「見事にしてやられた爽快感がある」ラストナイト・イン・ソーホー 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
見事にしてやられた爽快感がある
恐ろしくもエロティックな作品である。舞台がソーホーというからニューヨークかと思っていたら、ロンドンのソーホーだ。紹介された街は性風俗の歓楽街だが、男はみんなスーツやタキシードで女はドレスである。東京で例えると、歌舞伎町というよりも銀座と浅草と吉原を一緒にして、少しコンパクトにした感じである。わかる人にはわかると思う。
誰の言葉か知らないが「歌は世につれ、世は歌につれ」と言われる。時代の象徴が歌だが、歌の変化によって時代もまた変化する、相互的な変化の様子を一言で表した名言である。
本作品も1960年代の歌がヒロインをその時代に連れていく。ヒロインがいわゆる「見える人」であるところから、同じように自信満々で田舎からロンドンに出てきた少女とオーバーラップする。最初は楽しく、その後は徐々に不幸に、悲惨になっていく。
1960年代のロンドンは、現在の東京よりもはるかに女性がエロティックに見える。そうでなければ生きていけなかったのだろう。作品に登場する女性はデコルテを露出させて胸の谷間を強調する服装が多かった。ヒロインもそうである。現在の東京ではそういう女性はほとんど見かけない。夏の渋谷にときどき出没しているくらいだ。
ということで、本作品は立場の弱い女性が性的にしか生きていけなかった、かつての不幸の時代を描きつつ、現在のホラーとなっていて、過去と現在の二重構造が興味をそそる。前半は微妙にダレて、大家と実の祖母の二人のおばあちゃんが鬱陶しかったが、後半は一気にホラー感が増して、驚愕のラストに突入していく。服装の変化も見事で、ヒロインが服飾学校の学生という設定が生きている。歌が物語を引っ張り、物語も歌に引っ張られるという、とても洒落たホラー映画である。観客としては、見事にしてやられた爽快感がある。観終わると、何故かリッチな気分になった。