ファーザーのレビュー・感想・評価
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タップダンスに胸締めつけられる
認知症を患ってからの日々を当人の視点で描くと、こんなにサスペンスフルな映画になるんだ。ナイスアイデア。面白かった。
一方で、やっぱり胸がつまるところもある。こんなふうに悪い夢の中にいるみたいなのかな、認知症の当人は、と思うと。
アンソニー・ホプキンスの役がまた、うちの父(今のところは体も脳も元気)に少し似ている。新しく出会った若い女性の前でおどけてみせたりする感じなんか、あるある。認知症になるまでは、自分の世界をしっかり持ちつつも社交を楽しんだ人なんだろうな。
寂寥感はあるけど、決して絶望的ではなくて、いいエンディングだった。少なくとも、心無い言葉でいじめてくる男(娘の当時の夫)はもういないし、娘はわざわざ会いに来て一緒に散歩を楽しんでくれる。
私から薦めると傷つけそうだからダメだけど、両親がどうかしてこの映画に出会ってくれたらいいなとちょっと思う。
見なきゃわからない恐怖…
いや、予告よりも大分ハードな映画でした。
まず、
認知症側と介護する側どちらの味方でもある
描き方に好感が持てる。
そして、どちらの気持ちも痛いほどよくわかる。
これ、最初の10分くらいかな?で
最初の衝撃が訪れるんですけど、もうそこから
痛くて痛くて。
今までって例えばジュリアンムーアの
「アリスのままで」とかって、こちらはアリスを見守る側として、同情しか出来なかったんですが、この作品ってそれだけでは無くて、認知症ってこういうことだけど?っていうのを画期的に分かりやすく、しかも納得のいく描き方をしている。それで観客は、一気に何が起きるか分からない緊迫感、ある種ホラーやサスペンスを見ているかのような感覚に陥る。当事者は本当にこれがリアルに、日常的に起きてるんだから、それはキツイよなあ。
映画では、演じる役者が全く別人になっている訳だけど、それを見るアンソニーの驚き方とかって、本当に認知症の人のそれだよなー…
彼の演技の幅もものすごくて、上機嫌に子供のようにはしゃぐ時もあれば、嫌らしい老人の時もある。そして最後には赤ん坊のように、介護士に泣きつく。
このシーンでは、『八月の家族たち』のラストでジュリアロバーツに置いて行かれて、移民である家政婦に泣きつくメリル・ストリープを思い出しました。ここまで、人間が生きている間の際まで演じ続ける役者魂に、泣きました。
あと、オリビアコールマン演じるアンの苦悩にも非常に移入しやすく作られてる。介護問題に加えて、途中で姉妹で比較されて、人前でなじられてる感じとか、本当に厭なシーン作るなあと思ってしまった。あの泣き出しそうな時のオリビアコールマンの表情たるや。あの口の動かし方。たしかに、よく見る。けどそんなに自然に、演じられる人、そういない。
アンソニーホプキンスの相手役として、まさに適役な素晴らしい女優さんでした。
あと、イモージェンプーツ。彼女が出てくる度に少しだけ場が明るくなるのがちょっとした救いでしたな。太陽のような。
本作も実は、「信頼出来ない語り部」スタイルを取りながら、我々を錯乱させているのではと思うのだけど、私自身その形式がだいすきすぎるなと改めて感じました。「ガールオンザトレイン」とかすき。本作はそれに加えて、時間のトリック?しかけ?まであるし、部屋がコロコロ変わるのも、もはや恐怖でした。もう制作すること自体が難しそうな凝った映画であります。
個人的には、まだあの父と娘ではなく、いわば孫にあたる立場なので(今のところ)、祖父母と両親どちらの苦悩も想像して胸が熱かったです。家族との時間の重要性を感じたというか…。
で、それと、将来自分もこの娘の立場になるんだなあ、そしてもっと将来、この父の立場になるんだなあと思うと、想像を絶する怖さに襲われました。本当に怖い。だから、この映画はあれですね。本当に何段階にも、怖さが重なる、ホラー映画より怖い映画ですね。
戯言
1、最初、編集の人名がヨルゴスランティゴスに見えて、すごいびっくりしてたんだけど、よく似た名前の別人でした。
2、今作は認知症ってこうですよ?ってのを、当事者目線で描くことで、現実社会でその周りにいる観客の認識を変えるってことをしていると思うんだけど(認知症の方に優しくできるとか)、それと同じ要領で、同性愛とかも、理解をしてもらえるような描き方が出来ないかなと思った。
どうしたら、理解、認識、してもらえるだろうか。もちろん、主人公はものすごく苦痛を伴うだろうけど…
追記
私がこの先、このような生活を送るようになれば、「50回目のファーストキス」のように毎朝自分にビデオを残そう、、と思ったけど、それでも駄目なのかな、、
晴れの日を楽しもう。
知らないうちに、世界が変容していく。
あいつは誰なのか。
ここはどこなのか。
話が違うのではないか。
なぜ自分をそんなふうに扱うのか。
「my flat」私の家への侵略者、私の日常への侵略者。
そして、私はいったい何者なのか。
認知症をこんなふうにして見せ、その認知の歪みを体験させるこの映画の凄まじさ。関わる人々の力量。
主要な演者はたったの6人なのに、誰が誰なのかわからなくなり、混乱するようなこの感覚が、「それ」なのだ。
アンソニーに忍び寄る不安の表現に、エンドロールでは涙が止まりませんでした。忘れられないアンソニーの最後の表情、最高の演技に、最大限の感謝を示したい。みんなに見てほしい。
ふっと出てきたフラットの共有庭のオブジェや、より深く伝えるために計算し尽くされているであろう家の作りやインテリアなどにも注目したいので、もう一度観たいと思っています。一度では追いきれず…涙
そしてどんなに認知が歪んだとしても、愛情が伝わる瞬間が、少しでも多くあればいいなと願ってやみません。
「老い」の疑似体験できる秀逸な一本
・見たこともない女が、自分の娘を名乗っている
・知らない男が部屋でくつろいでいる
・パリに行くはずの娘が何故か「そんなこと知らない」と言い出す。
もしかして自分の資産を奪おうとしてる?
ボケ老人のレッテルを貼って施設に送ろうとしてる?
さまざまな疑惑に苛まれる。。。
そして、夜の寝室に忍び込んだ娘が、
ついに老父の首に手を!!!
サスペンス風な展開で見る者を引き付けながら、
最後に、
「老い」
「介護」
「親子」
深い深いテーマを投げかけてくる秀作。
こんな映画もあるのか?!
してやられたな、というのが正直な感想。
アンソニーホプキンスの名演は勿論、
娘アン役もすばらしかった。
アイデア一発
「認知症の人からは世界はこう見えている」って話なの。
観る前にそれを聞いてたから、あんまり驚きがなかったの。
知らないで観たら「そうだったのか!」と思ったろうな。
時系列が混乱してるんだけど、これは認知症の人が思い出すことが、時系列を無視してくるからなんだろうね。
奥さんの旦那さんが酷いことを言ってしまって、それが深く心に刻まれたんだなとか、色々と勉強になった。
身近に認知症の人が出たら「そうか、世界がこう見えてるなら混乱するよな」と少しだけ心に余裕ができるかも。でも、自分は結局、怒っちゃうとは思うけど。
そして、いつか自分もこうなるかも。そのときに気付けるといいな。気付けないから認知症なんだろうけど。
アンソニーホプキンス、さすが✨
アンソニーホプキンスの名演✨完全に視点がホプキンス演じる認知症の老人なので、見ている方もどんどん混乱してくる。認知症の人はこんな認識で暮らしていたら、さぞ辛いだろうな、と。今まで介護する側の苦労、悲しみを中心に描いた映画は多かったけれど、この映画のように認知症の人の視点で描かれた映画はなかった。もちろん認知症の方の症状もそれぞれなので一概には言えないが、時間感覚、人を認知する感覚がズレてくると言うのは本当に恐怖なんだろうと思う。
ただ私はもう少し救いのある未来を感じさせて欲しかった。
言い方悪いけどある意味ホラー
混乱、怒りや悲しみ、そしてその理由
忘却とか混乱というものを、なるべく主観的に表現しようという意志を感じました。それ故に難しくて複雑な気がしますが、見ていて訳わからんとなることこそが、この忘却と混乱の本質なのかもしれない。
細切れに、なおかつそれが連続する内容の時間軸や真実味が実に曖昧で、見ていて不安になるしイラついたりするかも─。でも、時に怒ったり、時に意味不明だったり、時に泣き出したり…奇異に思えるような言動には確かな理由があるということを気づかせてくれる。
それなりに理由や意味が分かってくると、意外と幻想的な作品にも思えてしまったけれど、現実社会で実際にその渦中に入ってしまうと難しさしかないのかも─。
ファンタジーとかサスペンスに見えてしまうようなところを、アンソニー・ホプキンスの名演で、心が悲しい現実に引き戻されるようだった。
革新的で優れた作品でしたが、そこには確固たる悲哀がありました。
mille-feuille
人間は必ず老いる
不覚にも後半睡魔に襲われてしまったので、ところどころ、抜け落ちたところがあった。単に痴ほうになった老人の生活を描くのではなく、老人の頭の中の再現をしている脚本の妙があって、観ている側も混乱していく。
痴ほう症の追体験をしているようだ。アンソニー・ホプキンスは「羊たちの沈黙」での演技が強烈で、今作も痴ほう症とはいえサスペンスミステリーのような雰囲気になるのはアンソニー・ホプキンスの演技ならでは。
それにしても、介護の仕事ってめちゃっくちゃ大変というか、人間そのものへの深い愛情がなければ、やっていけない仕事だと思った。人間は必ず老いる。そのことを含めて人間を愛しているか否か、ってところを突きつけられる。
これは中高年向け恐怖映画だ
どこで辻褄合わせが来るのかという不条理なエピソードが延々と続く。話を追う限り主人公は何も悪くなく、周囲の誰かが何か企んでるいるようにも見えてくる。理不尽なのは周りなのか、自分なのか、なぜみな自分に苛立っているのか、昨日ここで起こったことは幻なのか、訳が分からなくなってくる。こんな中に毎日いたら誰でも気がおかしくなってしまうに違いない。
認知症が決して「ノンビリとボケていく」ものではなく、とてつもない恐怖と不安の中に放り出されるものだと実感、そう遠くない将来自分にも訪れるかもしれないと考えただけで戦慄の走る映画だった。あの勇猛なフロスト中佐が、不敵のレクター博士が、幼児のように咽び泣くラストシーンは、アンソニーホプキンスの俳優人生の集大成としての「演技を超えた何か」と自身の未来への悲観が混じり合ってしばらく席が立てなかった。
今となっては懐かしいような
斬新かつ洗練された演出と圧巻の演技。
ずーーーっと観たかった映画です。
ようやく鑑賞できました。
すごい映画でした。そして素晴らしかった。
まず、アンソニーホプキンス、健在。見事。
圧巻です。
強さ、脆さ、戸惑い、悲しみ、怒り、意固地
不信、怖れ、当惑、自慢、見栄、悲しみ、
退行、子供、大人、親、男・・・
などなど、人間(男性)の全ての感情と
心情を演じたのではないでしょうか?
登場人物が少なく、シチュエーションも
限られているのにこれほど厚みのある作品
となっているのは、この演技で生まれる
説得力が大きく貢献していると思います。
もう、語るだけで、表情が変わるだけで
ストーリーに画面に色がついていく感じ
でした。演者の力でこんなにも観る側の
心情が揺さぶられるなんて。
さらに本作は虚実ないまぜに展開して
いきます。
まるで夢の中にいるような。。。
虚でも実でも説得力を与えるのは演技
ですね。
さて、本作ですが、予想の斜め上を行く
内容でした。これまで認知症の親子を描く
物語はあったと思いますが.まさか認知症を
患った人の視点で描かれた作品があったで
しょうか?認知症の方がなにを思ってその
行動に出るのか?は.完全には解明されて
ないだろうと思います。しかし、作中の
アンソニーの行動には全て理由があります。
彼の頭の中が描かれているのです。
多分、記憶と現在の境目が朧げになって
しまうという認知症の症状から想像したの
だと思うのですが、その描き方が見事なのです。
誰かわからなくなる、
何のこと言ってるかわからない
徘徊する
など、認知症の方が行う行動の動機付けを、
その人の過去の経験や性格とうまく結び
つけてますすごいと思いました。
あぁ、そういうことなのか?と思って
しまいます。
(本当にそうなのかもしれませんが)
またその行動を映し出す際の視点が認知症
本人です。ここがどこかわからない。
昨日ここにいたはずなのに。
怖くて、人が信じられない。
確かに患者本人の頭の中はこうなのかも
しれません。ここの演出がサスペンス
タッチで描かれているんですね。
確かに、患者当人には毎日がホラーかも
しれません。認知症、なった本人が一番
辛いのだろうなぁと思いました。
なりたくてなったわけじゃないんですから。
認知症の人の行動によくここまで裏付け、
ストーリー付けができたなって感心します。
認知症本人の描き方が見事ですから、
介護する家族の辛い心情も痛いほど
伝わってくるんです。
日々の辛さ、もどかしさ、伝わらない
愛情や献身、思いがけず投げかけられる
否定発言、、、そして、優しさと感謝。
いっそ殺して・・・なんて考えてしまう
ほどに気持ちボロボロ
体もボロボロになっても愛情を消すこと
はできないし消えない・・・
それがビシビシと伝わってくるのです。
(オリヴィア・コールマン、名演です)
なりたくてなったわけではない認知症が
大きな障害となり家族の中に横たわり
ますが、完全に忘れているわけではない
家族の記憶の存在、そして変わらぬ愛。
親子の愛情賛歌です、本作。
信じたい、なくならないものがあることを。
そう願いたい、そうありたい。
傑作です。
認知症の主人公の日常生活をサスペンス風に描く、なんとも絶妙な味わいが感じられる作品です。
認知症の老人と、世話をする娘
どう転んでも重そうな作品だよなぁ…と、
なんとなく観るのを躊躇っていた作品です。
予告編を見たときは
徐々に頭の中が壊れていく男
その悲哀を描いた人間ドラマか? との印象でした。
けれど です。
そんな単純な内容のお話ではありませんでした。
◇
認知症の男 から見た出来事 と
周囲の人々 から見た出来事
両者の間に起きる 「認識のズレ」
そのズレを重ねつつ、
巧みにずらしながら再生する… と表現すればいいのか。
両方の認識には当然 「ズレ」 があるため
同一の出来事のはずなのに
スクリーンの中で起きる出来事が一致しないのです。
微妙に。
私の場合
今作中で起きていることを整理しようと
すればするほど 訳が分からなくなっていくのでした。 とほほ
その展開の匠さには
もう拍手するしかありませんでした。 はい。
※ …などと言えるのも
観終わって帰宅して、あれこれと
考える時間ができたからこその感想です。
観ている最中は、もう何が何やらな状態でした。
観ている最中は、この
「いったい何が正しい事なのか?」
という疑問に対する正解が
分からない状態のまま話が進むわけですが (…私の場合)
このような状態は
認知症の人にとって日常の事なのかもしれない
そう考えたら…
何となく切ない気分になってしまいました。 しくしく…。
もしかすると
この作品の監督の思惑どおりに
手のひらで転がされたのかもしれない…
そんな気がしないでもないです…。
◇ あれこれ
繰り返し登場するキーワード
・何度も気にする腕時計
・パリの人間は英語を話せない連中ばかり (←偏見?)
何かの象徴であるかのようにも感じましたが
それが何なのか分かりません…。
※フランス人は、英語を話せてもフランス語しか使わない
と、昔聞いたような気がします…
本当でしょうか …?
作中で詳細が語られない下の娘のこと
・会いたいのに長いこと会っていない
・画家として世界を舞台に活躍している
この主人公が原因で、「大怪我を負ったか亡くなった」
というコトなのでしょうか。
だからその話はタブーになっている… とかなのか?
◇ 最後に
ラストの
主人公が幼児退行して母を呼ぶ場面。
じわじわと心に沁みてきます。
☆映画の感想は人さまざまかとは思いますが、このように感じた映画ファンもいるということで。
老い老い老い
なんて疲れる映画なんだ
美しい密室劇。
ほとんど密室劇。アンソニー・ホプキンスとオリビア・コールマンが実の親子のようにかみ合っている。認知症の老人との会話が噛み合うわけないのだが、老いた父親と中年の娘の間に生まれる世界共通・普遍的な関係性が見事に再現されている。なのに全く陳腐でなく心地よい。決して大富豪ではないのだが、英国テーストの設えの舞台としてのインテリア・小物も効いている。オケイジョナリーに挿入される窓外を見やる横顔のシーンは「日の名残り」で演じた老執事へのオマージュか・・・。
見ているうちに自分までが不安になってくる。今見ているものは幻視か幻聴か、誰の主観の映像なのか。時間経過も渦巻いて理解しようという気が失せてくる、認知症患者の疑似体験。そして、アンソニー・ホプキンスの身のこなしに魅せられ、救われる。機嫌のいい時にはタップダンスまで始めてしまうのだ。
認知症患者が増える高齢化社会へ警鐘を鳴らす、といベタな社会派映画ではない。そういった症候群をモチーフに、格調高いエンタティメントが創られた。そして最後に泣いてしまう。
ぐるぐる
時系列が目まぐるしくこれでもか!ってくらい前後して狂いそうな感覚に陥る。
アンソニーと同じように、「え?昨日そう言ってたでしょ?」「その人は誰?」「なんでここにいるの?」という言葉を発しそうになる
この映画で認知症の恐怖感をこんなにも体験できるとは思わなかった!
内装がアンソニーの家と、アンの家で全く違っているのに、そこにさえも視聴者の私がぼんやりとしか気が付かないのだからアンソニーが気がつく訳がない。
私の祖母が認知症だが、アンソニーが過ごす毎日を見ながら、こんなに怖い思いをしているのかと思うと、ボロボロ泣いていた。
結局何が本当かなんて最後の最後まで分からないままで、これもこの映画の面白さであり、実際に認知症の方が経験している事なのだろう。
あとは、娘のアン。
アンの気持ちを思うとやるせない気持ちになる…
私の母が祖母の面倒を見ているが、そこに重ね合わせてしまってこれまた号泣。
アンにとっては最愛の父だけど、アンの配偶者にとってはお荷物である…
この立ち位置の複雑さ。表現は出来ないと思う。
経験してみないと、理解は出来ない!!
そしてアンソニーホプキンス、米アカデミー賞主演男優賞を受賞しているのが頷けた!!🙌
史上最高の演技!表情や声色の変化佇まい全て本物!
ほんとに見て良かった!!!
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