「視点が違えば決闘までの経緯も変わる」最後の決闘裁判 ニコさんの映画レビュー(感想・評価)
視点が違えば決闘までの経緯も変わる
ひとつの流れの出来事について、複数の人間の視点をそれぞれ描写するという手法はたまに見るが、中世のエピソードを、当時人権などないに等しかった女性の主観も交えてここまでしっかり描き分けるというのはなかなか斬新だった。
同じ出来事の見え方の違いが面白く、また戦闘や決闘のシーンの手に汗握る迫力と、マルグリットの運命に説得力を与えるジョディ・カマーの美しさで、2時間半の長さを感じさせない。
リドリー・スコット監督とB・アフレック&M・デイモンコンビ、この名前への期待を裏切らないエンタメ性と深いテーマを持つ作品。
最初に語られるカルージュの視点からの物語は一番オーソドックスなものだ。世渡り上手な親友の裏切り、その横暴により傷つけられた愛する妻マルグリットのために闘う男の、正義の物語。
その親友ル・グリの視点が次に語られる。彼の主観ではカルージュに対し彼なりに悪意を持たず接していたつもりであることが伺える。知的で美しいマルグリットへの愛が燃え上がる気持ちも分からなくはない。
実はマルグリットと気持ちが通じ合ってたりしたのかと思ったら本人視点でもレイプで、懺悔によって姦淫はなかったことになったので唖然とした。だが、当時の女性の扱いを考えると、ル・グリには神の教えに反いた罪悪感こそあれ、懺悔によって赦されれば問題ないと心から思えたのだろう。彼はただ、マルグリットへの愛に正直でいただけなのだ。
最後はマルグリットの視点。
マルグリットから見れば夫にとって自分は所有物、繁殖牝馬のようなものでしかない。ル・グリも夫の友人以上の存在ではない。姑のニコルは子に恵まれない彼女に踏み込んだ物言いをし、彼女がレイプされたと知るとニコル自身が過去にレイプされたが黙っていたことを告げ、それが美徳であるかのように言う。
実際当時は女性の間でもそのような価値観が当たり前だったのだろう。マルグリットの友人も会話の内容の告げ口だけして彼女を見捨てた。
そんな中でも、マルグリットは自分の尊厳と子供の名誉を捨てなかった。
カルージュはあくまで自分のプライドのために決闘を選び、彼が負けるとマルグリットも残酷な刑に処せられることを裁判の場まで彼女に教えなかった。ここまでないがしろにされながらもマルグリットは耐え、最後には覚悟を決め、夫の決闘を見守った。
この時彼女は、愛情から夫の生還を願うのではなく、自分に対して神が正しい裁きをするならば夫が勝つはずと信じ、自分の運命だけを見つめていたように思える。
リドリー・スコット監督は、75%以上史実に沿ったストーリーにした、と述べている。歴史ものの登場人物が現代の価値観に基づいたかのような言動をする作品が時々あるが、本作ではその類いのフィクションはほとんど目につかなかった。
中世という古い時代の価値観を現代の感覚に忖度せず描くことで、マルグリットが思い切った告発により自己の尊厳を守ったことの凄みが増した。一方、2章までに語られてきた男性目線のヒロイズムやロマンチシズムを、女性の視点で綴る最終章で叩き壊す構成に現代的なセンスを感じた。
史実では事実の外形は分かっても、3人のどの視点が正しかったのか、真実は分からない。そこを逆手にとって最大限に生かした、技ありの作品。