「サマーウォーズの次に」竜とそばかすの姫 kijさんの映画レビュー(感想・評価)
サマーウォーズの次に
題材の類似性からサマーウォーズが思い出されるためか、比較されて酷評される方が多いようですね。
ただサマーウォーズの頃がSNSが本格的に普及し始めた時期だとすると、今は世界中に浸透し良いこと悪いことがある程度認識されている時期になっていることから、ネット世界を舞台にするのであれば扱うテーマは自ずと変わるだろうなと思います。端的に言うと、サマーウォーズがネット世界の可能性を見せるものであったのに対し、本作はネット世界の現実と希望を提示するものです。
舞台、人物設定として
・主人公は母親を自然災害によって亡くしており、自分は残された犠牲者意識に苛まれている。
・トラウマにより母親から教わった歌を人前で歌えなくなる。
・父親をはじめとして幼馴染や同級生と関わることに難しさを感じ、コンプレックスになっている。
・唯一の親友から誘われた仮想空間で、アバターを介して歌を歌い自己実現を図る。
・ライブを行おうとしたところに、自警団に追われた竜が乱入してきて興味を覚える。
・竜は突然現れ、非常に暴力的であることから嫌われており、自警団によって正体を晒されようとしている。
一度観ただけなので細かいところは違うかもしれません。登場人物はみな、現実ではコンプレックスや障がい、悩みをかかえています。仮想空間は言わば現実世界の負担から解放される、もう一人の理想の自分で生活できる世界になります。人種や民族、世代を超えて一つの世界で平和的に暮らすことのできる世界を実現できる可能性があるのが仮想空間です。サマーウォーズが提示したのがこの可能性だったのに対し、本作はその理想のはずだった世界で起こるネットいじめやセーフティネットから外れてしまっている少数の人々の救済です。大きく見れば世界は救われたかもしれませんが、より個人にフォーカスすると世界は残酷であり、それでも人々によって助け合えることが示されます。
残念ながらアバターがないと本心を伝えることができない、本音を吐き出してしまうとすぐに炎上してしまう、ということが現実のあちこちで起きています。前半は細田監督らしくその様子をコミカルに描いていました。また規範意識が強く現れすぎた結果、そこから逸れる言動はすかさず批判されてしまいやすくなっています。「あなたは誰?」とその背景を探り、分かり合おうとすることは少なくなっています。主人公が終盤にとった行動は、現実の世界と仮想空間双方の事態の解決を図る極端な行動でしたが、周囲がそれを認め支えることで世界の在り方を理想的に示します。仮想空間であっても人とのつながりは、言わずもがな大切であり、テクノロジーを介することでより多くの人が繋がり幸せになる世界を作り上げることができるのではないかという点は、常に一貫していると思います。
脚本について否定的な意見が多いようですが、私自身の意見としては良い点でもあったかと思います。それは、同じ劇場内にいた中高生や20代前半と思われる比較的若い世代の人達は概ねよい印象を抱いているように感じたからです。説明をあえて省くことで、自分を重ね感情移入しやすくなっていたのではと思いました。現実の若い世代は非常に繊細で傷つきやすくなっています。そして、親世代は幸せとは何なのかと迷い自信を失っています。誰もが自分を投影しやすいように練られた脚本と言えなくもないのかなと思います。展開についていけず、後から考えるとそういうことだったのかなと思うこともありましたが、考えながら観るのが好きなので、私はOKでした。
一つ細田監督にお願いしたいのは、本作の歌やサマーウォーズの数学など、一芸や才能に依らずに自己実現を図る主人公を軸とした作品も作っていただけないかということです。でもそれだとキャラクターが弱くて大衆向けの作品には向かないでしょうか。難しいですね。