「本当に決闘裁判に挑んだのは…」最後の決闘裁判 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
本当に決闘裁判に挑んだのは…
『グラディエーター』がアカデミー作品賞を受賞してから、すっかり史劇スペクタクルの名匠となったサー・リドリー・スコット。手掛けるのは、『エクソダス:神と王』以来。
それと共に近年は、『ゲティ家の身代金』や間もなく公開される『ハウス・オブ・グッチ』などスキャンダラスな実録ものも多い。
その二つを掛け合わせたような本作。
決闘裁判。
中世紀、証人や証拠が不足している告訴事件を解決する為、原告と被告が行う合法決闘。
勝てば全ての名誉は守られるが、負ければ不名誉と共に、死…。
14世紀のフランスで行われた“最後の決闘裁判”を題材にしたノンフィクション小説が基。
1386年。
遠征から帰還した騎士カルージュの妻マルグリットが、夫の旧友ル・グリに強/姦されたと訴える。が、目撃者や確たる証拠はナシ、ル・グリは無実を主張し、主君ピエール伯も肩入れ。立場が無くなった二人だが、カルージュは決闘に臨む事に…。
…というのが、主な概要。
尺は2時間半。これを一本調子の2時間半掛けてだらだらやってたら、ダルい。正直、序盤はちとダルかった。
しかしこれを、カルージュ、ル・グリ、マルグリットの3人の視点から描く。
言わずと知れた“羅生門”スタイル。
これにより各章ごと微妙に証言やキャラの感情が異なり、実は当初は退屈だった本作だが、引き込まれた。
カルージュの真実。
かつては名騎士だったが、次第にその気性の荒らさが悪い結果を招くように。敗戦も続く。
新たに赴任したピエール伯爵とソリが合わず。
盟友ル・グリは自分の味方と思っていたら…
資金調達、自分のものの土地、さらに狙っていた城内職の事で裏切られる。
妻として迎え入れたマルグリットはいつまで経っても子を身籠らず。
そんな時、妻が盟友から強/姦された事を知らされる。
裏切り、怒り、受けた辱しめと名誉の回復の為、決闘に臨む…。
ル・グリの真実。
騎士道一直線のカルージュと違って、頭の回転が利く。資金調達やピエール伯の財政立て直しに貢献し、気に入られ、側近に。
そもそも彼はカルージュを裏切りつもりは毛頭無く、仲を取り保とうとしていたが、カルージュがさらに反発した事で険悪になる。
一応の仲直りの場。カルージュが我が妻にキスをさせる。美しい盟友の妻にあらぬ感情を抱くル・グリ。
暫く家を空けるカルージュ。その不在の隙に訪ねるル・グリ。力ずくで…。
訴えられるが、無実を主張。ピエール伯も後ろ楯。
が、あちらが国王の許しを得て決闘を挑んでくる…。
“カルージュの真実”から見ると、どん底に落とされた男が己の名誉回復を掛けて。
一見、THE主人公&王道の史劇なのだが…
決闘シーンは最後の見せ場になるのでお預け、妻が強/姦されるシーンは彼は現場に居合わせていないので描かれない。(巧い描き方だと思う)
と言う事で、“ル・グリの真実”。
まるで“カルージュの真実”では裏切り悪者と描かれているが、端からそうではない。出世や権力の欲はあったかもしれないが、本気で友を助けようとしていた。寧ろ、友情に亀裂を入れたのはカルージュの癇癪かもしれない。
そして、問題のシーン。カルージュも真実か否か疑った、本当に強/姦はあったのか。
あった。
だが彼にとっては、マルグリットが嫌がってるのは世間を気にしてのフリで、本当は自分を愛している。
そんな彼女が自分を訴えた事にショックを受ける…。
それぞれの名誉、主張。
しかしいつの世も、男は自分の言いたい事だけを推し通したいだけ。
ここでいよいよ、“マルグリットの真実”。
ここで見方がガラリと変わる…。
妻を想い、愛し、決闘に挑むのも妻の為…と思ったら、見当違い。
元々の粗野な性格、子を授からない事で、結婚生活は早々と冷え切っていた。
カルージュにとって妻は、我が一族を継ぐ子を産み、献身的に仕える。如何にもなこの時代の男性的な考え。
夫が不在の時は家事のみならず家計を支える仕事も任され、自立した考え。従女とは気さくに仲良し。
それらが継母には不快。血を流す戦争は無くならないが、“嫁姑戦争”も無くならない。
強/姦。ル・グリは自分に感情があったなど言っているが、そんなものは一切無く、本気で嫌がり、本気で抵抗した。逃げられもしなかった。
夫は妻を気遣い慰めるどころが、疑い責める。
これが、夫の本当の顔。“カルージュの真実”のヒロイックさなど微塵も無い。
ル・グリも異常な愛欲者。どうして私の愛を受け入れてくれないんだ?…なんてチープ悲恋も無い。
傲慢と強欲な男二人に挟まれたヒロインの苦しみ。
それは続く。
カルージュは決闘嘆願。言うまでもなくそれは、妻の為ではなく、自分の名誉の為。
マルグリットへの尋問。言いたくない事、思い出したくない事まで、根掘り葉掘り聞かれる。
子を授からないのは夫との性交渉に快楽を感じていないから。
現在マルグリットは妊娠中。期間を考えると…、ひょっとして強/姦された時、快楽を感じたのではないか。
もはや公開セクハラに等しい。
ある時ル・グリの容姿を褒めた事を友人が暴露し、苦しい立場に。元々その気があった…?
もし夫が負ければ、マルグリットも裸にされ、火あぶりに…。
カルージュは妻がル・グリの容姿を褒めた事を責めるが(何と器の小さい…)、マルグリットも言い返す。
負ければ自分も火あぶりになる事を隠していた事。でも何より、もし自分たちが死ぬ事になれば、産まれてくる子がたった独り…。
一人の女性として、産まれてくる子の母として、強さを垣間見えた瞬間。
男性派のイメージが強いリドリー・スコット作品だが、女性主人公作品で印象深いのもある。『エイリアン』『テルマ&ルイーズ』『G.I.ジェーン』…。
本作も立派な女性主人公作品。
それを体現したジョディ・カマーの凛とした魅力と誠実な熱演。
マット・デイモン、アダム・ドライヴァー、ベン・アフレックらビッグネーム・キャストが、クセあるキャラを巧演。
マットとベンが出世作『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』以来24年ぶりに共同で脚本を執筆し、話題に。もう一人、女性脚本家ニコール・ホロフセナーも参加。
面白いのは脚本執筆に当たって、カルージュとル・グリについては資料が残されており、男性視点はマットとベンが担当。マルグリットについては資料が残されておらず、女性ならではの視点でホロフセナーが担当。
不思議と“マルグリットの真実”に唸らされた。
勿論、史劇スペクタクルの名匠、リドリー・スコット。
ラストの決闘シーンは手に汗握り、息を飲む迫力と臨場感。
甲冑のリアルさ、剣がぶりかり合う音、ただ“闘う”んじゃなく“命懸け”。
生々しく、恐ろしさも感じた。
マットとアダムの白熱健闘には天晴れ!
史実を基にしているので、一応ネタバレチェックは付けるが、
勝者はカルージュ。名誉は守られた。
一方のル・グリの死体は無惨にも…。
国王や観衆から喝采を浴びるカルージュ。その顔、晴れ晴れと。
夫に続くマルグリット。しかしその表情はどうしても、名誉が守られ、命が助かり、安堵しているとは思えない。
涙を流す。その涙は誰のものか…?
ラストシーン。
これまでの暗い映像ではなく、温かみのある映像。
そこに居るのは、やっと穏やかな生活を手に入れたマルグリットと、幼い息子。
カルージュはあれから数年後に戦死したという。
子供は一体どちらの…?
明確にせず、謎を残したままなのも、余韻が残る。
“最後の決闘裁判”後のマルグリットの真実は、明らかではない。
閉幕は脚色でもあるかもしれない。
しかし…
独身を貫き、女主人として生きたマルグリットを、当時の社会は眉を潜めただろう。陰口を叩いただろう。
女性が生き難く、声を上げられなかった時代。
そんな時代に彼女こそ本当の意味で、決闘を挑んだ。
今を生きる女性たちの遥か先駆者。
そう思いを馳せずにいられない。
今晩は
常に安定したレビュー、流石でございます。
今作とは関係ないのですが、今週末から上映される今作を監督したリドリー・スコット監督の「ハウス・オブ・グッチ」が楽しみで・・。
年代からは少しずれますが、ブロンディのデボラ・ハリーの華やかな歌声が鮮やかな「ハート・オブ・グラス」が好きでして・・。で、あの豪華キャスティング。楽しみだなあ・・。と思ったら、御大の「クライ・マッチョ」も公開で。
何とも、豪華な週末になりそうです。では、又。
近大さん、相変わらず凄いですね。
私なんかは、鑑賞後にうまく言葉にできないほどあちらこちらに揺さぶられた感情を〝余韻〟なんて言葉で括ってしまい、都合よくごまかしてしまいますが、近大さんはいつもキチンと誠実に言葉に落とされるので、感服するばかりです。
毎度のことながら、読み応えのあるレビュー、ありがとうございます。