「雑すぎるストーリーと人物造形」竜とそばかすの姫 ゆみさんの映画レビュー(感想・評価)
雑すぎるストーリーと人物造形
細田守監督の作品を見るのは6作目ですが、こんなにひどいと思ったのは初めてです。
オマージュではなくサマーウォーズの焼き直し+美女と野獣のパクりというのが、見ている最中に思った初めの感想です。
見終わって、何がこんなにも苛々するのか考えた結果、一番腹立たしいのは人物造形の雑さだと気づきました。
主人公の周りに「いい人そう」な人たちが出てきますが、最後まで彼らの作中での役割が見えません。結局、彼らは口だけで何の行動もしません。
正義を振りかざす「悪そう」な人たちが出てきますが、彼らの目的や意図は最後まで表面的でただの悪役以上のなにものでもありません。
「虐待していそう」な父親と「傷ついていそう」な少年が出てきますが、虐待の実態とも言えるシーンはたった一度の怒鳴り声だけ。
因みに、虐待されているはずの少年はインターネットに繋がるPCを与えられ、システム構築のノウハウを何故か持っており、ネットの世界で大暴れしています。そして、ネットで大暴れする行為が何かを守るためらしいのですが、結局最後まで何のために暴れていたのか分かりません。父親に傷つけられるカタルシスで暴れて他のユーザーのシステムを壊していたなら迷惑な話です。というか、それ父親と同じです。
そして、それだけの能力がある赤の他人の少年(中学生くらい)を女子高生の主人公が一人で、虐待していそうな父親から守るために助けに行きます。周りの大人は事情を知っているのに、一つも手助けしません。
やさしそうな人たちがいるのは高知の片田舎で、虐待していそうな父親と、その子供がいるのは東京です。何、その先入観!
そして、はるばる東京に来た主人公は、奇跡的に、その傷ついていそうな少年と会います。そして虐待父親の前に立ちはだかるのですが……、少年と大きさ変わらない少女が、がたいのいい成人男性の前に立ちはだかって何ができたのでしょうか。
そして次のシーンで主人公は地元に帰ってきています。少年がどうなったか(児童相談所に連れていけたかなど)全く分かりません。というか、少年は確実に自分で児童相談所に行く能力を持っていました。
何が苛立たしいかといえば、たった数言で「こういう人間だ」と作り手が断定して、受け手に押し付けるやり方です。それ、映画の中で「断面だけを見て批判だけする傍観群衆」として描かれている人々と同じじゃんって心底思いました。
表面性を打ち破った先に「作品」があるのではないでしょうか。
母親が死んでから面と向かって話せなくなってしまった自分の父親を主人公はどう思っているのか?
主人公が本当に越えられていないものとは何なのか?
塞ぎ込む娘を父親はどう思っているのか?
妻をなくしたことをどう受け止めているのか?
幼なじみは主人公を何故、気にかけ続けるのか?
クラスの仲良しな少女は、何故、世の中を斜に見ているのか?
合唱団のおばさんたちは主人公の何を、何故見守っているのか?
こんな問いはほんの一部でしかありません。
「母親が死んだから」そんな一言で片付けず、きちんと描いてほしかったです。作者が100考えてようやく1か2伝わるのが作品だと思います。作者が練れていない人物が受け手に伝わるはずはありません。
表面性を保って安全なエンターテイメントを作りたいなら、ディズニーぐらい子供を楽しませるプライドとポリシーを持って勧善懲悪にすればいいと思います。中途半端に問題意識持って、一見深そうな作品っぽくして、掘り下げもしないで逆にステレオタイプな人間を描いてしまうなんて、勧善懲悪以上に危険な害悪だと思いました。
ストーリーの雑さで言えば、主人公の通う学校の描写が数分間出てきます。そして、陰キャの主人公が「イケメンの幼なじみ」に手を掴まれている瞬間を見られて、クラスLINEが大炎上していじめられかけます、が、「勘違いだよ」と訂正することで、事なきをえます。その後、クラスのことは一つも出てきません。そのシーンこの映画に必要だった? と本気で謎に思えます。そういうシーンがたくさんあって、結局何が描きたかったのか……。
激似のサマーウォーズの方は、ちゃんと一人一人の個性と役割がありました。端役の一人一人にまで血が通っていました。
暴走AIを作り出してしまった無責任なエンジニアにも無責任になってしまった「背景」が見えました。
サマーウォーズを見た人にしか分からない表現になってしまいますが「満開の朝顔が咲き乱れる小道を、祖母に手を引きずられるように歩いていく少年の姿」だけで、エンジニアの彼の痛みも、悔しさも、理不尽も感じさせてしまう、描写、造形の繊細さがあの映画にはありました。そうやって一人一人をきちんと描いたからこそ、人間の「あたたかさ」が伝わってくるというのに、そういうものを疎かにして「これが優しさだ!」「これがあたたかさだ!」と押し付けられても「そうですか」としか、私には思えませんでした。
伝えたいことが「分かる」のと「伝わる」のは全然違うと思うのです。
これでサマーウォーズより6分も長い!
お金をかけて、キレイな画像を作って、キレイな歌を入れて、これはPVじゃなくて映画でしょうが、と言いたくなる作品でした。