ロボット修理人のAi(愛)

劇場公開日:2021年7月10日

ロボット修理人のAi(愛)

解説・あらすじ

実在するロボット修理人の乗松伸幸さんをモデルに、ロボット修理の天才的な技術を持つ少年が依頼品のAIBOをめぐり過去と向き合い、新しい絆を育む姿を描くヒューマンドラマ。古い家電からロボットまで、幅広く修理を請け負う工房で働く16歳の倫太郎は、孤児として育ち、高校を中退してバイトをしながら独学でロボットの勉強をしていた。そんな中、東京のひとり暮らしの老婦人からペットロボット「AIBO(アイボ)」の修理を依頼される。依頼人の亡き息子が残したというAIBOは、音声装置とメモリーが壊れていた。その頃、倫太郎は発声障害のある14歳の少女すずめと出会い、仲良くなっていた。依頼品として預かったAIBOとすずめとともに榛名湖のダイダラ祭りへ行った倫太郎。湖にはよみがえりの伝説があり、願いがかなうと亡くなった人がよみがえるという。祭りの帰り道、AIBOがとある録画映像を映し出したことで、倫太郎は思いがけない過去を知ることになる。主人公・倫太郎役は「ロック わんこの島」などで子役として活躍し、以降もさまざまな作品に出演している土師野隆之介。監督は「ムーランルージュの青春」「道しるべ」の田中じゅうこう。

2021年製作/108分/日本
配給:トラヴィス
劇場公開日:2021年7月10日

スタッフ・キャスト

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夕焼け劇場 presents (C)2021 GENYA PRODUCTION ROBOT REPAIRBOY

映画レビュー

4.5 この状況下で求めるもの

2026年5月22日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

『ロボット修理人のAi』――壊れた時代と、奇跡を待つ人々
2021年の作品『ロボット修理人のAi』には、間違いなくコロナ禍の空気が流れている。
それは単に「マスクをしていた時代」の記録ではない。
もっと深い、人間関係そのものが壊れてしまった時代の感触だ。
接触を避け、
距離を取り、
孤立し、
誰もが疲弊していた。
本作は、そんな時代に対して、「人はどう他者と繋がるのか?」を問い続けている。
主人公・倫太郎は16歳。
高校を中退し、複数のアルバイトを掛け持ちしている。
その背景には、幼少期のネグレクトがある。
3歳までの記憶がない。
父は事故死し、母は風俗店で働きながら壊れていった。
彼は、普通の青春から切り離された場所にいる。
だが本作は、その特殊性を必要としていた。
なぜなら倫太郎とは、単なる一人の少年ではなく、“壊れた時代”そのものを背負った存在だから。
冒頭から、本作には奇妙な時間の歪みが存在する。
既に亡くなっているはずの森田先生夫妻。
湖で溺れかけたことを言い当てる言葉。
「人生で奇跡は二度起きる」という台詞。
ここで映画は、現実だけでは説明できない領域へ踏み込む。
だが、このファンタジーは、単なる物語装置ではない。
本作はおそらく、
「現実が救ってくれないなら、神話でもいいから介入してくれ」
という祈りを描いている。
だからこの映画は、AI論やSF論へ進まない。
「Aiは愛だったのか?」
という問いは、もちろん存在している。
だが、本作はその哲学的地点へ到達する前に立ち止まる。
なぜなら、登場人物たちはその前段階で既に壊れているから。
彼らはまず、
「なぜ誰も助けてくれなかったのか」
という場所にいる。
だから湖の伝説も、
時間の歪みも、
20年ぶりのダイダラ祭も、
“設定”ではなく、“救済願望”として存在している。
そして本作をさらに興味深くしているのが、倫太郎という存在の“戦後日本性”だ。
彼は政府も社会も信用していない。
正確には、信用できなかった。
だが彼は、「自分たちが作るもの」には希望を託している。
ロボット修理とは象徴的だ。
人間は壊れても修理できない。
だが機械は修理できる。
しかも、修理されて喜ぶ顔を見ることができる。
つまり倫太郎は、
「修理可能な世界」
にだけ希望を見出している。
これは戦後日本とも重なる。
敗戦によって国家や理念が崩壊したあと、人々が信じたのは、
• 家電
• 工業
• 技術
• インフラ
• “自分たちの手で作るもの”
だった。
思想ではなく、機能。
理想ではなく、修理。
焼け跡から立ち上がった日本は、「壊れたものを直す」ことで再生していった。
だが、その裏で修理されなかった人間も大勢いた。
心を失った人々。
孤独を抱えた家庭。
沈黙した感情。
倫太郎の家庭環境は、まさにその“修理されなかった側”にある。
だから彼は、人間ではなく機械へ向かった。
ここで重要なのが、森田夫妻のキャスティングだ。
大村崑 と 大空真弓 。
この二人が画面に現れた瞬間、作品には「昭和」が流れ込む。
しかもそれは、懐かしさとしての昭和ではない。
戦後を生き延びた身体としての昭和だ。
高度経済成長期。
テレビ文化。
家電と未来。
“明日は今日より良くなる”と信じられた時代。
つまり森田夫妻とは、
「かつて日本が信じていた再生の時代」
そのものの亡霊なのかもしれない。
そしてその亡霊が、コロナ禍後の少年へ向かって、
「人生で奇跡は二度起きる」
と言い残す。
本作の終盤、倫太郎は大学の物置に眠っていたロボットへ、スズメそっくりの皮膚を与え、Aiを搭載する。
この行為は、単なる未来技術ではない。
それは、
「もう二度と返ってこない沈黙」
に耐えるための行為だ。
Aiは、本物の妹ではない。
失われた時間も戻らない。
それでも倫太郎は、“応答”を作ろうとした。
そこには、コロナ禍後の世界が重なる。
会えない。
触れられない。
孤立する。
失われる。
それでも人は、画面越しでも、AIでも、何かからの応答を求めてしまう。
だから『ロボット修理人のAi』は、SF作品というより、
「壊れた時代、人は何を相手に生き延びるのか」
を描いた寓話だったのかもしれない。
そしてこの映画は、完璧な作品ではない。
設定は粗く、
説明不足も多く、
感情の運び方も歪だ。
だが、その歪さを単純に欠点として切り捨てにくい。
なぜなら本作そのものが、
“壊れた時代”から生まれた物語
だから。
戦後日本がそうだったように。
そしてコロナ禍がそうだったように。
人間は、壊れたあと、
理屈より先に、
まず奇跡を求めてしまうのだろう。

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R41

0.5 プロット・脚本がひどすぎる。もう少しレベルを上げないと映画を作った意味がない

2026年3月2日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

他の方のレビューで、ロケ地の榛名湖をほめるものがあったが、ほめるとするとそこくらい。榛名湖と榛名山を見渡せる山の上からの景色は気持ち良いと思った。

脚本がひどい。そもそもの設定が不自然だし、「おかしいでしょ」と感じるエピソードが続く。お祭りに向かうクライマックスのエピソードは特に変。伏線の回収の仕方も強引なので、感動させたい場面でも「それはおかしい」と感じてしまう。

セリフが不自然なので、演技も不自然になっている。役者が全員、素人に見えてしまう。
せっかく映画を撮るなら、もう少しレベルを上げる努力をしてほしい。

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p.f.naga

5.0 美しいファンタジー

2024年4月25日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

泣ける

楽しい

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Fukahori

0.5 親はなくとも子は育つ

2024年3月30日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD
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odeonza

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