劇場公開日 2022年1月28日

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「決して悪くはないと思うけど、要事前チェック?」クレッシェンド 音楽の架け橋 yukispicaさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5決して悪くはないと思うけど、要事前チェック?

2022年1月31日
PCから投稿

今年27本目(合計300本目/今月27本目)。
 ※ このひとつ前に「地球外少年少女」をみましたが、これにレビューの需要はないと思うので飛ばします(実際は、前編3話、後半(2月とのこと)3話で構成するようです。また、「描写は実際の天文、物理…等には関係はありません」とはでますが、天文に関してはおおむね妥当な説明がされています)。

 さて、こちらの作品。
この映画は確か「実話ベース」ということで前評判があったのではないか…と思います。ただ、ちゃんとここの紹介や公式サイトを見ると、

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世界的指揮者のダニエル・バレンボイムが、米文学者のエドワード・サイードととともに1999年に設立し、イスラエルと、対立するアラブ諸国から集まった若者たちで結成された「ウェスト=イースタン・ディバン管弦楽団」をモデルに描いた。
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 …とあるように、そのような楽団があったこと、これ自体は事実ですが、それを参考にしているだけのようです。事実、映画内では年の表記など一切ありませんが、スマホ(LINEか何かを使っている模様)からすると、2015~2020年程度の出来事だと解するなら、その時の「当事者のその後はこうで…」といったことは出るからです。それらは一切ないんですよね。つまり、「史実に基づく」のは「きわめて大きな枠でいえば」そうなるが、実際には「そういう楽団が実際にあった」ということ、それをベースにしているのであり、(コロナ問題はとりあえず度外視して)現在の実話ベースの物語ではない、ということに注意しないと、この手の映画でよくある、「実話に基づく」とか「●●に捧げる」とかという話は一切出てこないので、????という状態になります。

 音楽を扱った映画なので、ここは理解はある程度必要です。特にギターやホルンなど。実にいたる楽器の練習法について細かい語句が出ます。とはいえ、すべての楽器に通じている方というのはまぁまぁいないんじゃないかなと思うし、わからないと理解できないということはないので、そこは仕方がないかな…と思います。

 さて、この映画は主人公が多数登場します。誰か「一人」を主人公に取ることはちょっと難しいかなと思います。とはいえ、普通に考えれば、彼ら彼女らに音楽を教える男性、この男性が主人公という立ち位置に取ることも可能です。
この男性も「自分の親がナチスの要職についていたので、終戦直後殺されてしまい、自分自身もつらい思いをした」といった発言をしているように、そこそこ知識がある方です。

 しかしそうであれば、この映画のテーマ、すなわち、イスラエルとパレスチナ問題について、「音楽だけで乗り越えようとする」という点にかなりの違和感がありました。
何度か書いていることですが、特にパレスチナ問題は、確かにドイツ(ナチスドイツ)も状況を悪化させましたが、大元はといえば、イギリスの「サイクス・ピコ協定」に始まる、イギリスのいい加減な条約・宣言がどれもこれも矛盾して、「すべての相手国のメンツを立てた」ために、この「イスラエル/パレスチナ問題」を回避すべく作られた今の国境は摩訶不思議な国境が作られてしまっています。また、この「いい加減さ」にどちらもが納得せず、戦後(第二次世界大戦後)も紛争が発生したのはご存じの通りです。

 ※ ISIS国でさえ、ISISが「国である」という根拠を「サイクス・ピコ協定」に求めたくらい、この「サイクス・ピコ協定」は多くの人を傷つけた条約なのです。

 すなわち、どこまで取るかは微妙にせよ「両親がナチスの要職についていた」と語る主人公は、音楽以外にもこのようなこと(日本では、高校世界史でも習います)を知らないはずがなく、本来的には「音楽で乗り越える問題「だけではない」」問題であるのに、イギリスのこの話を一切しないのです。

 ※ これは、だからといってこの手の映画のたびに「イギリスを叩くようにサイクス・ピコ協定」を出さなきゃいけない、ということでもありません。

 つまり、主人公の音楽教師役の方がそこそこ知識があるなら、なぜそのような話をみんなで集まったときしなかったのか…という点は残ってしまい(それは、ドイツが責任を逃れて、文句があればイギリスに言え、というのではなく、元はイギリスに責任がある、ということは、正しい認識としては伝える責務はあるでしょう)、うーんどうだろう、「音楽版スポコンアニメ」というのもよくないですが、こういうセンシティブな話題を「音楽だけで乗り越えることの危険さ」はあるかと思います。

 そして、この映画は意外な結末を迎えるのです。ここについてはネタバレなしなので回避します。

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 (減点0.5) 要は上記のことが全てで、そもそも、この手の話題を扱う映画で「サイクス・ピコ協定に触れない」は一律0.2扱いで減点していますが、本作品はそれを出さず「音楽で乗り越えよう」という精神論になってしまっている点(かつ、集められた人たちはいい大人なのだから、サイクス・ピコ協定くらい理解しうるはず)、さらに、「歴史は歴史として正しく伝える責務がある、一定の地位にある人が、それを触れない」というのは、うーん、何というか、「イギリスを叩く映画」ではないのは確かなものの(本映画にはイギリスは一切出ません)、ちょっと「それは違うんじゃないのかな?」という点は強く思いました。
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yukispica