劇場公開日 2022年11月18日

  • 予告編を見る

「「ある男」たち、そして田舎まんじゅうのこと」ある男 cmaさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0「ある男」たち、そして田舎まんじゅうのこと

2022年11月21日
iPhoneアプリから投稿

 冒頭から、すーっと物語に引き込まれた。白い壁に掛かった、鏡に映る男の後ろ姿の絵。ラストシーンで再び絵が登場し、本を閉じるように物語は幕を閉じる。(同時期に公開中の「窓辺にて」と同様の時系列だ。)事故死した男•大祐(窪田正孝)の過去を追う物語と思いきや、謎を追うことにのめり込んでいく、顔のない弁護士•城戸(妻夫木聡)こそが「ある男」だと改めて感じた。
 彼は、穏やかな人権派弁護士として慕われ、裕福な暮らしを手に入れている。けれども、義父の歯に絹着せぬ発言に、自分の出自を意識せずにはいられない。執拗に国籍を話題にする詐欺犯•小見浦に激昂し、ヘイトスピーチのニュースに感情を乱され、幼い息子にも声を荒げてしまう。それでいて、一番近しいはずの妻とは淡白なやり取りばかり。満ち足りているはずの生活のほころびが、次第にあらわになる。
 何不自由ないはずのこの生活は、本当に満ち足りていると言えるのか。そもそも、自分で望んだ生活なのかさえ、彼にはもう分からない。大祐の過去の謎に迫り、大祐と関わってきた人々の人生に触れるほどに、彼の心は揺らぎ、何ものかに追い詰められていく。
 一方里枝は、幾度かの喪失を経て、揺るぎなさを身に付ける。冒頭ではうつむき、今にも崩れ落ちそうであったのが、最後はしっかりと顔を上げてほほ笑む。中学生になった息子との、率直かつ親密なやり取りが忘れがたい。「ある男」たちより出番が少ないながら、安藤サクラの繊細な演じ分けは圧巻だった。
 些細なことではあるが、城戸たちが事務所でつまむものが、どれも外側と中身で成り立つ食べ物だったのも目についた。温泉饅頭、豚まん、そしてずんだ餅。皮とあん、それぞれの美味しさだけでなく、外と中のバランスが良く、一体であってこそ美味しい。
 例えるなら、里枝親子はごく普通のおまんじゅうだ。特別な食材を使っているわけでも、ネームバリューがあるわけでもない。でも、触れるとふっくらとして、手のひらに載せると程よい持ち重りがする。誰かと分け合って食べたら、きっとおいしい。とりとめなく、そんなことを考えた。

cma