「正体」ある男 U-3153さんの映画レビュー(感想・評価)
正体
実際そういう事に悩んでる人はいるのだろう。
なかなかに咀嚼しにくい物語であった。
それが出来たとして、新たな十字架を背負う事になるような気もする。誰に嘘をつけても、自分に嘘をつく事は不可能だ。自分が何者で何をしてきたか、自分だけは全てを知っている。
なんか禅問答みたいな話だった。
調査報告書を読んで妻は言う。
「分かってみたら、なんでこんな事知りたかったのだろうか。」
でも、きっと分からなければソレはずっと引っかかっているもので…自分ではどうする事もできない呪縛の存在を糾弾しながらも、重要視されてる背景を否定しきれないように聞こえる。
仮に「今」が最も重要な結果だとして、過去に囚われる事なく、その結果のみを信じたとしても、その「今」は様々な要因で変わっていく。その「今」が破綻した時に、過去を問わなかった事に後悔はしないのだろうか?
なってみないと分からない。
そうならないように生きていくしかない。
ただ、まぁ、そうやって更生とか自立を阻むものも社会には多い。勿論、人にも。
親の罪とか、先祖代々の因縁とか、ぶっちゃけ自分には関係ないのだけれど、そう思って生きるべきだと思うけれど、そういう人が目の前に現れたら、その事を言ってあげれますか?と問われれば即答できない。
その事がつまらない事だと分かるまで、深く付き合いたいと願うのが関の山だ。
ミステリーだとワクワクしながら行ったのだけど、無茶苦茶社会派な内容だった。
俳優陣は皆さま熱演だった。
江本明さんは流石の貫禄だった。彼が自分の素性をあやふやにした時、背後に禍々しい渦が見えたし、この作品自体の結末が全くわからくなった。
なんて事をしやがるんだ…。
なのだが、その事自体はそれっきり、作品になんら爪痕を残す事もなかった。
なんだろ、他人になりたい訳じゃなく、自分から逃げたいって事なんだろな。
全然、咀嚼しきれてないので、皆さんのレビューでも読んで飲み込めるようになりたいと思う。
ただ、正直に生きようとも思えない。
非情なる真実の刃に無数に貫かれながら、重い荷物を背負って歩く自信はない。
■追記
kossyさんのレビューに「ある男とは誰の事だったのだろう?」って記述があった。
この投げ掛けが、結構衝撃的だった。
「ある男」とは、総称のように思う。
ラストのバーのシーンで、妻夫木氏が素性を偽り話出す。一人称は「私」だ。
彼のプロフィールが彼の口から語られる。
で、彼がどういった人物なのか、何から糸口を見つけて他人は彼のイメージを確立していくのか。
偽りの自分の情報を話した後、最後に話すのが「名前」だった。
名前と出生を聞いて、それまでの時間が瓦解する事はあるものの、彼を理解する上で必要なのは、名前や出生ではないのだ。
名前を告げずに別れたのなら、その人にとって彼は「ある男」としか言いようがなく、それは名前や出生から形成される人物像ではないはずだ。
どんな名前で、どんな出生であったとしても「ある男」っていうフラットな視点が介在するのだと、そんな事を提示したラストに思えた。
と、こんな事をkossyさんのメッセージに直接書き込むのも憚られたので、自分のレビューに書いてみた。
kossyさんのレビューのおかけでちょっとスッキリした。
コメントありがとうございます。
確かに出自を偽れば、よほど良心が欠けてでもいない限りは嘘をついていることへの罪悪感が生じそうですよね。
谷口(原)は、その罪悪感を凌駕する出自への苦痛と絶望を抱えていたということだろうと解釈しました。
殺人者の息子として一人で苦しむより、罪悪感を背負いつつも「普通の人」として他人と当たり前に繋がる方がましだったとか。
私の出自は平凡なので想像ですが……
U-3153さん、コメントありがとうございます。また、わざわざ引用していただきありがとうございました。
たしかに名前や出自なんてものは、単なる記号だと思えば自分だけは重要じゃないのかもしれません。
ただ人間は社会的生き物。周囲の人との関係や戸籍という形式ばったものや、そこから生じる差別、偏見、嫉妬、暴力その他諸々の悪意とも共存しなければならない…アイデンティティという言葉でまとめてしまえば簡単ですが、しあわせに生きることの辛さが感じられました!
もう一度観る機会があれば、各キャラにとっての「ある男」に注目するのもいいかもしれませんね〜