「その病に操られるな」死刑にいたる病 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
その病に操られるな
バイオレンス活劇『孤狼の血』が代表作になった白石和彌監督だが、最初に注目を集めたのはシリアスなサスペンス『凶悪』。白石監督のBESTに挙げる人も多い。
再び白石監督がシリアス・サスペンスの世界に還ってきた。
同名原作小説はあるものの、『凶悪』と通じる点も多い。
世間を戦慄させた連続殺人事件。その犯人である死刑囚からのコンタクト。
事件にのめり込んでいく内に、己の心の闇の中へ囚われていく…。
『凶悪』ではジャーナリストと強面ヤクザとインテリ主犯だったが、こちらは一人の青年と一人の人の良さそうな男。
何処にでも居そうなこの二人が、見る者を人の暗部へと誘う…。
榛村大和はパン屋の店主。性格は明るく優しく穏やか朗らかで、“いい人”を絵に描いたよう。
誰からも好かれ、親しまれていた。
が、彼の“本当の顔”に世間は驚愕。
7年間に実に24人の男女の命を奪った連続殺人鬼。
相手をただ殺すのではなく、いたぶって殺す。爪剥がしが特徴。
“獲物”にもこだわりがある。
男女問わず、高校生くらいの真面目そうな若者。中学生や成人には食指は動かない。
自然さを装って接近し、親交を深め、熟した所で惨殺。
殺害シーンはかなり痛々しく、グロい。温和そうな表情からポーカーフェイスで殺人をする様…。
人の二面性に恐怖。阿部サダヲが抑えた演技と柔和な雰囲気だからこそ、余計不気味…。
捕まらなかったらもっと殺してた。
またやり直せるなら、捕まらぬよう上手くやる。
殺しへの衝動は少年時代からあり、稀代のサイコキラーでサイコパス。
自分の罪や死刑判決も認め受け入れている。
しかし、一件だけ異議を訴えている。
ある日、大学生の筧井雅也の元へ榛村から送られた手紙。
面会もし、榛村から頼まれたのは、その一件だけは自分が犯人ではない事を証明して欲しい、というものだった…。
雅也は法学部に通っているとは言え、何故榛村は依頼を…?
見ず知らず…ではなかった。
中学生の頃、雅也は榛村のパン屋によく通っていた。好きなパン屋で、榛村の事も好いていた。
榛村も頭のいい雅也の事を可愛がっていた。
しかし榛村は、この時からすでに殺人を…。
それを知って改めて恐怖する雅也。まだ中学生だったので、榛村の“獲物”にならずに済んだ。
世間的には異常な連続殺人鬼だが、雅也にとっては親交あり、良くしてくれた人。
複雑な胸中だが、雅也は事件を調べる事に…。
調べ始めると、おかしな点に気付く。
榛村の獲物は一貫して高校生なのだが、この一件だけ成人の女性。
必ず相手の爪を剥がすのに、この女性だけ剥がしていない。
事件と事件の間も約3ヶ月空けるのに、前の事件から僅か1ヶ月。
榛村の“こだわり”の犯行手口に添っていない。
この一件だけ、他に犯人がいるのでは…?
その可能性を強めていく雅也。
たった一人でそこまで突き止めた雅也を称賛する榛村。「君は凄い」。
榛村との対話や事件に深く入り込んでいく内に、雅也は…。
真犯人として浮かび上がった一人の不審な男。
彼の元同僚や被害者女性。
昔の榛村を知る男から話を聞く。
虐待を受けていた子供たちを引き取っていた施設。榛村の育ての母。
その施設に思わぬ人物が。雅也の母。
しかも、榛村と雅也の母は親交があった。
榛村はひょっとして…?
事件の新展開や人間関係など引き込む面白さは勿論だが、ゾッとさせるのは…。
真犯人として浮かび上がった男・金山。子供の頃虐待を受けていた家庭環境で、兄弟で榛村と親交があった。
金山の性格は頭はいいが、悲惨な環境や恵まれぬ現状に鬱憤を抱えていた。
そんな彼に、榛村は甘い言葉を掛ける。
似ている…? 榛村と金山の関係が、榛村と自分の関係に。
雅也も父親から虐待を受けていた過去を持つ。
そんな彼に温もりと癒しを与えてくれたのは、榛村。
頭はいいが、理想とは程遠い大学生活に悶々とした日々。
そんな時榛村から頼まれた仕事に刺激を受け、成果を褒めちぎってくれる。
それは屈折した心に、どれほどの悦びか。
身も心も彼に従順していく。
心の暗部に陥り、自分の中の狂気が目覚めていく。
自分を見下す大学の連中に怒りを吐き捨て、横暴な奴にブチギレ、危うくその命を…。
榛村との親交で、雅也は変わった。何もかも内に潜める性格だったのが、明らかに内面が危うくなった。
弱い人間であれば、そのまま堕ちていってしまうだろう。
が、雅也は寸での所で踏み留まった。
榛村に事件の真相を打ち明ける。この事件の真相自体は結局は…なのだが、衝撃なのは榛村の相手の操りと狙った獲物は逃さない執念深さ。
雅也も金山も被害者女性も、榛村の元獲物なのだ。
だが、目を付けた時はまだ自分のこだわりに見合っていなかった。
時を経ても、彼らと“遊びたい”衝動は忘れない。
金山を操る。誰と遊んだらいいか…?
金山はたまたま被害者女性を選ぶが、実は榛村がそういうシチュエーションを作り上げた。
イレギュラーだったが、被害者女性をいたぶって殺す。
金山を罪悪感で苦しめる。
雅也もそう。手のひらで転がすようにして操って、己の心の闇の中に陥らせて…。
全ては、榛村に弄ばれていた…。
人を殺すのは、罪。重罪になれば、死刑。
ならば、相手を散々可愛がって弄び、操るのは…?
法は適用されないかもしれないが、これだって罪だ。重罪だ。
背筋が凍るほどの病んだ内面。
死刑にいたるほどの病だ。
先述通りの阿部サダヲの怪演。開幕シーン、花びらと思っていた“アレ”が実は…! 人が良さそうに見えて、終始目は笑っていない。コメディもシリアスもサイコパスも出来る役幅に感嘆させられるが、周りの面々も見事。
長髪で顔を隠し、暗い佇まいで最初全く気付かず、イケメンのイメージを払拭した岩田剛典。
だけどやはり、実質主役の岡田健史の巧さが光る。
彼演じる雅也は、開幕から屈折や鬱憤を溜め込んでいるのが分かる。いつそれが剥き出しになるのか…? 抑えた演技の中に、ハラハラさせる凄みを感じた。
それから、もう一人。
雅也とは大学の同級生で、地元が一緒。大学で孤立する雅也に声をちょくちょく掛け、やがて恋仲になる。
キュートな存在だったこの娘が、ラストまさかの…! 彼女も実は…!
序盤と、あの台詞を言い放つラストでは、180度印象が変わる。あるものを舐めるシーンもインパクト。
宮崎優。只者ではない新進女優がまた現れた。
『孤狼の血』ですっかりバイオレンス活劇が定着した白石監督だが、実は本作のような作品こそ本領発揮で、人の心の暗部の抉りに長ける。
決して見てて、後味いいものではない。
なのに、病にかかってしまったほど虜になる。
榛村が人の心を操るかのように、我々も白石監督の手腕に心掴まれる。