「かっこいい男になれる日も遠くないかもしれない」明け方の若者たち 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
かっこいい男になれる日も遠くないかもしれない
荒井由実作詞の「スカイレストラン」という歌がある。日本のコーラスグループのハイ・ファイ・セットが歌った。ソプラノの山本潤子の美しい歌声が記憶に残る。次の歌詞で結ばれている。
なつかしい電話の声に 出がけには髪を洗った
今だけは彼女を忘れて わたしを見つめて
北村匠海が演じる主人公にとって、来ないで欲しいけれども確実にやって来るその日がある。それまでは自分だけを見つめてほしい。男も女も同じだ。「かっこいい男になれ」と尚人は言う。その通りだ。それしか生きる道はないじゃないか。でも、かっこいい男って何だ?
アニメ映画の高校生の恋じゃない。大人の恋だ。エロティックな部分も当然描く必要がある。ならぬ恋の最初のセックスは、これでもかというほどいやらしく激しく盛り上がらなければならないのだ。監督のその思いを汲んで、黒島結菜はキスするときに一生懸命に舌を突き出していた。
しかし北村匠海がそれに応えたとは言い難い。そこは思い切りよくいってほしかった。ちなみに互いに舌を出して、舌先を舐め合ったり舌を絡ませたりするキスのことをピクニックキスと言うらしい。
松本花奈監督がラブホで二人にやらせたかったのはピクニックキスに違いないと直感した。しかし北村匠海にはまだ覚悟が足りなかった。そして若い松本監督は北村匠海に遠慮したのか、そこまでの演出ができなかったようだ。少し残念である。
社会人になって淡々と仕事をこなすだけの日常になると、馬鹿をやった学生時代のように時間を濃密に感じることができなくなる。性風俗に行ったり、ガールズバーでエロティックな会話をしたりする。
学生時代に「内定をもらった俺たちは勝ち組だ」と叫んでいた奴の末路が悲惨である。悲惨だが笑える。勝ち組だと喜べなかった自分は間違っていなかったのだ。少しだけホッとする。電通女は社員寮から飛び降りたりしていないかしら。
ガールズバーで「エロく聞こえるけど普通の言葉、山手線ゲーム」というのをやっていて、これが面白かった。そのシーンで聞いた言葉は「アナリスト」しか覚えていないので、少し足してみる。
パチ、パチ、アナリスト!
パチ、パチ、尺八!
パチ、パチ、水戸黄門!
パチ、パチ、オマンジュウ!
パチ、パチ、チンチンデンシャ!
パチ、パチ、アイナメ!
パチ、パチ、簿っ記!
パチ、パチ、フェラーリの千代ちゃん
ブブー。ひとつの言葉じゃねえし。
おあとがよろしいようで。
ガールズバーに行っても性風俗に行っても、主人公の心についた傷は一生消えることはないだろう。しかし誰もが傷ついて生きているのだ。
寄らば大樹の陰の大企業。生活は保証されるが人格はスポイルされる。自由を放棄すれば楽な暮らしができるが、自由を求めると生活に困窮するだろう。しかしどこかで勝負をかけなければならない。
やりたかったことを忘れるなと尚人が言う。そんなことは解っていると主人公は言う。主人公が「かっこいい男」になれる日も、そう遠くないかもしれない。