「「真実」の多面性」最後の決闘裁判 everglazeさんの映画レビュー(感想・評価)
「真実」の多面性
予習しておかないと楽しめないと聞き、ネタバレ級に知識を仕入れて臨みました。それが功を奏したかどうかは分かりませんが、とても面白かったです。
この時代のヒエラルキーは
① King (Charles VI)
② Baron (Count Pierre d’Alencon)
③ Knight (途中からのCarrouges, 決闘直前にLe Grisも昇格)
④ Squire (出世前のCarrougesとLe Gris)
⑤ その他
です。
そして一連の出来事を「羅生門」の如く、
1. Jean de Carrouges
2. Jacques Le Gris
3. Marguerite de Thibouville
の3者の視点で描いています。
同じシーンであっても、観客が受ける印象は異なり、各人物像が手に取るように分かります。男性達については様々な記述が残っていますが、Margueriteについては、時代背景からの想察が多くを占めているそうです。それでもMargueriteの視点を「真実」と位置付けるのは何故か。
真実というのは関係者の視点や立場で変化します。男性達は自分が見たいものを見たいように解釈し、保身のために記憶がどんなに都合良く滑稽に歪められていたとしても、彼らにとってはそれが真実になっていくのだと思います。ただ、部外者が関与するに当たって大切なのは、誰の「真実」を最も尊重すべきかということです。それは言うまでもなく、世間に自らの恥を曝してでも訴えるMargueriteが体験した真実です。
男性の本性が最も如実に表れる「営み」。Carrougesは妻を性欲処理&跡取り量産機と見なし、Le Grisは女性全般を狩りの対象同然に見ています。同じ経験があっても姑は家名と息子だけを心配し、友人に至っては嫉妬もあるのか、誰一人 Margueriteが受けた心と体の傷に寄り添おうとはしません。唯一憐れむような表情を見せたのは女王だけでしょうか。(女王の最初の息子は生後3ヶ月で決闘前日に亡くなりました。)
大抵被告は同意の上だったとか、誘惑されたとか言いますね。CarrougesがLe Grisを貶めるために妻に供述を強いたという説もありますが、 Margueriteが愛人の存在をカモフラージュするために嘘を付いたのだとか、犯人を見間違えたのだとか、Le Grisを弁護する諸説が後世に沢山発表されたことも、性犯罪を軽視する男性社会の典型的な反応のように思いました。一刻も早く妊娠したかったMargueriteが、仮にLe Grisに色目を使ったのなら、わざわざ告発などしないでしょう。同時期に上手く夫を誘って、父親が違うことをバレないようにすれば良いだけです。
女性は男性の「庇護のもと」にありましたので、もしレイプが明るみに出た場合は、加害者が庇護者に示談金を払うか、被害者と結婚するかのどちらかが多かったようです。(現代でもこういう風習の残る国々が存在していて残念です。) Margueriteのように身分が高いと訴えることができたケースも僅かに(85年間で12件)ありましたが、尋問で少しでも言い間違えれば、偽証罪になったり、却下されたりしたのだそう。Margueriteにとって特に不運だったのは、父親が不名誉な人物であるということ。裏切り者の娘は真実を語るのか…。なお、決闘は他の法的手段で解決できない場合のみに認められました。本件は、確固たる証拠はなくとも、「犯罪行為自体を否定できない」と認められた(←恐らく当時としてはここが何気にスゴイことなのかなと。夫が原告というのもあるが、Margueriteも長い裁判と尋問と屈辱に耐えて司法官達を納得させた)ため、決闘を行って結論を「神に委ねる」ことになりました。
好色なLe Grisの被害者は、名乗らないだけで他にも沢山いたことでしょう。決闘で彼女達も密かに溜飲が下がったかな?!
上司と部下、出世を張り合う同期達、夫の出張、嫁姑、ママ友、ご近所付き合い…。服装が違うだけで、600年以上前とは思えないほど身近な話題でした。
監督のお得意分野?衣装や美術はばっちり、戦闘シーンも大変見応えがありました。
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CarrougesとLe Grisが50代後半の頃の話。
仕える上司がPierreに代わってから友情が壊れました。
Adam Driverがハンサムなのかはさておき…、実物のLe Grisも大柄で目立つ外見だったそうです。結婚歴があり、跡継ぎは複数いました。
先にknightに昇格したCarrougesを妬んでいたとも。Margueriteの証言によると、初めLe Grisは金を渡して交渉しようとしました。彼1人では激しく抵抗する彼女を押さえ付けられず、付き添いの家臣Louvelを呼んで縛り付け、助けを求めて叫び続ける彼女の口に帽子を突っ込みました。これらはどこまで真実かは分かりません(LouvelとMargueriteの女中を、嘘発見器代わりの?何らかの拷問にかけましたが、供述を引き出せませんでした)が、Le Grisのアリバイの証人自身(Jean Beloteau)が、公判期間中にパリでレイプ事件を起こして悪い印象を与えました。また、Le Grisを担当した当時の有名弁護士(Jean Le Coq)も彼の無実を疑っていたことが手記に残っています。映画ではあえてこの辺りをグレーにしたとのことです。
Carrougesが拘ったAunou-le-Fauconという名の土地。1377年にPierreがMargueriteの父から正式に購入していました。CarrougesとMargueriteとの結婚は1380年ですから、ほとんど言いがかりのような…。Le Grisに褒美として与えられたことが余程気に入らなかったのでしょうね。
戦闘経験値が上回ったCarrougesは、決闘でLe Grisを倒すと、先に賞金を貰いに行き、それから妻の元へ歩みました。決闘後は年収が上がり、追加の報酬も貰えたことで訴訟の費用を賄えるようになり、Aunou-le-Fauconを得ようとまたPierreを提訴したとのこと…。
同じ公判で、Margueriteの従兄弟Thomin du BoisもLouvelに決闘を申し込みましたが、こちらの決闘は認められませんでした。
本作では決闘ということもあってなのか火炙りの刑でしたが、一般的にレイプ偽証罪の罰は鞭打ちや私財没収などで、いずれにしても女性にとっては社会的な死を意味しました。
MargueriteはCarrougesとの結婚で、少なくとも3人の子供を産みました。夫の死後は、再婚せず裕福に暮らせたようです。
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本来なら仏語であるべきですが…、Shakespeare まで行かなくとも、まあまあ古臭い時代劇英語を使っている中で、Pierreが連発する ”fuck!” が雰囲気に合わないように感じ、そもそも fuck という単語がこの時代(の英国)に存在していたのかが気になりました。
Oxford English Dictionary 2nd editionには、1503年に”fukkit”、1535年に現状の綴りで掲載されており、少なくとも15世紀には使われていたであろうとのこと。
ところが、1310年の英国裁判原稿にも記載が見つかり、1278年の封緘書状録(close roll)には、二重殺人で投獄されるも保釈を望んだJohn le Fucker🙄という人物名が記載されています。
意味や使い方は現代と少し違ったとしても、13世紀には既に存在したのかも知れません。
ということで、セーフでしょうか😁
ちなみに、あのお馬さんのラブシーン…。間違いなく「してくれる」熱々の?カップルを撮影に使ったのだそう。ショベルはゴム製で、馬さんに怪我はありませんでした。
Affleckのインタビューコメント:
“With the understanding that your truth may not be somebody else’s truth. There’s a certain arrogance rooted in that assumption.”
“Keep no company with those whose position is high but whose morals are low.”
—- Ge Hong
詳しい解説でとても参考になりました。
僕も決闘中に王妃が見せた表情がとても印象的に残っています。実際のマルグリットは想像するしかありませんが、夫の死後は、再婚せず裕福に暮らしたということであれば、領地経営のセンスがあり、自分をしっかり持っている女性だったと思います。