「ある夜、ソーホーで」ラストナイト・イン・ソーホー 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
ある夜、ソーホーで
見る前は昨秋同時期公開の『マリグナント 狂暴な悪夢』と混同してしまった。
夢か現か、精神を病むヒロインを主人公にしたホラー。
実際見てみると、全くの別物。
あちらはジェームズ・ワンがエンタメ性に寄ったバイオレンス・ホラーなのに対し、こちらは鬼才エドガー・ライトのハイセンスさが光るサイコ・ホラー。
ファッション・デザイナーを夢見てロンドンにやって来たエロイーズ。
ソーホー地区にあるデザイン学校に入学し、憧れのロンドン生活を満喫…の筈だった。
内気な性格で寮暮らしに馴染めず。田舎出身で60年代ファッション好きの彼女をルームメイトらは小馬鹿に。(ジョカスタ、マジムカつくヤな女!)
ある夜、不思議な夢を見る。そこは、60年代のソーホー。
とあるクラブへ足を踏み入れると、彼女の姿は別人に。歌手を夢見るサンディと身も心もシンクロし…。
現実世界では冴えないが、夢の中では真逆に。
誰だって妄想ぐらいした事あるだろうし、映画のネタとしてもそう目新しいものではない。
が、ライトはそれを実に刺激的に料理。
現実世界の内気さとは打って変わって、夢の中のサンディは自信家で小悪魔な魅力。
夢の中の“彼女”に憧れ、彼女をイメージしたファッションをデザインし、彼女のようなブロンドヘアにイメチェン。
ようやくロンドン暮らしに馴染み、夢へ歩み始めたかと思いきや…。
サンディは単なる夢の中の憧れの産物か。
にしては、妙にリアル。時々見てても、エロイーズのパートが現実なのは勿論だが、サンディのパートも単なる夢の中の話には思えなくなってきた。
ある夜エロイーズは、サンディが殺される夢を見る。以来、不気味な亡霊や幻覚を見、精神が蝕まれていく。
そんな精神状態の中でエロイーズは、サンディが60年代のソーホーに実在した女性である事を知る。
夢を通じて、同じ場所の異なる時代で繋がれたうら若い二人。
サンディは殺された。そしてその凄惨な事件の真実を知る事に…。
元々人には見えない“何か”が見える不思議な力があるエロイーズ。その力で度々、鏡の中に自殺した母の姿を見る。
彼女が60年代のサンディを見るようになったのは、寮を出てからの古い下宿での一人暮らしを始めてから。
厳格な老女が大家。昔から多くの若い女性がここに住んでいたようで、その中にはサンディも…?
唐突で非現実的な設定ではなく、前振りや伏線を貼り、奇妙な体験にリアリティーをもたらしている。
シンクロは深くなり、夢と現の狭間が分からなくなり…。
毎夜夢に見るサンディは、過去からの助けの声なのか…? 現実世界で見る亡霊の幻覚は何なのか…?
夢か現か見る者を翻弄させ、夢は過去の現実だった。
その現実(リアル)で起きた殺人事件。
サンディや事件の真実はなかなか衝撃的。
新作発表ごとに才気が弾けるライトの巧みな語り口に引き込まれる。
本当にライトの進化には驚かされる。
『ショーン・オブ・ザ・デッド』『ホットファズ 俺たちスーパーポリスメン!』『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』ではコアな映画ネタのコメディで映画ファンをニンマリさせたかと思えば、前作『ベイビー・ドライバー』では抜群の音楽センスとそれに完璧にシンクロしたカー・アクションが素晴らしかった極上快作。
『アントマン』の監督降板は残念だったが、お陰で自分の作りたい作品の中で自分の手腕や才気を十二分に発揮していく。
次ライトはどんな作品で魅せてくれるのかと思っていたら、びっくり変化球!
60年代のロンドンを舞台にしたキャリア初挑戦のホラー。しかも、これまでのユーモアを一切排し、シリアスでダーク。
しかしそれでも、自身のセンスと嗜好を濃縮。
本作は、ライトが愛してやまないという60年代英国カルチャーをたっぷりと投入。
あの時代にタイムスリップ…なんて、その時代を知らない私が知ったような事は言えない。
が、赤、青、闇…光と影を駆使した鮮烈な映像美。
クラブなど60年代を再現したセット、本当に60年代のような雰囲気が感じられる街並みのロケ。
妖しくも美しい世界観に魅了される。
主人公はファッション・デザイナーの卵。お洒落な60年代英国ファッション。その相乗効果もあって見所の一つであり、衣装もヘアメイクもキャラを表す重要要素。
『ベイビー・ドライバー』に続き、劇中彩られる楽曲の数々。私は音楽に疎く、60年代英国音楽なんてまるで知らないが、ライトが厳選チョイスした音楽センスには虜にさせられる。本当に今回も、展開や作品世界やキャラの心情とベストマッチ!
衣装や音楽のみならず、今回も健在の映画ネタ。
作品自体、60年代英国サイコ・スリラーからインスパイア。他にもオマージュや小ネタが満載だという。
個人的に楽しませて貰ったのは、『007』ネタ。夢の中で60年代にタイムスリップした時、劇場に『サンダーボール作戦』の看板。クラブで“ヴェスパー”という名のカクテルを注文し、バーテンダーは“ジェームズ”。一人暮らしを始めた下宿の大家老女は、『女王陛下の007』のボンドガール、ダイアナ・リグ。
ひょっとしたらこれが縁で、ライトが次の『007』の監督になったり…?
そうなったら楽しみだが、コメディ、SF、アクション、ホラー、ドキュメンタリーと多岐に渡るジャンルを手掛け、次は…?
ちょっと期待したいのは、ミュージカル。楽曲センスは申し分なく、劇中でも開幕歌って踊るエロイーズやクラブの舞台で歌唱パフォーマンスを披露するサンディなどのシーンからかなり期待出来そう。MVも手掛けているという。どうでしょう、ライトさん…?
何はともあれ、ネタが尽きない監督である。
トーマシン・マッケンジーとアニヤ・テイラー=ジョイの若手二人にパーフェクトKO!
田舎から出てきたばかりで垢抜けないナチュラルなマッケンジーのキュートさ! ジェニファー・ローレンス似の都会に感化されたイメチェン。精神状態破綻寸前の渾身の熱演。『ジョジョ・ラビット』で見る者を魅了した彼女がまた一歩、飛躍。
当初はエロイーズ役だったらしいが、結果的にサンディ役で良かったと思う。妖艶で自身に満ち溢れていて、男たちを魅了。謎めいた佇まい。それらがアニヤのビジュアルにピタッとハマり!
甲乙付け難く、ライトの才気と共に、この二人の存在が作品をより魅力的にしている。
若手以外でもいぶし銀のテレンス・スタンプら英国名優キャスティングにライトのこだわり。中でも、大家老女=ミズ・コリンズ役のダイアナ・リグが場をさらう。オチ含め重要キャラ!
さて、そのオチ。感じた事も兼ねて、ネタバレチェックをして、触れたいと思う。
その昔、殺されたと思われたサンディ。当時を“よく知る”ミズ・コリンズが衝撃の真実を明かす…。
実はミズ・コリンズこそ、サンディ。サンディは殺されたのではなく、生きていた。
いや寧ろ、事件の被害者ではなく、事件の犯人。
自分を食い物にしようとする男どもを次々と、この下宿の今エロイーズが住んでる部屋でめった刺し。
亡霊はミズ・コリンズに殺された男たち。未だ成仏出来ずこの世をさ迷い、エロイーズに助けを乞う。
ミズ・コリンズの刃はエロイーズにも向けられる。
夢の中でシンクロして、時を経て奇妙な繋がりを持った二人。まさか、殺すか殺されるかのショッキングな展開に…。
…と話の流れはそうだが、私はちょっと別の印象も受けた。
ミズ・コリンズ…つまり、サンディも“被害者”なのだ。
歌手になるという夢を見て、このロンドンにやって来たサンディ。
そんな彼女をたぶらかし、娼婦の仕事をさせたクラブのポン引き。
そんな彼女をお楽しみ目的で買った男ども。
多くの人を殺めたサンディの行為は許されるものではないが、男どももゲスい。
エロイーズもそうなってたかもしれない。
これは突飛な解釈かもしれないが、精神錯乱状態に追い込まれながらも、エロイーズがミズ・コリンズと同じ過ちをしなかったのは、過去からのサンディの声。警告や助けでもある。
ラスト、炎に包まれゆくミズ・コリンズは哀しく憐れ。
でも、これでやっと彼女の哀しみと憎しみに終止符が。
数奇な運命で異なる時代、同じ場所で繋がれた二人。
私の中のもう一人の私。
光と影。
魅惑と背徳。
最後はしっかりヒロインのサクセス・ストーリーとして締めて、意外や後味も良し。
ライトが誘うきらびやかでめくるめく60年代ソーホーの夜に酔いしれる。
お邪魔します。
ハイセンスで若々しく才気溢れる作品でしたね。
近大さんのレビュー、読み応えたっぷり、満喫しました。
私のレビューなんて、ホントに恥ずかしい・・です。
読んでいただけたら嬉しいです。