最後の長回しの卓球シーンは実に見事。
普段コメディを演じながらも実力はピカイチであるベテラン佐藤二郎と、その彼に「怪物級」と言わしめた才能の持ち主である伊東蒼が演技で殴り合っているようなシーンでした。
重いストーリー故に好き嫌いが別れる作品だとは思いますが、作品のクオリティは間違いなくトップクラスです。オススメです!!