竜とそばかすの姫のレビュー・感想・評価
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力でねじ伏せようとした脚本
音楽、映像、プロモーション、全てが超一級だと思いました。ただ脚本をのぞいて。
CMを見た日から、公開まで指折り数えて待つくらいでした。
秀逸なプロモーションだったと思います。
あの歌声の持ち主は誰なの?と、ベルのようにみんなを夢中にさせて、公開前から既にエンタメとなってました。
そしてドレスのデザインを筆頭に、違う畑のプロを巻き込んで作り上げた世界。
素晴らしかった。発想、技術、経験etc…例え天才でも一人では絶対につくれない世界でした。
個人的にドレスのデザインは特に楽しみにしてたので、映画館で見れて嬉しかったです。
これを叶えるネームバリューと会社の力。夢のような作品だと思います。
そうしたとてつもないパワーを使って、ゴリ押ししようとした脚本。
音楽、映像で圧倒させて、脚本の不完全さを隠そうとしてませんか?
この脚本は、他の方々が心血注いだ仕事に見合うものになっているんでしょうか?
言葉は悪いですが、監督という権力を使って全てを利用しているように見えました。
そう思うこと自体、関係者の皆様に大変失礼なことだとは思います。しかしどうしても、その印象が拭ませんでした。
また、社会問題を扱いたいのか、色んな立場の人が映画には出てきました。
しかし実際の当事者にきちんと寄り添っているとはあまり思えません。
そういう「演出」として利用しているような雑さでした。
脚本がひどいだけならまだマシと思える無神経さです。
青春の1ページみたいなシーンだけは王道で安心して観れました。
すみません。
色々と言葉汚く書きましたが、言いたいことは脚本はプロに任せて、です。
もし自分で脚本やりたいなら、大衆向けなんか作らないほうがいい。どう考えても細田監督の性質と合わない。
青空のなか、陰鬱で凄惨な物語がはじまる方が合ってます。
陰キャに陽キャの話は作れませんし、倫理観ズレてる人は一般的ないい話を作れません。
本作の精神性の比較、およびミステリー性について
日本における本作の評価が賛否両論であることへ疑問を感じたことを記録したい。
ご存知の通り日本における現在の歴代興行トップは、「鬼滅の刃」無限列車編である。
この作品が観客の胸を打つのは、煉獄杏寿郎の自己犠牲であることは同意いただけることだと思う。母の言葉「弱き人を助けることは強く生まれたものの責務です」を忠実に実行し、自らの生命を犠牲にして他の死人をださなかった。この結果に主人公だけでなく、観客もまた落涙する。
この能力ある者による自己犠牲の責務は、珍しい描写ではない。例えば、ジャンプ漫画であれば、ドラゴンボールの孫悟空はこの精神性を体現するキャラクターである。勝利に固執するベジータに対して、守るために力を発揮する悟空。2人の対比は作品全編を通しての核となっている。西洋においても、ノブレス・オブリージュとして規範化されている概念だ。日本における少年少女向けのアニメは、ほぼこの精神性に基づいているといっても過言ではない。
さて前置きが長くなってしまったが、本作もこの精神性に立脚した作品である。母親が他人の子を助け、すずがUの世界で素顔を晒し、高知から東京まで駆けつける。これら行動の全てが自己犠牲の精神に基づいている。
要するに、日本で育った良心ある大人であれば、納得はできないにしても、言わずもながであることを描いている。それがなんでこうなっちゃうの?というほどの観客の体たらくだ。否定的感想では脚本の説明不足を指摘する声が多いが、本作はしつこいくらいに答えをシーンで表現している。
例えば、竜とベルが向き合ったカットの次が、犬とすずが向き合っているカットであったり、竜を映した後に山月記のタイトルを映したり。
国語の問題に取り上げても良いくらい教科書的に答えを配置している。
分かりやすさ追求の結果、テレビ番組は品質劣化していった。メディアやインターネットが分かりやすい答えをぶら下げ続けることは、人間を幼児退化させるのではないか。地動説から天道説へ回帰するかのように。皮肉にも、以上が本作への複数の感想を読んで私が感じた疑問である。
次に本作のミステリー性について述べたい。
本作は観客へ疑問を抱かせつつ作中で答えが完結しているカットがほとんどだ。しかし、例の人物と対峙する一連のシーンでは答えを見せていない。この点に本作がミステリー要素を持っていると考える。
細田監督が素晴らしいのは、エヴァのようなアンフェアな見せ方ではなく、全編を通じて観れば、何通りかのフェアな答えを用意していることだ。
私が見つけたヒントは、ラストカットで提示される問い、或いは、そもそも高知がモデルであること。
映像、音楽だけでなく、謎を潜ませる脚本を用意するなんて脱帽ものだ!おそらく本作は海外で正当に評価されアカデミー賞にノミネートされるでしょう。その頃には定説も出来上がっていると思う。
全くもって気が早いが、細田監督の10年後の作品に期待したい。
めっちゃいい(若干ネタバレあり)
個人的には満点です。美女と野獣のオマージュもワクワクするし、現実とUの世界を通して主人公が成長するのもいいです。母親の経験を追体験しているのもちゃんと練られてますよね。
あと、過去の作品の表現がたくさん入ってるので120%楽しみたい人は細田守監督の過去作を見といた方がいいかなと思います。
本作品はぜひ映画館で見て欲しいです。
あの歌は映画館の音響で聞かないともったいないと思います。
他の方の低評価レビューを見ましたが、納得できたのが、子供たちを探し出せたのが強引すぎるって感想くらいです。
低評価のレビューを見るに以下のような人に向かないと思います。
・ジブリの千ちひにダメ出しできるくらい映画通のかた
・主人公がハキハキしてないと嫌なかた
映像と音楽は神がかり
主題歌のPVだけ観ていれば幸せでいられる
映画の冒頭でmillennium paradeのUを主人公が歌うシーンは、曲自体の良さと映画館の迫力で引き込まれましたが、そのシーンがこの映画のピークでした。以下がその理由です。
・薄っぺらいストーリー:仮想世界では竜との関係を描き、現実世界では主人公やカヌー部青年の恋愛模様、主人公と合唱主婦グループとの関わりを描いているが、メインのストーリーを絞りきれていないため、一本の映画の中では登場人物の感情の動きが描ききれておらず、こちらが置いてけぼりになる。特に、竜の正体について、幼馴染の存在がミスリードとしてしか機能しておらず、実際の竜の正体が物語で断片的に出てきた少年だと言われても、「へー、そうなんだ」としか思えない。そもそも主人公が最初から竜の正体を知りたがっている動機がわからない。
・既視感のあるシーンの寄せ集め:迫力のある映像が多数あり、そのシーン単体ではクオリティが高いが、どこかで見たようなシーンが多い。そもそもストーリーが薄っぺらいため、一本の映画としてみると、陳腐なものに感じられてしまう。
・不快なだけの演出:主人公の母親が少女を助けて命を落とすシーンや、大勢のクラスメイトにカラオケを強要された主人公が嘔吐するシーンや、主人公が幼馴染のイケメンと校内で話していただけでクラスのグループトークで袋叩きにされるシーンなど、不快なシーンは多数あるが、それによって登場人物が成長したり、物語上重要なシーンとなるようなことはない。
・仮想世界には参加者が50億人いるらしいが、その50億人は好き勝手に文句をいうか観客になるか野次馬になるくらいしかしない。実際のネット上でもそういった側面はあるが、いざというときに団結するという側面もある。本作ではそこが描かれていない。サマーウォーズのときはあったが。
・虐待されている少年を助けるシーンで、然るべき機関に動いてもらえなかったが、虐待の映像を撮っているんだからそれを証拠にすればいいのでは?虐待を受けている少年の居場所を割り出すシーンや、主人公が少年に直接会いに行き、児童虐待をしていた父親が、急に現れた女子高生に睨まれただけで怯んで腰を抜かすシーンなど、ご都合主義の演出にうんざりする。
・キャスティングの問題もあると思うが、竜の演技に迫力がない。というか映像の迫力にあってない。未来のミライの長男ほどではないが、違和感を覚えた。もはやこの作品の出来栄え的に、声優の演技がどうとかいう問題でもないが。
主題歌のPVを観て映画館に足を運びましたが、かなり期待を裏切られ、怒りすら覚えたのでレビューを書いてみました。
サマーウォーズを超える作品は、もうこの監督からは出ないような気がします。
ストーリーと棒読みがひどい
歌(100点)×映像(100点)×ストーリー(0点)+棒読み(-100点)=竜とそばかすの姫(-100点)
ストーリーに関して言いたいことは、ほとんど他の人が言ってくれているので1点だけ。
ヒロちゃん。お前、ルカちゃんのこと悪く言っとったよなあ?なのに、なんで最後は楽しそうにルカちゃんと笑っとんねん。
鈴は、その光景見てなんとも思わへんのかい。
棒読みに関しては、細田守作品で未来のミライと同レベルに酷い。
特に、SNSの書き込みを読み上げる奴らは棒読みの極地。逆に感心するレベル。
最後に、他の人のレビューに関して1点。
母親と鈴の行動が対比されてるって意見あるけど、誰かが命を賭けないと救えない状況と、努力すれば安全に救える状況では対比にもならん。
(脚本は対比させるために、無理矢理1人で行かせて、前者と後者のリスクを釣り合わせようとしてたが。)
悪い点も多いが、気にならない
細田守監督作品というネームバリューだけの作品
サマーウォーズが面白かったので、公開される度に見に行ってましたが年々つまらなくなり、展開に納得しかねるような作品になりつつあった細田守作品。
今年はお金と時間が勿体なかったなぁと思うレベルになってしまいました。物語をつめこみすぎ、既存の作品をオマージュ「しすぎ」→その為単純に話がつまらない。
歌と映像美だけはよかった。というか誉められるのそこしかない。話がつまらないなら映画ですらないですね。長い長いMVです。
細田作品に限らずですが、内容が薄っぺらくなっていくのに、監督名や作品がブランド化して興行収入増えていく現象なんとかなりませんかね…。関係者が天狗になって作品の質を落としかねないので。
美女と野獣の雰囲気があって…
美女と野獣を思わせるシーンがありました。
名前もベルですし、バラ・野獣・美女というキーワードが完全に揃っていたため。
有名な作品だからこそそれがチラついてしまい、
「あれ?似ている…」と思った時には
作品の中に入り込んでいたのが中断された気分でそれがあったので星3つになりました。
なければ4つだったかも…
野獣と美女が踊るシーンなどをみて、『これは恋愛もの?』と思ったのですが
主人公のスズが母の死をきっかけに、日々落ち込んで過ごしてしまい心を閉ざしてしまっています。
それをこのネットを通じて、「人の温かさ」を改めて思い出し、優しく強くなるというお話。
私が個人的に強く思い出したのは、
現実世界でマドンナと言われるルカちゃんが、
シノブ君のことを好き??という世間の噂に
普通ならば下心があるからスズに連絡をしてきたんだろう?と思うところが「誤解」で
彼女が好きなのはシノブではなかった。
人を疑うのは良くないっていうのは改めて感じました、
先入観って勝手に出てきてしまうから難しいけど
日頃から少し寛大に考えていきたい、と社会人の私は基本に戻れました。笑
それから、細田さんはクジラがお好きなんですね☺︎
つまらなかった
歌と映像に☆1つずつ ストーリーと大人達ありえない
歌がとても素敵で、沁み入りました。映像もとても綺麗だし、キャラも可愛かったです。
しかし!突っ込んでもどうしようもないけれど、まずすずちゃんのお母さんが許せない!実の子が泣いて「行かないで」とすがるのに、他人の子を命がけで助けに行って、無駄死にするって何。中州の子はその子の保護者が別にいるでしょう?どうしても助けに行きたいなら、絶対に戻って来られて、自分の子も守れるって状態で行って欲しい。後のすずちゃんの行動もだけど、危険を顧みず助けに行くのを美談にしたいんでしょうか?
すずちゃんが暴力男の所と子どもの所へ「助けに行かなきゃ!」と飛び出して行ったのを、大人達追いかけたのに「あの子が決めたんだから」って1人で送り出しちゃってるじゃない。そこ、一緒に行くなりもっとあるでしょう。
すずパパも、「きいたよ。優しくしてあげなさい。」じゃないでしょ。娘が暴力男の所へ一人で行っちゃったのよ?『パパは君がやればできる子って知ってるよ、頑張ってネ』ってスタンスおかしいでしょ…。
そして、暴力男、女子高生が睨んだだけで腰抜かして逃げ帰るってどうゆう事ですか。そんなに弱かったら伊達に暴力男してないでしょ。
最後、すずちゃん達が会えて良かったね〜って感じだけども。何も変わってないよね…。お互いに「もっと頑張るよ☆」って子ども達が言っただけよね…。
スッキリしないわ〜。
訴えたいことはなんだったんだろう?
声優さんじゃなくて俳優さんや有名人が声を当ててると、大根感が出るけど、幾田りらちゃんナチュラルで違和感なかった!
改めて、歌と映像はとても素敵でした!
名作と凡の間
最近の細田守作品の中では一番面白かった。
歌の部分は凄く力があり揺さぶられるものがあったので是非劇場で観て欲しい。
SNSとアバターにより凡人がネットでは注目されるという設定も良い。
賛否両論だが美女と野獣のオマージュというかそのままというかそういったシーンは良かった。
ここにポイントを絞れば名作になっていた。
個人的に名作になり得ないと思った部分。(ネタバレあり)
・ヒーロー役である敵の存在意義がチープでデザインもリメイク009のような既視感。悪の対比に対して正義は必要だが警察組織ではなく個人で行っているみたいな安っぽさを大袈裟に表現。結局何者かもわからないやつが裁いている。
・竜の正体が安い。まず、海外をミスリードさせて日本の虐待を受けてる子ども。
歌のシーンが壮大なだけあって竜の正体がしょぼく感じる。
・主人公が正体を明かすシーンの理由がショボい。
竜に信じて貰うためというのはわかるが、あそこのシーンの表面的な部分を見ると子どもに信じてもらうために正体を明かしただけ。
竜の正体がショボいので物足りなく感じる。
・幼なじみの存在がよくわからん。恋愛感を持ち出しておいて最後の方はよくわからん存在のアドバイザーに成り果てる。
関係性はあのままで良いのかもしれないけど後半のアドバイザー役に結局なんなのかよくわからん
総合的に見ると良作ではあるが細田守の性癖が垣間見える悪い部分も見える作品。
凄い部分が凄すぎて勿体ないと感じた。
歌は素晴らしい
歌への注力がかなり感じられ、演出も力が入っている。
IMAXで聴いた時の臨場感は素晴らしかった。
中村佳穂の良さが大部分を占めている作品。
個人的に細田守監督の作品は好きで毎回見ているが、サマーウォーズから脚本には疑問を抱かざるを得ない内容になっている。
正直言って今回もその一つ。
ただそれは見方一つである程度は緩和されるように感じる。
映画の設定、背景等知り、さらに2回見るとよりそれは感じるかもしれない。
すずの母親がなぜ子を置いてまで他人の子を助けに行ったか、ベルがなぜ竜に惹かれたのか、すずが竜に会いに行き、竜の父親がすぐに手を引く展開の雑さ等々。
ツッコミどころも謎も多いという点でマイナス。
あと展開がサマーウォーズに似過ぎて既視感が凄い。
もうちょい新作っぽいの出して欲しい。
細田守監督、頑張ってください。
中村佳穂の圧倒的な才能が全てを補完する
現代版美女と野獣は良いミスリード
現代版美女と野獣だと話題になっていましたが、ディズニーとは違い野獣は異性愛の対象ではありませんでしたね。
すずは単純に孤独な人への助けたい思いから側にいたいと感じていたのでしょう。
そうなると踊りのシーンとかは必要だったのかな?とは思ってしまいますが、いつも虐待を受けていたけいくんにとっては母性愛の暖かさを感じた瞬間だったのでしょうか。
映像も音楽も美しく心奪われました。
Uの世界でのそれぞれの生き方には現代のネット社会がよく表現されていました。
自己表現を自由にする人、現実では心が満たされず完璧を演じる人、匿名性を武器に誹謗中傷する人、名声を得るために他人を蹴落とす人、現実ではひどい扱いを受け発散する手段として他人を傷つける人。
人を傷つけるのは悪なのだけれど、なぜ傷つけてしまうのか「考える」ことが大切ですよね。
数ヶ所結末や詳細が描かれずにモヤモヤしたひとがいるかもしれませんが、自分なりの解釈を「考えたら」いいと思います。
すずが飼ってたふーがの片足がないことに何の意味があるのか、虐待をうけた2人がどうなったのか…
Uの世界でもそれぞれの正体が誰なのか誰もが気になっていましたが、これは人間のもつ知る欲求を満たそうとしている様子がうまく表現されていました。
答えを安易に得ようとするのではなく、考えてみましょう。
子どもを1人で虐待の現場にいかせるなんてというコメントもありました。
どこまでフィクションで許すかの線引きは人によって違うのですが…
現実にあり得るかどうかではなく、その描写になんの意味があるのか、を考えた方がただ批判するよりかは生産的でしょう。
圧倒的描画
入ることのできない物語
現実をある程度忘れるために映画を見るのだが、それを一周させてまた現実に戻すのも芸術家や映画監督の役割だろう。竜とそばかすの姫はその意味では成功しているかもしれない。児童虐待という問題を入れることによって現実を目の当たりにさせる。だがこれは安否の激しいことになっているようだ。青春+虐待問題+トラウマ回復という3つの項目があり、ここでは虐待問題だけ分離されている。児童虐待は簡単に扱うには重いテーマだが、これをどうにか入れたかったのだろう。これを無理やり入れたので分離され、ここばかりが際立って批判される。このような問題は深く入りこまねば、心を癒やすことはできない。むしろこれが他の物語項目を引き立る項目のようにも感じられてしまう。つまり問題を否応なく軽くしてしまう。
深く入ることができるようで、入ることができない、と感じてしまう。これはまた物語がうまく分離されている。この分離は言語化しにくいが、現実の問題と抽象的なトラウマを解決する問題とがごっちゃになっており、それらが妙に整理されずに表現されているからだと考える。だが主役がうまくこなしていることでそれが感じれないようにできている。中村佳穂のたまものだと考えていいと思う。歌は素晴らしい出来だ。物語はほとんど意味をなしておらず、音楽と映像を感じることだけを取り上げたほうがいいかもしれない(これは多くの人が言っている)。
弱いものがネットを通じて心を通わせる。これは悪くないことだろう。だがそこに入り込んでいくにはその弱さはどこにあるのか、が重要だが、あんまりそこを掘り出して行く感じはなかった。
竜が主人公の周りの誰かと期待させる作りをしており、竜が全く違う人物だったのをみて私は「えっ」となった。なぜボーイフレンドはすずがベルだとわかったのか?(私は竜はボーイフレンドだと考えていた)
私達が成長するには大きな闇の中をくぐりぬける必要がある。この作品には大きな闇がいきなり虐待という形で現れる。そこまでの過程にグラデーションがない。傷が虐待であるまでにいくつかそれを感じさせるものをいれるべきであったのかもしれない。問題はそれが闇であるのはわかるが、すずと同質のものだったか、といわれれば全く別のものである。かれらはどこで分かち合ったのだろう。
主人公の中の傷はわかる。だが傷だけなのである。そこから自暴自棄になってもいなけば、心の闇を広げることもなく、犯罪をするわけでもない。「傷を追ったもの同士」とカッコで囲うことはできるが、同じものではない。その間の橋渡ししたものはなんだったのか。
いろいろ疑問が残る物語だった。主人公がネットに自分の姿をさらけ出したのはどういう効果があったのだろうか?歌を歌うのはあのウェブカメラの前のほうがよかったのではないだろうか?(構成上)等いろいろ考えてしまう。竜の傷は主人公が会いに行くことによって癒えたのだろうか?ただ会えたのはいいが、その後はどうなるのだろう。すずはUで姿を現したあと、学校でいじめられないのだろうか?私が一番気になったのはここだな。スクールカーストが崩壊するだろう。
もう一度戻るが、竜とそばかすの姫の間の共通点はなんだったのだろうか?何が間を行き来した結果のカタルシスだったのだろうか。お互いはインターネットという媒体を取り払って会って理解しあっていたけれど、お互いの中に何が残ったのだろう。私は彼らに聞いてみたい。
私はこの物語には入ることができなかった。それは世代の違いかもしれない。だが入ることができる人はこの物語について何度も考えることができるから幸いだろう。
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