「圧倒的な映像美と練り込まれた脚本の賜物」最後の決闘裁判 アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)
圧倒的な映像美と練り込まれた脚本の賜物
字幕版を鑑賞。リドリー・スコット監督ならではの重厚な歴史ドラマである。古来より、裁判の判決に重要な影響を及ぼすのは、まず何より物証であり、その次が自白を含む証言である。ヨーロッパで中世に行われた魔女狩りは、100% 冤罪であったので、物証は得られるはずもなく、自白だけが頼りとなったために、容疑者には酸鼻極まる残虐な拷問が行われたのである。物証もなく、証言すら怪しくて判決が下せない状態に陥った場合、中世では決闘によって白黒をつけるという方法が取られた。真実は神のみが知っており、神は正しい者に味方するはずだという宗教的な思い込みによって判決が出されたのである。
時は英仏が 100 年以上にわたって戦争を続けていた「百年戦争」の真っ只中の 1386 年の話で、歴史上、決闘によって決着をつけた最後の例に当たっている。史実が元になっており、全員が英語を話しているが、ジャンヌ・ダルクが登場するより 40 年ほど前のフランスでの話である。名誉ある騎士のジャン・ド・カルージュがスコットランドに遠征中、愛妻のマルグリッド・ド・カルージュが、夫の元親友のジャック・ル・グリにレイプされたと夫の帰還後に告白し、夫は法廷に訴えたため、裁判となったが物証はなく、証言が原告側と被告側で真っ向から食い違っていて埒が明かず、それならば決闘で、という運びに至ったものである。
決闘で夫が敗れた場合は妻も神を欺いたとされ、極刑に処せられる。この当時は夫婦は対等ではなく、妻は夫の所有物という扱いでしかなかったためである。当時の社会制度を美化することなく描いているのには非常に感服した。最近軟弱になる一方の大河ドラマにも是非見習わせるべきである。
物語は3部構成になっていて、夫の立場、被告の立場、妻の立場で同じ物語の見え方が違うことが絶妙に示されているが、見終えた観客も、真実はどうだったのかと自問させられることになる。実はこの件は歴史学者たちも未だに真相が明らかにできておらず、論争が続いているためである。
出演俳優は非常に贅沢で、主演のマット・デイモンと、アランソン伯ピエール2世役のベン・アフレックは脚本も担当している。妻役のジョディ・カマーの圧倒的な美しさは、物語のリアリティに不可欠であると思わされた。
戦闘シーンの見事さは「グラディエーター」を凌駕するほどであり、大群衆を含む登場人物一人一人の衣装を全く手抜きしていないところにも制作姿勢の心意気を感じた。ライティングやアングルは、各場面が歴史的名画を見ているかのようであり、画面の隅々まで行き届いた徹底した美意識には圧倒された。
音楽はベテランのハリー・グレッグソン=ウィリアムズが担当しており、いかにも中世的なシンプルな楽器編成の器楽曲や、英国のアカペラヴォーカルグループである Voces8 を起用しての無伴奏のポリフォニー曲などで良い雰囲気を出していた。リドリー・スコットの演出は冴え渡っていて、観る者を 700 年の時間を超えた世界に連れて行ってくれた思いがした。大変な傑作である。
(映像5+脚本5+役者5+音楽5+演出5)×4= 100 点。