アメイジング・グレイス アレサ・フランクリンのレビュー・感想・評価
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アメイジンググレイスの意味
奴隷海岸
子供の頃地図が好きだった。
大陸や島の名前を覚え、内陸や海沿いの街の名前を指で辿って 読みふけった。
アフリカの西海岸に見つけたその国名は
「黄金海岸」、
「象牙海岸」、
そして
「奴隷海岸」だった。
現在では「ギニア」となったあの地域が、【奴隷の出荷の港】と紛れもなく地図に印されていた―、そんな地図帳を学校で使っていた僕の、あの「小さな活字」を発見した時のショックを思い出す。
映画「アメイジンググレース」を見終わって、帰宅してから改めて「奴隷海岸」をググる。
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・3世紀に渡る“輸出”は、
部族間の抗争に用いる武器の代価として、欧州からの武器購入の代償として捕虜が輸出された経緯
・働き盛りの男性が千万単位で失われ、それが今なお残る貧困の原因のひとつとなっている
・売却前の奴隷の去勢が一大産業に
・産業革命で農業・工業の効率化が進んでしまい、価格が高騰していた奴隷の卸値が下がる。費用対効果も低下して輸出が減少
・輸入先での奴隷の人口増加もアフリカからの輸入量低下の要因である
云々・・
「収穫の終わった綿畑の地面は白い。それは取り残された棉花ではなく奴隷の骨だ」との記録を読んだこともある。
読むに耐えない。
あんまりではないか。
男たちは使役され、木に吊るされ、女たちは購入者たちからレイプされて混血児を産まされる。只で奴隷の人口が増える。
「混血度の何%までが黒人と認められるか」という判例もアメリカにはある。
「BLM=黒人の命“も”大切」と叫ばれているのは、50年前の話ではない、今年、去年のハナシだ。
映画の前日に車のラジオでたまたま流れたあのビリー・ホリデイの「strange fruit」が、夜勤明けの頭痛にガンガンと追い討ちをかける。
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アレサ・フランクリン。
クイーン・オブ・ソウル。
奴隷の末裔として、そのアメリカで生きていることの、彼女の逃れられない歴史と辛苦は、いかばかりだろう。
聖書には
「あなた方がエジプトで奴隷であったとき、小さな民であったあなた方を神は救って導き出した」
と繰り返し繰り返し記述されている。
その記述は、ユダヤ人たちの存亡がかかっていた頃の、民族の歴史の原点として。共同体の共通体験として。
ゆえにこの言葉は、キリスト教の源流であるユダヤ教の会堂(シナゴーグ)において、そして信者たちの各家庭において、日々の確認事項として唱えられ、詠唱されている。
「黒人霊歌」は、
元々の発生は、アフリカから連れてこられた黒人奴隷たちが、綿畑で歌い出した労働歌だ。
「奴隷状態からの救い」を乞い焦がれて、ふるさとアフリカの民謡とキリスト教の解放歌をミックスさせて、自然発生的に熱唱をされるようになった、
それが黒人霊歌=ゴスペルの起源なのだ。
本作品は、
牧師の娘であるアレサが、コンサート会場ではなく、黒人霊歌の信仰の砦=ロサンゼルスのパブテスト教会で、“同郷”の黒人信者たちを前に歌ったもの。
その歌詞と“本気度”に圧倒される。
生前のアレサが、「この映画の公開を二度も法的に阻止した」というエピソードにも、僕は震える。
これは“見世物”ではないのだ。
日曜日に、教会の帰りに映画館で鑑賞。
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追記:
僕の父は、公民権運動のさなかのアメリカに留学したのだが、現地の黒人教会の礼拝に参加して自身のアイデンティティのベクトルが変わって帰ってきたと述懐。
そのことも家族の記録として付記したい。
歌は奇跡を起こす
宗教や思想、それに纏わる音楽として考えてしまうと、どーしても身構えてしまう。感情を煽るのに音楽は最適な方法だと思うし、そういった中で研かれた文化側面も否めない。まぁ、それらが苦手というよりは、そのゴリ押し感が嫌なのだとは思う。
ここにも勿論ゴリ押しはあった。それでも、時代的な背景や置かれている立ち位置何かを考えると、胸にくるものはある。そして、「救い」そのものが彼女の歌声なのだと気が付いた時には、既に感情を揺さぶられていた。素晴らしい。ただただ素晴らしい。彼女だけではなくクリーヴランド師も聖歌隊も素晴らしい。ビリビリとそんな事を感じていたら、お代わりの如く始まる第2夜。ぜ、贅沢…。うだうだ頭の中で考えてごめんなさい、な時間でした。…まぁ、そんな麻薬の様な力が危ういのだけれどもね(苦笑)。
でも、個人的に好きだったのは、水を溢して機器がショートしてしまった後のクリーヴランド師の一言。「問題を起こしてしまったスタッフに大きな拍手を😀」でした。結果うまれた「奇跡の様な時間」を作ってくれた事に感謝しようなんて、素敵過ぎますね。日々のちょっとした問題にはこうありたい、なんて思えました。
今後、劇場で観賞するのは難しいと思われますが、近くでそんな機会があった際には、飛び込んでみても良いと思われます。
予備知識なんて要りませんから。
アレサの声
音楽の「力」
【”半世紀近くの時を超えて、浄められた教会に響く、魂の歌声に痺れる・・。”】
ー ”ソウルの女王”と称されるアレサ・フランクリンが、1972年1月にロサンゼルスのパブテスト教会で二日間行ったライブ映像の映画化作品。
このアルバムは300万枚‼を売り上げる大ヒットになったそうである。
聖歌隊をバックにアレサ・フランクリンがソウルフルに歌い上げるゴスペルの数々。
汗だくで、軽妙洒脱に会場を盛り上げるジェームズ・クリーブランドの姿も、良い。ー
◆感想
・1972年と言えば、キング牧師暗殺から4年後である。1日目の観客は、ほぼ黒人である。
彼らを前に、ゴスペルを歌い上げるアレサ・フランクリンの声量の凄さに圧倒される。ブレスレスであれだけ長く声を出すって・・。神業じゃない!(教会なので、後ろの壁に、磔刑のキリスト像が・・)
余りの感動に、泣き出す観客。
・2日目は、1日目よりフランクな感じで、コンサートは続く。客席には、ミック・ジャガーを含めた複数の白人の姿も。
皆、幸せそうである。
彼女の父親の娘を誇るスピーチ。
歌に合わせて、踊る人々。
ー 言い古された言葉だが、”音楽は国境、民族の壁を超える。”と言う言葉を実感する。ー
<当時から半世紀近くが過ぎようとしているが、素晴らしい歌声は、時を越えて感動を齎してくれるのだなあ、とシミジミと思った作品である。>
<2021年8月14日 刈谷日劇にて鑑賞>
天与の才、こんな言葉を思った
歌の合間に彼女が見せる振る舞い、父や周囲の人々に対する気遣いは、牧師の娘として生まれ育った、お行儀の良い、ただただ、普通の少女!!!のようだった。
その瞳の幼さと、微かな笑顔は、ああ、とため息をついてしまう、今はもう、この世界からなくなってしまったような、つつましやかな、あれは、実に美しいものだった。
歌っている彼女は、全然違う。
神が宿るとは、こういうことなのだろうか。
歌っている彼女を、もう、少女と呼ぶことはできない。
この落差には、ちょっと唖然とする。
ドキュメンタリーフィルムは、アレサ・フランクリンという歌手の、ほんの一面を切り取って見せたに過ぎないのかもしれない。
けれども、至福の時間を与えてくれる。
「あ、ミック・ジャガーだ」
誰かが小さくそう言った。教会の観客の中に、若きミック・ジャガーが写っていた。
ところで、ミック・ジャガーが同じように神様からその才を授けられていたかどうか、ロックをよく知らない私にはわかりません。。。
(7月中旬からの函館の酷暑は、地元の人も経験したことはないそうでした。そんな暑さの中で観たこの映画のことは書いておきたかったの、今になりました。)
あっ このCD持っている 随分前に買った。それを映像で見れるのはた...
あっ このCD持っている 随分前に買った。それを映像で見れるのはただ嬉しい ホールのような所を想像してたが 小さな教会? でやっていた
初めのホーリーホーリからアレサの入り込み方がショービズでは見たことのないアレサだ もう白い衣装を着た彼女は沖縄のユタやイタコ に見えた。 歌とは 私たちの心の消化しきれない思いを昇華するものと彼女の歌を聴くと思える
もうクリスチャンじゃなくても ジーザス!エーメン!とか言いたくなります
soul music makes me smile
なぜか ニヤニヤしっぱなしになってしまう
最後の方で小さい頃からアレサを知ってるという赤い服のおばさんがみんなに押さえられていたように見えたのだが あれは何だったのだろう
昨日見たアメリカンユートピアに続いて これもスパイクリーが絡んでいた
体で、魂で感じる。思わず立ち上がりたくなる。
全盛期の若き女王が、二夜にわたりその圧倒的な歌唱力で自らのルーツである黒人霊歌、讃美歌のみを歌い上げる幻のライブ・ドキュメンタリー。
超一流ミュージシャンに加えて共演しているのは、ゴスペルの王と呼ばれたジェームズ・クリーブランド牧師とサザン・カリフォルニア・コミュニティ聖歌隊。信者たちと共に列席している中には、著名な牧師であり公民権運動の活動家でもあったアレサの父、そしてミック・ジャガーまでいる。
神に向かって歌う、歌を通じて祈るゴスペルの真髄を、さすがにクリスチャンでもない私が理解するなんて烏滸がましいが、魂を揺さぶる歌声とグルーヴするように全身で呼応していく信者たちを観ていると、静かに座ってスクリーンを眺めているより、立ち上がって身体を揺らしながら思わず手拍子を打ちたくなる。
体で、魂で感じる。
だから歌詞の字幕なんて不要かも。
ライブってそういうものだし、それほどの臨場感に包まれる。大好きな70年代のリアルな空気感にもどっぷり浸れる。
ソウル・ミュージックの原点に触れた気がした。
熱気がすごい
スクリーンを通して熱気が伝わってきました。
50年も前の演奏と映像なのに、ライブということもあり新鮮さを感じました。
アレサ・フランクリンは圧巻の歌唱力。それでいてピアノの演奏も上手。
司会のクリーブランド師との信頼関係はどこから来ているのだろう、
と思って観ていましたが、フランクリン父の演説の中に答えがあり納得しました。
どこまで打ち合わせていて、どこからがアドリブなのかは分かりませんが、
ゴスペル隊はもちろん、観衆もときおり自由な感じで参加していて、
ライブの醍醐味が味わえます。
全員の演奏が本当に上手。
アレサ・フランクリンの歌った教会全体が奇跡の空間のようです。
思わず泣けた。
是非ともスクリーンで
72年の教会でのライブを収録した、アレサの名盤ライブアルバム「アメイジング・グレイス」。
その二夜に渡る歴史的ライブを収録したドキュメンタリー。
映像と音がずれるという致命的な問題でお蔵入りとなっており、49年の時を経てついに公開される事になった作品です。
監督は「ひとりぼっちの青春」のシドニー・ポラックで、名指しだったみたいですね。
この公開にはソウル・R&B・ロックファン等には「マジか!」となるような出来事で、例えばストーンズの「ロックンロールサーカス」にも同様な衝撃がありました。
始まるとすぐその空気に引き込まれ、目の前にいるかのような存在感。
とにかく圧巻のパフォーマンスなんです。
作品はカテゴリー的にドキュメンタリーですが、完全にライブ映像でひたすら彼女の声に魅了されます。
箱の大きさもあるのでしょうが、本当瞬く間に会場が一体化するんですね。
その様は観ていて、自分もそこにいるような高揚があります。
二日目にはストーンズのミックとチャーリーの姿も見え、個人的に嬉しい限り。ちょうどアルバム「ならず者」のトラックダウンでロスに滞在しててこちらに来たらしいです。
「高き山に登らん」では最後列にいたミックが(目一杯ズームしてるけど当時のカメラではかなり荒い)すっごい手拍子初めてて、そのズームが引く頃には会場全部手拍子になっててびっくり。さすがミック、場を作るのが上手いって感じでした。(そんなミックですが、後半はしれっと前方の席に移動してたりしますw)
最後にはコーラスもオーディエンスも皆総立ちでスィングしてて、その様は伝説の瞬間を目の当たりにしているかのよう。
鳥肌が立つとは正にこの事でしょう。
この奇跡のようなライブ、是非ともスクリーンで観ることをお勧めします。
アレサのパフォーマンス、本当に素晴らしかったです。
神に捧げる至福のライブはオイラの至宝
すごかった。
おいらもトランス状態一歩手前。
アリーサの父親のC.Lフランクリン牧師のスピーチがゆっくりで、聞き取りやすかった。ちょいワル親父風で、すごい貫禄。
そのあとの Climbing higer mountains ~ Old landmark ~ Never grow old が凄かった。
聖歌隊といえば8時だよ全員集合を思い浮かべる年代ですが、聖歌隊の指揮者のお兄さんがノリノリ。
ローリングストーンズのミック・ジャガーが2日目に客席の後ろの方にいました。
40年の歳月を経て、映像と音声を同期させることができるようなって蘇った教会での至宝のライブ映画。
素晴らしい。ハッピー😃
天使にラブソングをやブルースブラザースをまた見たくなる。
約半世紀後のお披露目
アレサもゴスペルも
よく知らないけれど
本物のパワーは魂に響く
収録後約50年も
お蔵で眠っていたお宝を
公開してくれて感謝
完璧に編集されてないから
臨場感がある
(枕投げならぬタオル投げもお愛嬌😆)
タイムスリップして
観客の一人になりきった気持ちで
ライブを楽しめた
アレサはもちろんのこと
ユーモアたっぷりのトーク、
伴奏、歌唱を披露してくれたMC牧師と
踊る指揮者も
チャーミングで良かった❤️
不細工なドキュメンタリーだとしても、最後の“Never Grow Old”までの長い前置きと考えれば良いほど、この歌でのアレサの歌唱は「素晴らしい」としか言いようがない。
①「ゴスペル(ミュージック)」のことはごくごく一般的なことしか知らない。ですからこの方面での深掘りは無理。でも歌詞の内容がこんなにも宗教的だとは思わなかった。キリスト教徒ではないので正直ついていけないなと思うことも一度ならずあった。アレサ・フランクリンが歌っていなければ尚更。②日本でも沢山の歌手が歌っている「Amazing Grace」も原詞はこんなにも宗教色が濃いものだとは思わなかった。これではキリスト教徒やキリスト教徒でなくても一神教の信仰心の篤い人しか歌ってはいけないくらいだと驚き。③ゴスペルにはあまり造詣はないけれども、このドキュメンタリーを見る限り本来は教会での儀式(礼拝)を盛り上げるものなんでしょうね。欧州の教会音楽ではパイプオルガンをバックに荘厳で清冽な歌声であるのが、ゴスペルではアフリカンアメリカンの生命感・リズム感が溢れ出ていて、これがやがてジャズやブルース、R&Bに影響を及ぼしていったのが良く分かる。また、ゴスペルの方も古い形に固執するのてはなく、現代の大衆音楽も積極的に取り入れる懐の深さがあるようだ。詩の中身が主への祝福や感謝を歌う内容にさえ変えられていれば。④教会で歌うゴスペルシンガーというのは巫子みたいなものなのだろうか。信者はその歌の中に或いはシンガーのなかに神を見るような…私は一神教宗教の信者ではないのでわからないけれど、これだけはわかった…アレサ・フランクリンは歌の神様だということが。⑤どの歌唱も圧巻だが、やはりラストナンバーの“Never Grow Old”が素晴らしい。全身全霊などという表現が及ばない程。命を賭けて歌っているとしか思えない。映画館の中ながら終わった途端思わず拍手してしまった。この歌を聴かされてしまえば映画の出来に関わらず★五つ以外に出来ようがない。⑥シドニー・ポラックは好きな監督だし演出力はある人だが、初めてのドキュメンタリーとはいえ、あまり誉められた出来とは思えない。伝説的なチョンボは別にしても、フォーカスでもピントがなかなか合わなくて見苦しいところが再三あったし、意味のないショットも散見される。ただ、70年代の髪型や服装は懐かしく見れた。
見てわかることも多い
私はこのライブCDを持っているが、聴いただけではわからないことが、映画見てすごいわかった。すばらしい。よくぞ形にしてくださいました。ありがとうございます‼️ CDは2枚組みで、1日め、2日めをそれぞれ収録しているので、曲の重複もある。この映画はいい感じに編集してあるので、はっきり言っていいとこ取りである。映画を先に見てCDを聴けば、脳内で映像も付いてくるから、これから買う人はお得だよ!
アレサの汗したたる熱唱はもちろん、ゴスペル界の重鎮ジェームズ・クリーブランド、フランクリン牧師、クララ・ウォードらの貴重な映像を見られた。アレサのバックを務めた聖歌隊、この中には存命の方もいらっしゃると思う。若かりし頃の自分を、あの晩の興奮を、まざまざと思い出すことだろう。指揮者の人もカッコよかった。
曲はほんとみんないいが、1日めの入場の「On our way」、ここでもう鳥肌立った。歌いながら入ってきたんかい!「What a frend we have in Jesus」の3連手拍子は渋い。「Precious Lord, take my hand / You've got a frend」のメドレーは秀逸。そして「Amazing Grace」は魂が震える。2日めのアレサは、最初ちょっと神経質だった気がする。前日の疲れと高ぶりとが混ざり合ったところにパパまで来るので、ナーバスになっちゃったのかな。最後の方でようやくノってきたね。
ゴスペルは神や聖書を賛美する音楽なので、ゴスペルシンガーが男女の恋や駆け引きなどを歌うのはNGらしい。なので、クリーブランドやフランクリン牧師が説教の中で、アレサが教会に帰ってきたと言う理由は、世俗の音楽に行った人と思われていることに対して、そんなことないよとフォローのためなのだ。ただ、アメリカではゴスペルレーベルに限り、ポピュラーレーベルとダブって契約してもいいみたい。それは神様のためだから〜(チコちゃん風に)。
ミック・ジャガーよく来たねー。イギリスの方が、ゴスペルやブラックミュージックの受容は早かったらしいよね。
週に一回、教会に行き心の重荷を下ろす。そんなシステムがあるっていいかも。なかなか日本人には難しいけど。
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