「都市がひとをつくる サウンドスケープ、微熱感覚」ラストナイト・イン・ソーホー マユキさんの映画レビュー(感想・評価)
都市がひとをつくる サウンドスケープ、微熱感覚
60年代の「魔都」ロンドンで夢を叶えられず、男たちに食い物にされたサンディの無念さや怨念が、現代のエロイーズに感染して、幻影を見せる。
エロイーズは『シャイニング』的な「視る力」を持ち、また、デザイナーを目指して努力しているが、都市的環境の中で葛藤している女学生であり、サンディと共通する悩みを抱えてもいる。60年代には挫折させられた夢が、現代では開花し、女性が自己実現を果たせるようになったところは、時代の変化を感じさせる。
同時に、エドガー・ライト監督の都市への眼差しが独特で、猥雑さに満ちたロンドンの活気が、現代ではソフィスティケートされ、失われた様も匂わせている。「匂いのある街/ない街」に、フランス的女性の二類型「イノセント/コケティッシュ」が重ねられる。「匂いのある街」は、コケティッシュなサンディが闊歩するにふさわしく、「匂いのない街」は、いけてないエロイーズが迷走するにふさわしい。
たしかに、60年代に比べて社会は進歩した。だが、失われた「匂い」「空気」もある。そんな追憶が切ない作品だ。
『ベイビー・ドライバー』で、巧みなBGMの使用でサウンドスケープを立ち上がらせた監督は、本作では都市の描写により、そこで生活する人間が必然的にそうならざるを得ない姿を浮かび上がらせた。都市がひとに浸透し、ひとが都市につくられる。
ちなみに、オーディションと称され、サンディが初めてステージで歌うのが、ペトゥラ・クラーク「恋のダウンタウン」。ジェームズ・マンゴールド監督『17歳のカルテ』のエンディングで流れる曲で、思わず少し泣いてしまった。映画的記憶に訴えかけるエドガー・ライト監督の音楽の使い方は絶妙だ。