秘密の森の、その向こうのレビュー・感想・評価
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さらりとしていて深い
大好きな祖母の死
母の死への喪失感
その現実に戸惑うふたり
それを上質の短編小説や
深い秋の日の映像詩に変換
物語を8歳の少女を通じ
優しく綴らせた。
そこに有るのは
戸惑いや悲しみ
そして喜び
彼女の超えた時空は
必然であり奇跡では無い。
勿論SFとも思わない。
室内へ差し込む光
風に揺れる木の枝の影は
恐れよりも生や息吹
その印象が強い。
静かな時間は流れ
静かな時間を見る
全編ほぼ音楽は無い
それは素晴らしい…が
後半出る楽曲の選択は
個人的には好きでは無い。
とはいえ、この監督、
上手いな、そう思う。
※
大切な1本
「文芸の香」がする。そんな映画を選ぶのも悪くないと思って。劇場では女装で観てきた作品←おいw
この映画もね、女装で観てきたんですよね Σ('◉⌓◉')エッ!
『フォレスト・ガンプ』→『カンフー・モンスター』→からの女装映画鑑賞第三弾でした。
ちなみに、その後は『ニュー・シネマ・パラダイス』→『音楽』だったです。
この春にでも第六弾を目論んでいるのですが。←懲りてないw
ちょいと離れた街の名画座で『ザリガニの鳴くところ』と同時上映だったと記憶してるです。
時間の都合で『ザリガニ…』は観ていないんですが。
周りをビクビク気にしながらの鑑賞でしたので、お話をほとんど覚えていないのが正直なところです。
「ちょっと男子ー!真面目に映画観てよー!」って話です。
そんなん別にええやん。スカート穿いて観に行くん楽しいんやもん。
なので、思い出しレビューを書くために、再度アマプラで真面目に鑑賞することに決めました。
主演の女の子ふたりが、大変微笑ましかった印象だけは強く心に残っていたので。
珍しく“文芸の香”がする作品でレビュー書くのもええじゃないか、と思っての真面目な再鑑賞です。
きっと私とは相性悪いと思うのですが。
書くにあたって、ヒキョーにも、まず皆さまのレビューを拝読しに行きました。
結果「みなさん真面目か!」でした。私みたいに女装で観に行った人なんて、ひとりもいらっしゃらなかったの。←当たり前です
そして、みなさん本当に文才あるんですよね。しっかりとした感想をコンパクトにまとめていらっしゃいました。
私の駄文とは大違いなの。←当たり前です
ここまで来るのが長すぎる!
アマプラで観るには苦手な字幕版でした。しかもフランス語ときたもんだ。さっぱりだ。
「セシ~ル~♪イロッフル・サ・コンフィアンス・エ・ソナム~ル」やっぱりさっぱりだ。
ごめんなさい、感想のお話でしたよね。
やっぱりさっぱりだ。
アホの私が観て感想を書くには、高尚すぎる映画でした。
とにかく終始、静かなお話なの。淡々と物語が進むの。何かドラマチックなことが起こるわけでもなく。
起・承・転・結 の区切りからして、よくわからなかったの。←アホやw
ただね、とても微笑ましいシーンが多かったと感じたんですよね。
木に向かってひたすらドングリ投げるとか。ドングリの皮剥いて笛にするとか。
ひとり寂しくパドルボールするとか。棒切れ振って森を散策するとか。お芝居のごっこ遊びだとか。
そんな時の仕草がや表情が、本当にかわいらしいって思ったの。
「それ、楽しい?」って思うんだけれど、娘たちが幼かった頃のこと思い出して、ついつい頬が緩んじゃったの。
「あぁ、あんなふうにして遊んでたっけ…(遠い目)」って。
汚れつちまつた大人にはわからない面白さがあったんだろうなぁ。
ごめんなさい、お父さん…女装して映画観に行くほどまでに汚れちゃったよ…汚れだよ!!
無垢すぎる少女ふたりが本当にかわいいと思ったの。ロリとかそーゆー不純な意味じゃなくて。←おい!
手に付いた土を払い落とすカットとか、ペンギンの子供みたいに、体を左右に揺らしながら“とてとて”と歩く姿だとか。そういう細やかなところのひとつひとつまで、いちいちかわいらしいと思ったの。犯罪者目線じゃなくて。←だから!
きっと監督さんは、あえて演技をさせなかったんでしょうね。“素の子供”のままの姿を撮りたかったんでしょうね。
アーティスティックな作品なので"✖✖がいる森"みたいなアホな展開にはならなくてよかったです。
でも初見時は、何かよからぬことが起きるんじゃないかと思って、ヒヤヒヤしながら観てたんですよね。女装で。別の意味でもヒヤヒヤしながら(笑)
冒頭のシーンでのママ。後ろからスナック菓子やらジュースを差し出されても、ひたすら前方注意の模範運転ったので、事故らなくて安心しましたよ。
このお話、タイムリープファンタジーのおとぎ話だったのですね。←今さらかよ!
はい、ネットの資料を読んでやっと理解できかけました。(できたとは言ってない)
アホの私には、それがどこで切り替わったのかがさっぱり???だったから。
ようやく物語1/3になって、自分がマリオンの娘であるとネリーが告白して、家に招くシーンまでは、やっぱりよくわかんなかったの。
でも、この映画ね、キャスティングがとても上手だと思ったの。ふたりの顔だちがあまりにもソックリなので、もしや!と思い、調べてみました。
やっぱり双子だったのですね。そして、ママ、おばあさまの親子三代に渡って、違和感なく面影がしっかりあったし。
あまりにも同じ顔だちなので、劇中でこんがらがってきたんですが。途中でやっと見分け方がわかったです。青の服がネリー、赤い服がマリオンだと。
私が書きがちな食事のシーンが、大変美味しそうに見えたんですよね。
冒頭のスナック菓子だとか、ふたりが雨の森で出会った時の、温めたミルクに何やらを浸して食べるシーンだとか。(オレオ?)
ママが作ったスープに細切りのチーズ溶かして食べるところだとか。←でもアレだけは、やっぱり不味かったの?ゲロ吐き遊びしてたし(笑)
物語も終盤の終盤になって、軽快な音楽に乗せてゴムボート漕ぐシーン。そこでやっと物語の佳境キター!って思ったの。
ここでマリオンが時間の間に消えちゃって、ネリーが悲しむ展開になるのかな?なんて思った自分はとことんアホでした。最後の最後まで静かな余韻のお話でした。
結局、なーんにもよくわからなかったのですが、観終えてから妙にほっこりした気持ちになれた作品でした。
セリーヌ監督ごめんなさい、アホの私にはやっぱり“文芸の香”がよく理解できなかったよ。
そこを楽しんでみようかと思った無謀なチョイスだったよ。
さぁ次回は、何観ようかな?ポテチみたいに大味なハリウッド大作か?はたまたどーしよーもないB級グルメ作品か?
雰囲気メイン
ファンタジー要素が霞むリアリティ
悲しみを癒すには
最初はじまって、お年寄りたちにさよならを言ってまわってるとき、部屋の中まで入っててやたら丁寧だなと思ったけど、ちゃんとあいさつしたかったからだと後からわかった。
亡くなるのはいつか分からないから、準備ができてなくて別れをちゃんと出来ない。
母と祖母に会うことができて、現実では話せない二人と話して過ごす時間がネリーを癒す。
時代は違うけど、本人たちの言葉はとても大きい。
派手さはないけど、静かで集中してると惹きつけられるいいシーンがある。
室内で昔と今がいつの間にか切り替わってることに驚いたり、集中してると映像的な仕掛けもある。
・ネリーの慎重な歩き方は(子供らしいのかもしれないけど)、室内のシーンはじっくり見てしまう魅力があった。一歩一歩がいい。
・車のシーンでお菓子を食べていいか聞いたネリーは二つほどサクサク食べて、お母さんにも食べさせてあげるとこ。
ドンドンあげる。ジュースも何も言わずに飲ませてあげて、後ろから首元を抱きしめる。気遣いのできる子で、お菓子ドンドンあげるのかわいい。
・秘密基地の小屋に紅葉がついた枝をさして飾り付けした後、ポッケに手を入れて満足げなシーンが好き。
・ヒゲを剃った後の二人の笑顔とセリフがいい
・寝たら明日に瞬間移動ってお父さんが言って切り替わるとこ好き。
・二人で完成した秘密基地を肩組んで見てるとこいい。
・未来の音楽を聴いたマリオン。
真顔で聞いていて、ニッと口角をあげて、いいじゃんな表情がいい。
・ボートで湖?を漕いでるシーンは楽しそうで羨ましい。絵本の冒険みたい。
近いもの同士だと垣根なく話せる。
親と子だと立場や役割が違う。
子供同士で同じ位置から話せた二人、本人から聞いた言葉は大きな慰めになった。
好きなセリフ
おばあちゃんとの「さよなら」や、
・マリオンのセリフ
「あなたのせいじゃない」
「私が悲しいのは私のせい」
・ネリーのセリフ
「謝らないで」
「いい時間だった」
何度も繰り返すセリフがあるとフランス語全く知らないけど言いたくなった。
ハッピーバースデーの曲を二回歌うとこ、私も真似して二回目は一緒に歌った。
あと、あいさつとか。
私は亡くなった人に会いたいと思ったことがない。
でも以前飼ってた犬にはずっと会いたいと思ってる。
映画見てすぐは自分の感受性が豊かではないからか、経験不足からか感動はそんなになく、おばあちゃんに会えたことの大きさを実感してなかった。
もし、亡くなった犬にもう一度会えたらと考えたら、理解でき、遅れて感動した。
身近な人が亡くなって、悲しみと後悔に苛まれてるとき、もう一度会いたい話したいとなる。この森でそれが叶う。
これは夢ではないと思うけど、夢のようなとか、夢にみたとか、望むけど叶わないものを見せてくれた。
エンディングの歌詞の一部
あなたと一緒に 子供でいる夢
あなたを離れて 子供でいる夢
二回目見て思ったこと
・お父さんが小屋?なんのことってなってて、
お母さんが忘れてるって言ってるとこ。
ネリーとのこと記憶が混ざってるんじゃないかな。
・最初の夜、ベッドでネリーを子供扱いだったけど、最後ネリーが「マリオン」と読んだらまっすぐ見て「ネリー」と嬉しそうに呼ぶ。
ネリーは自分が子供だとわかってるし、マリオンも自分はもう子供じゃないとわかってる。最後のシーンでは子供と大人で話してるんじゃなくて、ひとりとして接してると思った。あぐらかいて話す姿が変わらなくていい、見てるだけで泣けてきた。二回目はじわじわ感動した。
セリーヌ・シアマ監督はインタビューで、
子供の頃に会ってた記憶はあるか?の質問で
→それはどうでしょうか。私はそうは思いませんが。
と答えている。
重要なのは体験で、関係に何らかの影響が出ている。と
きれいな映像のもと終始まったりと…
全く知らない作品だったが、フランスものだし何となく好み系に感じ鑑賞。
冒頭の雰囲気はバッチリ期待通り。特にタイトルテロップの入り方はイケていて、名シーンと言っても過言ではないほどのできだ。
その流れで期待値マックスになったところからの、ラストまでまさかの鬼まったり感。本作上映時間72分が「タイタニック」よりも長く感じてしまったぞ。
確かに2人の女の子ちゃん達はとても可愛くほのぼのできたが、夢か現かよくわからんまま進む淡々とした展開に、危うく何度も寝落ちしそうになった。
本作はどちらかというと女性向け作品なのか、男性としては共感箇所求めて瞑想…もとい迷走しっぱなしだった(笑)
全体を通して個人的には正直期待外れと言わざるを得ないが、既述のオープニング以外にもラストシーンの母娘の掛け合いはふいに良い。なんだかんだ良い余韻が残り、ほっこりできる作品ではあった。
少女の後ろ姿を淡々と撮る。さすが女性監督。
『異人たちとの夏』とか『さびしんぼ』とか、大林宣彦監督作品をリスペクトしているなぁ♥
少女の成人女性に変わる前のズドーンとした幼児体が、かよわく無骨に何かを探し回る。その後ろ姿をこの演出家は、淡々と追いかける。鑑賞者として色々な思いが揺さぶられる。
最後はちゃんと『さよなら』って言えたね。
詩的で美しい情景。可愛らしい2人の少女。
心が癒されます。
祖母から母そして孫。3代の女たち。
「祖母の死」
後悔と喪失感。
8歳の孫のネリーはおばあちゃんが大好きだった。
祖母の家を後片付けに行く。
その森で秘密基地を作っているマリオンに出会う。
(2人の少女は双子らしい、そっくり!!)
そしてマリオンの家に招かれたネリーは、杖をつくマリオンの母親。
おばあちゃんの家と間取りの全く同じマリオンの家。
ネリーはマリオンに告げる。
「私はあなたの子供なの」
ありそうでなかった設定です。
セリーヌ・シアマ監督はインタビューでこう言っています。
アイデアに詰まったとき、
「宮崎駿ならどうする?」
だから宮崎駿の世界観の影響を受けて作られているとの事です。
祖母の死を乗り越える母と娘の物語。
喪失から再生のファンタジー!!
タイトルなし(ネタバレ)
8歳の少女ネリー(ジョセフィーヌ・サンス)。
祖母が亡くなり、両親とともに祖母が暮らした森の中に建つ祖母の家を訪れる。
遺品整理、実家整理のためだが、何をみても祖母を思い出し、心がつらくなるネリーの母マリオン(ニナ・ミュリス)は、突然、出て行って帰ってこなくなってしまう。
残されたネリーは、森を探検、奥にかつて母親がつくった粗末な小屋を発見し、マリオンと名乗る自分そっくりの少女(ガブリエル・サンス)と出会う・・・
といった物語で、喪失と癒しがテーマ。で珍しいのは、幼い娘が母親を癒すところ。
幼いネリーが幼いマリオンと出逢い、親密になっていく中で、マリオンの母親(つまりネリーの祖母)がいつ死んでしまうかを告げ、不安にならないようにとあらかじめ癒しを施す。
ひとはいつかは死ぬのだけれど、いつ死ぬかはわからない。
わかっていても受け容れられない。
受け容れるには長い時間がかかるかもしれない。
ネリーの母マリオンには、それはそれは長い時間が必要だったのだ。
不思議な魅力のある小品といったところですね。
監督は『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマ。
タイムスリップ
亡くなったおばあちゃんの家の片付けにきたネリーの家族。ネリーはママから聞いた森の中での話を探りに森へ1人で遊びに行く。
そこで出会った女の子と友達になるが、その子の名前はマリオン。え?雨が降ってきてそのマリオンの家に行くと、なんとおばあちゃんの家。え?マリオンはネリーのママ。
不思議な出来事をネリーなりに理解して幼いマママリオンとの遊びを数日楽しむ。
現実に戻り、おばあちゃんの家に帰ったネリーはパパにはそのことを話さない。理解してもらえないと思っているのか?最後の日に出かけていたママが戻っていた時、ネリーはママに話したんだろうか?ママは記憶の中に、幼い頃、森でネリーという女の子と遊んだ事を覚えているのかなあ。
心温まるメルヘン。自分の母、もしくは自分の娘とこんな経験ができたらなんか嬉しいなあ。してみたいよ。
ごっことささやき
オタキング氏の発言だが「映画は面白いかどうかを見るものであって、これをわかるかどうかって言い出すとアート系になっちゃうんですね。で、わかるかどうかで言い出すとすっごい作り手は楽なんですよ。」というのがある。
これは園子温を語る回から出てきたもので、それはわたしのような園子温大嫌い包囲網にいる人間にとっては頷き筋肉痛が発生するほど禿同な神回になっているのでぜひご覧いただきたいがアート系でも優れたアート系には面白いという見地がある。だから氏は園映画を“頭の悪い人が好きなアート系”と定義したわけなのだった。
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映画を見て「わかる」から評価を高くする──ことはしたくない。
「わかる」から高評価すると、つまんなくても支持することになり、じぶんの気持ちにあざむくことになってしまいかねない。から。
とはいえPros側に「面白い」と「わかる」しかないのは不便だ。
アート映画には「興味深い」という見地があると思う。
園子温とセリーヌ・シアマを比べたとき、その引き出しのちがいは、中学生が見てもわかる。
情報量や含蓄や着眼点や隠喩や多様性、バランスと達識と経験値と、それら無形のものが画に込められて「興味深い」という捉え方ができると思う。
その点セリーヌ・シアマ監督の映画は興味深い。なんとなくベルイマンぽい感じもある。イルディコー・エニェディというハンガリーの監督の心と体とという映画があったけれど空気感が似ていると思う。前作燃ゆる女の肖像を興味深く見たが、それは面白く見たと同義だと思う。退屈しなかったんだから。・・・。
このアート系を巡る考えの緩衝地帯にいるのが、例えばウェス・アンダーソンだ。
フレンチ・ディスパッチどうでしたか?俺は面白くはなかったぞ。だけど興味深かったかな。でもあざとかったな。だけど頭の良さはわかりすぎるほどわかった。アンダーソンがやった散文と園子温がプリズナーズ・オブ・ゴーストランドでやった散文なんて比べようがない。だけど業界のウェス・アンダーソンわかってますオーラは好きじゃないな。ムーンライズ・キングダムが一番いいな。・・・。
映画を「興味深い」と、捉えたとき好き(好ましい)という立脚点が加わらなければならない。と思う。
「興味深い」だけだと弱いからだ。例えるならカンヌの「ある視点」。あるいはリューベン・オストルンドやミシェル・フランコみたいな。「興味深い」だけの映画はアート映画というより実験映画に区分される。ような気がする
ウェスアンダーソンはまちがいなく興味深い。だが好きかどうかは人それぞれ。だけどムーンライズは好きだった。──という考察において、ウェスアンダーソン評価がアート系映画を巡る各人の考察のバロメータになろうかと思う。
セリーヌシアマには明らかな好ましさがある。燃ゆる女の肖像はいうに及ばずこれも少女時代の多感をファンタジー風につづっている。なんらかの「ごっこ」によって形成期の心象が語られる。抽象的だが興味深く、好ましかった。
ビクトルエリセのミツバチのささやき(1973)という名画をご存知だろうか。すこし大げさに言うとあれを彷彿とさせた。
母娘の関係はまた独特なのか。
母親と娘との関係は、父親と息子との関係とは、また違う人間関係なのかとも思います。そう思ったのは、実は、家内と(まだ子供だった)娘との口論を聞いたときでした。
息子が小学生でも高学年か、中学生くらいになると、さすがに一端の理屈を構えてくることもあるので、評論子と口論のような状況にもなったりもすることがあります。
それでも評論子には「相手はまだ子供」ということが意識の何処かにはあるのですが…。
しかし、同じ年頃の娘と母親(家内)との口論を聞いていると、まったく対等な「女同士」のような言い争いでした。
(母親=家内の目線からは、相手はまだ子供だという意識は窺えないような感じ。)
そう考えると、本作のネリーも、母親マリオンから聞いた、まだマリオンが子供だった頃の話を、自分と同い年くらいの歳の子供として目の前に現れたマリオンに、何の不思議もなく投影・追体験できるという心情も、あながち判らない訳ではないように思われます。
プロレビュアー氏のコメントによると、本作のセリーヌ・シアマ監督は、女性同士の心情を描くことに長けた方であるとか。
そうすると、本作も、ネリーと母親マリオンとの心情を鮮やかに描いた一本ということになりそうです(まだまだ鑑賞力不足の評論子には、断言ができませんけれども。)
少なくとも、シアマ監督の他の作品もじっくりと観てみたいという意欲が啓発された一本になりました。評論子には。
ネリーとマリオンのおうち
双子の少女というと、どうしてもダイアン・アーバスの作品、ひいてはキューブリックの「シャイニング」を思い浮かべてしまうが、何かしら不穏なイメージがよぎるのは、そのせいなのだろう。もっとも演じる少女たちは双子だが、物語の設定上はそうではない。
タイトルの「秘密の森の〜」も意図的に謎めいたイメージを増幅しているが、原題は“小さなママ”で、いきなりネタを割っている。
上映時間も含めて、小品という感じだ。良質ではあるが、さほど深い感興を呼ぶものでもない。ディテールの描写は丁寧で、印象に残る場面は多いが(少女がスナック菓子を咀嚼する音とか)。
同じ顔の少女を見て、お父さんが何の反応も示さないのがナゾだ。
自然の音が、心を癒やす
全106件中、21~40件目を表示

















