「悲しさより苦しさが重なる、茉莉目線が貫かれたドキュメンタリー」余命10年 しーげんさんの映画レビュー(感想・評価)
悲しさより苦しさが重なる、茉莉目線が貫かれたドキュメンタリー
余命ものは、時に家族や友人の視点を通じて感傷的に描かれる。しかし本作は、一貫して主人公の茉莉(小松菜奈)目線だ。
そして彼女は、周囲の人間を心配させまいと強がって心を閉ざす。双方向のコミュニケーションを受け入れるのはごく限られた場面で、やり取りがなかなか噛み合わないのがもどかしい。
生きることに諦めているのにやりきれない。言葉とは裏腹な心情を表現する、小松菜奈の得意分野が生かされた独壇場だ。
茉莉中心の作品である一方、近すぎず遠すぎず絶妙な距離感で、様々な人が茉莉の人生と交差する。そしてそれを演じる俳優陣が豪華だ。少し野暮だが、一人ずつ触れていきたい。
茉莉に添い遂げる人生を選択した和人(坂口健太郎)が、一番辛かっただろう。茉莉に翻弄されながらも、最期にようやく心から笑い合えたのだろうか。
寡黙に寄り添う父(松重豊)、娘の悲しみを正面から受け止める母(原日出子)、誰よりも妹を大切に思う姉(黒木華)。茉莉にとって家族との時間が一番心が安らいでいたように感じる。
加えて、茉莉を励まし就業面でもサポートする友人たち(菜緒、山田裕貴)や、和人を後押しし背中で語る店主(リリー・フランキー)の存在も大きい。
全体としては、ドキュメンタリーのように淡々と事実を積み重ねる。2時間で10年を描くのだから当然といえばその通り。終わりが分かっている悲しさというより、繊細な劇伴歌も相まって苦しさが勝る。胸が張り裂けそうで終始涙が止まらない。
終盤"じゃない方"の人生を盛り込んだからこそ、"今"と向き合った茉莉の真摯な生き方が際立つ。どんな10年を切り取っても胸を張れる、そんな生活を送りたい。
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3/23追記
感情を表に出さない印象が強かった茉莉の心境変化に注目して2回目の鑑賞。特に印象に残った場面三選
★見舞った和人の言葉を静かに聞き入り憤る場面
瞬きもしない表現力に圧倒された。語気を荒げないことで、希望を失った和人への同情も感じさせる
★和人へ少しずつ心を開いていく居酒屋の場面
病室での一言に対する気まずさから表情に困っていた前半とは一変、和人の勘違いに思わず笑いを堪えきれない。茉莉が見せた取り繕わない初めての笑顔に救われた一方、真実を伝えられない悲しさも垣間見えた
★生きることへの執着を家族にぶつける場面
和人に別れを告げ吹っ切れたと思ったところでの不意打ち。打ち明けるにつれ高揚する茉莉を受け止めようとする両親には、身につまされる思いがした。
小松菜奈はやっぱり最高の俳優。以上です。