「細田守監督の卒業作だった」竜とそばかすの姫 T2さんの映画レビュー(感想・評価)
細田守監督の卒業作だった
これには細田守監督の作品たちを愛する人へのファンサービスのような作品という側面がある。
これまでの時をかける少女から未来のミライに至るまでの作品のオマージュと対比が随所に散りばめられている。オマージュには些細なものから本質的なもの、スタジオの好みまで多岐に渡る。
【今作におけるオマージュ】
最も小さなものではおおかみ子供の雨と雪のような家族団欒で焼き鳥を食べるシーン、大きなものでは終盤の時をかける少女のように下り坂で転ぶシーン。なかにはバケモノの子の渋天街を思わせる迷路や、サマーウォーズにもあったセーラームーンを意識した変身シーンが再登場した。
またオマージュとは違うが、ストーリーの展開内で初めてカップルが成立するというファンサービスもある。
これらは物語の本質とは関わりのないものだが、これらによって本作が細田守監督の総集編的な意味合いを持つことが十分すぎるほどに感じられる。
そして細田守監督が実際の体験を基にストーリーを組み上げるのはスタジオのプロモーションで知っている人も多いだろう。それが今回はなんだったのか。
それはインターネットへの怒りだったように思う。
時をかける少女で名を揚げ、サマーウォーズで世間が抱くイメージと期待に応えつつ大きなヒットを生んだ。結婚して親戚が増えた体験からサマーウォーズを描き上げた監督は、おおかみ子供の雨と雪から1作挟んで自身の子供と子育てをテーマに作品を作ったが、それらは監督への世間のイメージから離れた受け入れられにくい作品だった。特に未来のミライに対するネットの声はすごいものだった…今作はそれらに対する気持ちが噴出しているように見えてならない。
今回の作品は視聴者目線で明確な敵が存在する。ジャスティンという行き過ぎた正義を振るうキャラクターで、世に言う正義マンを揶揄した存在である。しかし敵として描かれる彼が裁きを受けることはない。スポンサーが剥がされるくらいである。社会の実情を強く映し出した存在と展開だが、これと同じキャラクターとして竜の父親がいる。彼も映画内で何らかの裁きを受ける描写はない。DVを働き、見ず知らずの少女に暴力を振るうような、人の道から外れた存在に然るべき罰を与えることのできない現実を描いている。彼らはこの物語が監督から見た社会をそのまま描き出した作品であることを示すキャラクターである。
【今作における対比】
全編を通して、一貫して監督の出世作であるサマーウォーズとの対比が描かれる。
インターネットのよい面に強くフォーカスしたサマーウォーズと、負の側面を嫌というほど強調した竜とそばかすの姫。仲間や親戚がアバターを通してインターネット上で集まることをメインとしていたのに対して、仲間たちがASより先に現実で駆けつける今作。
監督自身が作り上げたインターネット像に対して、経験を以って否定をする今作は、観る人が「つまらない」という感想をインターネット上で述べることに野暮ったさを感じさせるものである。不特定多数相手に本当に聞いてるかも分からないような言っても言わなくてもいいことを、顔も出さずに述べることは今作に限ってはよしておいた方がいいんじゃないか…と。
実際今作の感想として「つまらない」とだけネット上に記した知り合いに対して、本当に映画を観たのかと疑ってしまった。
作品単体だけでなく、監督が今作を通して伝えたかったことを受け取るべき時間だったように思う。
最後に、今作は歌がとても素晴らしい作品であることは疑いようもない。観終わった後も楽しみのある良い作品だった。