「監督がもっと「さがす」べきだった。」さがす 車掌さんの映画レビュー(感想・評価)
監督がもっと「さがす」べきだった。
①名無しが楓から逃げる場面。路地裏に追い詰められたくらいで簡単に首を絞めようとするくせに、人気のない卓球場では何故ピンポン玉の籠をひっくり返すなんていう効果的じゃない逃げ方をしたのか。ピンポン玉なんて何の目眩しにもならないし、相手は女子中学生、シンプルに突き飛ばすだけでもいいはず。画作り優先で必然性がない。
②果林島に辿り着いた名無しの場面。カタツムリまで食べようとする割に髭も伸びていなければ、衣服も汚れていない。すぐそばに舗装道路があって、トラックでおじさんが来るぐらいの人里近くまでわざわざ来ておいて、カタツムリを食べようとする合理性がない。
③名無しの性癖がブレている。絞殺死体に靴下を履かせる事で楓の母殺害を想起し性的興奮を得ている名無しが、果林島のおじさんだけ日本刀で斬り殺す事に心理的必然性がない。その前の殺人はすべて絞殺にこだわっているのに、斬殺死体でもOKにしてしまった事で、過去から現在に繋がる大事な要素がぼやけてしまった。また、特殊性癖を持った快楽殺人者はこだわりが強い傾向があるので、死体なら何でもいいというような都合のいい性癖は考えづらい。AVを見て赤い蝋燭から血を想像して興奮していたのも、そもそも楓の母は流血していなかったし、AVの女性は靴下を履いていないので状況が一致せず違和感があった。その後の斬殺の違和感を和らげるため、性癖の定義に幅を持たせようと前フリで入れたのだろうが、無理がありすぎる。絞殺だけでは画が弱いと考え、日本刀や血というインパクトのある要素を無理やり入れ込んだように見えた。
④楓が同級生に同行を頼む不自然さ。家庭環境から見ても、序盤の流れから見ても、楓は賢い子に見える。胸を見せてまで、自分と同じく子どもである同級生に同行を頼む理由を彼女の中に見つけづらいし、頼まれた彼はその後ほぼ登場しない。性的描写を要素として無理やり組み込んだ感が否めない。
⑤智がムクドリを絞殺するシーン。正対して手前に引く形では絞殺するのは難しい。相手か自分の体重を利用しないと基本的には無理であり、後ろから締めるか、正対するなら奥へ絞めないと成人の力でも絞殺は難しい。
⑥智の手にベルト痕が残っていたはずなのに、ムクドリ殺害の嫌疑をどう逃れたのかが不明なまま。
⑦楓は一時、確かに智のスマホを所持していた。しかし、智はラスト近くの場面でTwitterにログインするところから操作しているため、普段からログアウトする習慣を持っていたと考えられる。であれば、楓が自殺幇助用のアカウントの存在やそのやり取りを知る術はない。
⑧楓が見た母の首吊り死体の幻影。智の妻を名無しが殺害した時には卓球台を使っている。殺害後、幻影の通りに天井から吊るしたのであれば、ALSの妻がどうやって天井から首を吊ったのかという問題を、警察がどのように結論付けたのかが疑問。智による殺害を疑って当然であり、合理的に自殺と判断できる理由があるようには考えづらい。また、幻影は失禁しており死後間もないと考えられ、犯行時刻から楓が発見するまでにバタバタと急がないと再現不可能な状況である。
⑨智と名無しが屋上で会話するシーン。去ろうとする智がカメラワークの都合上、一度、出口ではなく屋上の縁に向かって歩き出している。レールが敷けず、出口へ動線を取るとカメラマンが追いつけなかったなどの理由があると思われるが、あまりにも真っ直ぐに縁に向かっており、不自然すぎる。
⑩名無しは何を探していたのか?本当に死にたがっている奴なんて誰一人いなかった、という発言から、本当に死にたがっている人間を探していたのか?とも思ったが、じゃあそれは何故?となるし、「人間が要らないのだ」という発言も、その考えに至る経緯が描かれていないので薄っぺらな発言にしか感じられなかった。犯人をただの特殊性癖の薄っぺらな人間として描くことに意味を持たせたかったのだろうか?そのような描き方にも見えなかったが、それにしても行動原理に説得力がない。緻密にTwitterを運用していた割に、殺した後の処理が雑で人物が一貫しないし、破滅志向かと思いきや、カタツムリまで食べて生きようとするのも今ひとつ良くわからない。
これら以外にも、最後の卓球のラリーの合成など作りの粗さが目立ったように感じた。特に、脚本に無理が多かったように思う。整合性が取れない部分を、快楽殺人者の特殊なメンタリティや、短絡的で考えの足りない父親や無能な警察という設定、さらには人間の不条理にまで遡って丸投げしている気がした。ストーリーと画作りのアイデア優先でご都合主義的になり過ぎており、そのストーリー自体もオチが弱かった。父の真実の姿を発見し、いつもの父と再会した証が口をピヨピヨ動かす、ではオチていない気がする。
若手の役者の芝居はかなり良かった。名無しと楓の2人は素晴らしかったと思う。ただ、映画祭に出品してはいるものの、視点も脚本も演出も、世界のレベルではない。一度観ただけでこんなに粗が目立つようでは、今後、賞を獲る可能性は低いように思う。