「傷ついた人が回復するということ」春原さんのうた kkmxさんの映画レビュー(感想・評価)
傷ついた人が回復するということ
ほとんど物語らず、一般的なストーリー展開はないですが、とても豊かな作品だと感じました。グッドガーエーです。
本作は、大きな喪失を体験したカフェで働く女の子・サッちゃんがその傷を少しずつ回復させていく話です。しかし、喪失の乗り越えをするようなイベントや激しい葛藤描写は特に無く、淡々とサッちゃんの日常生活を丁寧に描いていく作風でした。そして、これがめちゃくちゃグッと来ます。
サッちゃんと周囲の人たちとの関係が素晴らしく、心に残りました。周囲の人たちはみんなサッちゃんを思い遣っています。特別なことはしませんが、サッちゃんの近くにふんわり居るんですよ。このふんわり居るような関わりが、傷ついた人にはめちゃくちゃ必要なのではないか、と感じました。
そして、サッちゃんとおそらく同じような傷を抱えているであろう人との緩やかな出会いもなかなか良かったです。サッちゃんの住んでいるアパートの前の住人の恋人と思われる女性との会話は印象深いです。この女性も実はサッちゃんという名前だったり、ヘンテコながらもじんわりと沁みる歌を歌ったり、サッちゃんが号泣したり、こういう交流ってきっとすごくお互いにとって意味があるんだろうなぁと感じます。あと、何気に序盤にサッちゃんが道案内した子も、きっと同じような喪失を抱えていたのかも…なんて想像したりしてます。
サッちゃんの回復が確実に描かれているのも素晴らしいです。序盤からサッちゃんはテンションが一定で、特段傷ついてますよ的な記号っぽい表現はゼロなんですが、明らかに回復しているのが伝わる。後半、サッちゃんが髪の色を明るくするのですが、この姿を見て「おお〜!」と感動しました。着実にサッちゃんが戻ってきている感じが雄弁に伝わってきます。それがホントに良いです。
終盤にお友だちがサッちゃんちに来た時、ケーキを3つ買ってきて、そのあと手紙を燃やす儀式的なシーンがありました。淡々としていながらもここはクライマックスで、切なくなりつつ、なんか温かな気持ちになりました。サッちゃん頑張ったなぁ、ピリオド打てたんだなぁ。
あと、本作は冒頭は異なるものの序盤〜後半くらいまでは夏の話なのですが、21世紀日本風の猛暑感が伝わってきません。なんだか、昔の夏みたい。最高気温が32度くらいで、夕方になると過ごしやすくなる、みたいな。サッちゃんが住むアパートもオールドファッションであり、ノスタルジックな空気とヒーリングはなんらかの関連があるのかなぁと連想しました。
そして本作、印象に残るシーンというか映像が多く、長きに渡り心に残る作品となるかもしれないです。個人的に、ダルデンズとかヤスミンとかホド師匠とかハマとか、強烈に残っている作品群以外は結構内容忘れるのですが、映像は記憶に残り続けるんですよね。その記憶から物語を想起することも多いです。
本作は叔父さんとの河口湖ツーリングとか、カフェの2階をスクリーンにしてサッちゃんの映像を映す場面とか、フェリーから見る朝焼けとか、画としてくっきり残るシーンが多いです。本作ではやたらと写真を撮る場面が出てきますが、もしかするとこの感覚と少し関連しているのかも知れないです。
本作はとても優しいです。しかし、非常にリアルで甘くない。真っ当な優しさが描かれている映画だと思います。