劇場公開日 2021年4月2日

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「「あの子が壊せたのは、あの子自身だけ」」サンドラの小さな家 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5「あの子が壊せたのは、あの子自身だけ」

2021年4月3日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

怖い

幸せ

萌える

DVや被虐待者・児に関わる人や加害者には、ぜひ見てほしい。
 身体的・心理的暴力やパワハラ・モラハラが、人や子どもに与える影響について、とてもリアルに表現されている。
 司法の、行政の無理解・無配慮にも腹が立つ。
 暴力被害のフラッシュバック等に苦しんでいる最中の方は、見ないことをお勧めしたくなるほど。

予告を見て、『わたしは、ダニエル・ブレイク』のような映画かと思った。
 理不尽に住処を失って、自分で家を建てようとしたら、行政に振り回されて、協力者集めも一難去ってまた一難、さあ、どうなるか…というような映画かと思った。

試写会にて鑑賞。違った…。
 否、まったく違うのではないけれど…。
 暴力被害におびえる姿は『Dear フランキー』を思い出させる。展開は全く違うけれど。

原題 『herself』 (hは大文字じゃない!)
 試写会後の、建築家たちと配給会社の話によると、フライヤーにある「自分たちの手で家を建てることで、人生を取り戻す」≒サンドラの再生物語なんだそうだ。
 特典映像でも監督・脚本兼主演女優が「心に傷をもっている女性が、一歩踏み出して、自分の人生を作り上げる話」「コミュニティから切り離された女性が、自身でコミュニティ(居場所の意味も含むのか?)を得る話」と言っている。

とにかく、冒頭にも書いたが、DV被害の痛みの描写が半端ない。

否、サンドラは立ち直ろうとしているから、被害者ではなく、”サバイバー”か。
 サンドラの怯え、でもそれに負けないで歯を食いしばる様、それでも負けそうになる様が、ビシバシと伝わってきて、ついこちらも体に力が入ってしまう。
 サンドラは、本来、一般的に欠点にもなりそうな痣も、プラスに捉える力がある女性なのだが。

娘二人の父に対する反応の違いもリアル。
 映画の途中で明かされる体験の違いが、姉と妹の言動の違いを生み出す。
 姉の健気さはアビゲイルさんの小さい頃を彷彿とさせる。
 妹は甘ったれなれど、品のある顔立ち。それが…。

行政・司法での、父子面会の場面、親権・養育権を巡る裁判には唖然…。
 父娘の面会権行使のためとはいえ、あれほどの暴力をふるった相手と会うことを強制するなんて…。日本では、もう少し配慮があると思うのだが…(私の甘い期待?)。
 いつ、ドアの鍵をこじ開けて押し入ってくるかという恐れを常時抱きつつ(頑丈な鍵を幾重にもつけたくなるよね)等、万国共通、心にトラウマを抱えながらの生活・子育ては厳しい。
 恐れが引き起こす情緒不安定、自責、諦観、焦り…。攻撃こそ最大の防御と臨戦態勢になり、それを麻痺させようとすると無感覚、鬱になり、自分のことだけでいっぱいになる親は多い。野田の事件のように、自分を守るために子どもを加害者に差し出す親さえいる。
 そんな中で子どもは…。サンドラの対応が嬉しい。そんなサンドラ母子を見守るペギーの言葉。涙が出てきた。

そんなサンドラの協力者たち。
 難民キャンプにも従事したという、元軍医。
 唯一の建築に関する専門家は、最初、渋る。けれど、彼の息子の方が先に動き出して、父の重い腰を上げさせる。
 他の協力者も、なんと多彩なこと。
 彼らの協力の動機は、はっきりしている人から、ほとんど語られていない人までいるが、いろいろな人種・国籍・立場の人たちの集まりというのも、この映画の製作者達の、ある種のメッセージなのだろう。

アイルランドに息づく”メハル”の輪が広がる。
 ここがもう少し丁寧に描かれていたら、満点なのだが…。
 でも、楽しそう。一緒に加わりたくなる。作り上げる喜び。相互扶助の喜び。これがまったくの絵空事ではないのは、日本での各地災害支援のボランティアが証明してくれている。ボランティアの勝手な行動にリーダーが手を焼く場面もちょこっとあったりして(笑)。アイルランドを身近に感じてしまう。

そして、家は…。
 この展開はある程度予想していた。
 でも、この段階に持ってきて、その後、こう映画を閉じるか…。あんなに慎重に場所がわからないようにしていたのに…。
 心がかき乱されて、収まりがつかない。

 わかりやすいハッピーエンドを望む人は、文句を言うかもしれないほどのざわつき…。鑑賞後感にかなり影響が…。

けれど、エンディングロールの前に、浮かび上がる原題『herself』が活きてくる。
 理不尽で、生きづらいこの世ではあるが、人生は続く。
 そして、見過ごしてしまいそうなほどの小さな希望の種が見つかる場がいい。
 それを最初に見つけるのが、彼らというのもうれしい。

満点をつけたいけれど、ちょっとご都合主義的なところもある(半面、超絶リアルでシビアに描かれている)のと、
サンドラと娘たちの演技がリアルすぎて、心が痛すぎて、たくさんの人に見てもらいたい反面、お勧めする人をちょっとだけ選んでしまう映画なので、ちょっと減点。

サンドラを演じたダンさんは映画でこそ”新星”だが、舞台では賞も受賞している実力派。この後、すでに映画出演作も決まっているという。その彼女の演技力が半端ない。その分、サンドラの気持ちが、私の気持ちにぐいぐい迫ってくる。

紆余曲折あるし、思い通りにならないことが多いけれど、それでも、傷ついた人、何もかも失ったかのような体験をされた方が、もう一度、ご自身の人生を作っていけますように、祈るとともに、
 と同時に、この子どもたちのような経験をさせたくない。そういう誓いを立てたくなるほどの想いを与えてくれる。
 暴力では何も解決しない。

とみいじょん
あささんのコメント
2021年4月7日

いいレビューですね。

あさ