「ファンタジーかミステリーかホラーか…物語のマジックを彩る美しい限りの映像マジック」ラストナイト・イン・ソーホー kazzさんの映画レビュー(感想・評価)
ファンタジーかミステリーかホラーか…物語のマジックを彩る美しい限りの映像マジック
少女の自立の物語かと思いきや、予想外の展開をみせるスピリチュアルホラーだった。
ミュージカル風で明るいオープニング。だが、なんとなく怪しさも秘められている。
少女がロンドンのファッションデザイナー専門学校に合格し、田舎から都会に一人旅立つことが説明される。どうやら、祖母と二人暮らしでオールディーズ歌謡曲をこよなく愛するこの少女には、亡くなった母親の姿が鏡越しに見えるようだ。
喜び激励しながら送り出す祖母だが、過剰に心配しているように見えて意味深だ。
さて、祖母が注意しすぎたからか、やって来たロンドンの中心街ソーホーは、げに恐ろしい街のように彼女には見えた。
合格したことに飛び上がって喜んだくらいだから入学が狭き門のエリート学校かと思われたが、同級生たちの素行は極めて悪く、都会の夜の街で羽目をはずすことに躍起だ。
そんな乱れた同級生たちから離れたくて少女は寮を出る。
ここから、幻想と現実を往き来する目眩く映像マジックが展開する。
主人公のエロイーズは夢(?)で歌手を目指す女の子にメタモルフォーゼする。現実世界に戻った彼女がその歌手に感化され金髪に染め上げると、演じるトーマシン・マッケンジーは驚くほど美しく変貌する。
その歌手サンディ役のアニャ・テイラー=ジョイは、今注目の女優らしい。なんとも不思議な顔立ちで、美しくもあり奇妙でもある。「恋のダウンタウン」をスローテンポで歌うシーンは見せ場だ。
エロイーズとサンディがシンクロした場面では、鏡の向こう側とこちら側という珍しくはないアイテムを用いながらも、斬新な映像が体験できる。CGではないアナログを重ねた特殊効果には目を惹き付けられる。
サンディが現れる場面で、映画館に「007/サンダーボール作戦」の看板がかかっていることから、エロイーズは'65〜'66年にタイムリープしたと思われる。
最初、サンディはエロイーズの亡くなった母親なのかと思ったのだが、時代が一世代違う。ちょうど彼女の祖母の世代だ。
エロイーズが見つけた格安下宿の大家である老婆を演じたダイアナ・リグは、「女王陛下の007」のヒロイン役だった女優で、本作が遺作となったとのこと。'65〜66年の彼女はテレビシリーズの主役に抜擢された新人女優の頃で、まだ「007」に出演できるなど予想もしていなかっただろう。
私にとってのソーホーは、ニューヨークのダウンタウンで芸術家が集った街だが、本作の舞台はロンドンのウエストミンスター区にある一画で、こちらの方が伝統的だ。
エロイーズが進学して移り住む現代のソーホーは、高級レストランが建ち並び流行の先端を行くファッションの街…のはずだ。が、60年代は映画館や劇場と共にショーパブや風俗店が集まった歓楽街で、ショービズのステージを夢見て吸い寄せられた少女たちが裕福な男たちの喰い物になってしまう裏社会もあったのだろう。
デザイナーへの熱い夢を持ちながらも自分を表に出しきれないエロイーズが、歌手になるための売り込みにアクティブなサンディに憧れを抱き、感化されたことで自らも才能を開花させていく青春ファンタジーは、エロイーズの急激な変化に危険性を匂わせていて、やがて映画はミステリーへと変調していく。
謎の老人をテレンス・スタンプ(=ゾッド将軍fromスーパーマン!)が正に怪しく演じていて、ミステリーがホラーへと更に変調する予感を漂わせる。
果たして、サンディが望んで飛び込んだ世界はにはどんな罠が待っていたのか。
夢を抱いて都会に出た少女は、いったい何から身を守らなければならないのか。
エロイーズにまとわりつく幽霊たちは、助けるべき犠牲者だったのか。
…何が謎なのかが見え始めるに連れて、エロイーズの精神崩壊が始まる後半の勢いが凄い。
そして、過去の恐ろしい事件が見えたとき、被害者と加害者が逆転し、悲劇のヒロインが誰なのかをやっと知ることができるのだ。
「大河への道」と「ラスト・ナイト・イン・ソーホー」に共感そしてコメント
ありがとうございます。
kazzさんのレビュー凄過ぎます。勉強になりました。
主役の2人の女優の魅力が最大限に引き出されていましたね。
「大河・・・」も「ラストナイト・・・」
どちらも好き。思い入れは強くても中々論理的には書けません。
勇気を頂きました。感謝です。
ブラック・ウィドウへのコメントありがとうございます。
私の知らないことばかりで勉強になります。
映画って、色々な教訓を与えてくれるのに(それこそ、この仕事は誰のため?なんてテーマの映画もあるわけで)、業界の勢力やら利権やらで、(劇場か配信かの選択権のないまま)ないがしろにされる一般の映画ファンがやるせない思いを強いられるのは、何かがおかしいですよね。
確かに、助けに来てあえなく殺られてしまう、というよくあるパターンを、私も想定してました。そういうシーンも一応撮っておいて編集でカットした、なんてこともあるかもしれませんね。
『映画大好きポンポさん』を、見てからはそんなことも想像するようになりました。
今晩は。
”メタモルフォーゼ”という単語を久方振りにこの映画サイトのレビューで拝見しました。(私が最初に学んだのは、小学生の時に読んだ筒井康隆の「メタモルフォセス群島」でした。
それにしても、ネタバレ無しにここまで、的確なレビューを書かれる技量には敬服です。(私の最近のレビューはネタバレでの粗筋を追ったレビューばかり・・。スランプです。)
では、又。