「バーチャル世界が実人生に及ぼすものを描こうとした細田守の実験作(成功しているとは言えないにしても)」竜とそばかすの姫 もーさんさんの映画レビュー(感想・評価)
バーチャル世界が実人生に及ぼすものを描こうとした細田守の実験作(成功しているとは言えないにしても)
①目の前で、増水した川の中洲にいる子供が間もなく溺れ死ぬかもしれない時にあなたはどうするか。自分の命や自分の子供の命を優先するか。他人の子であっても今目の前で失われようとしている命を助けようとするか。冒頭で描写されるヒロインの母親の行動と心理とが最後まで映画に、ヒロインの心に問いかけ続ける。②しかも、子供を助けようとして命を落とした母親の行為に対しての声は賛否両論あったと思うのだか、映画の中では何故か非難の声のみしか拾われていない。③さて、「U」というバーチャル世界。最初は『サマーウォーズ』の「OS」の世界を進化させたもの(悪く言えば二番煎じ)と思うが、描かれ方はずいぶん違う。「OS」の時は「OS」というバーチャル空間がどのような世界なのかをかなり詳しく説明していた。それに反して「U」ではバーチャル空間の説明よりもそこでの自分のアバターの創造過程の説明に主眼が置かれている。バーチャル空間「U」の姿は進んだ技術(?)で驚く程壮大で且つ微細に描かれていても、主眼は「U」自身ではなくそこに住むアバターたちにあるのだ。そこが『サマーウォーズ』とは違うところ、細田守には『サマーウォーズ』の再来を作るとか進化版を作る意図などなかったことがこれでわかるだろう。ここでのバーチャル空間はいずれ人間が創造するだろうものの一例でしかなく背景でしかない。④ヒロインは母親を早くに亡くした喪失感、母親が自分でなく他人の子供の命を救うことで命を落としたことに対するアンビバレントな気持ちを抱えて、父親はもとより自分を気遣ってくれる幼馴染みや母親の友人たちにも心を開かず殻に閉じ籠っている少女だ。しかし右足先を亡くした犬の面倒を見ている本来優しい女の子であるのは描かれている(犬が足先を失ったわけは最後まで描かれない。つまり少女の優しさを言葉でなく目で見せる一つの道具である)。そういう彼女を理解している親友は、実人生では自分を解放できない彼女を「U」の世界に招いて本来彼女の中に埋もれていた歌の才能を発揮させることで「U」の世界の歌姫にする。ここではバーチャル世界は実人生では解放されないヒロインのもうひとつの自分の居場所としての受け皿でしかない。⑤そのバーチャル世界で彼女は竜と出会う。彼女は「Belle」であり竜は「U」では「Beast」と呼ばれているから、これはもうバーチャル世界における『La Belle et la Bete』であることは丸わかりだか、本来恋愛ものである『美女と野獣』にここでは捻りを加えている。Belleの優しい心はBeastが悪ではなく苦しむ心を抱えていることを見抜き救いたいと思うが恋愛感情をいだいているわけではない。⑥さて、ここでバーチャル世界における「ジャスティス」の存在になるわけだが、本来自由な空間であるばずの「U」にこのような連中が生まれた背景・キャラクターが描写不足で、話を先に進めるための記号でしかなく物足りない(この映画の欠点)。コロナ禍での「マスク警察」に見れるように、いつの時代・世界でも正義感ぶる自称「...警察」というのは出現するものだけれども。⑦その「ジャスティス」に追い詰められた竜を救おうとヒロインは実世界での正体を50億人の中から突き詰めようとする。この件(くだり)は謎解きのスリリングさよりも伏線回収の役割の方が勝っているけれども。正体は自分も虐待を受けながらも同じ虐待を受けている弟-発達障害?-を守ろうとしている少年。それが判りヒロインは矢も盾もたまらず東京へ向かう。竜をそして兄弟を救う為に。その姿にかって子供を救おうと川に飛び込んだヒロインの母親の姿が重なる。ヒロインもはじめてあの時の母親のお想いが理解できたのではないだろうか。(兄弟を救うには他の方法もあっただろうと思うのだか、この際一応置いといて。)東京で兄弟と邂逅できた件(くだり)はむしろオマケ。⑧実人生だけでは恐らく一生決して交わることが無かったようなすずと恵の二人。しかしバーチャル空間で出会ったことで、二人は実人生でも繋がりお互いを変える絆を結べた。SNSを含む(因みに私はSNSは殆んどやりません)インターネット空間は、炎上したり悪意のある書き込み(悪口・誹謗中傷・非難)で溢れているというネガティブなイメージがあるが(実際にああいうことをする輩は、ごく一部の“自分ほど偉いものはいない”と思っている頭の高い人間か、他人を卑下・否定することでしか自分を肯定できない悲しい人たちだけらしいけど)、実人生に影響を及ぼしてそれを良い方向へ変えていくポジティブな可能性があることを細田守はここでエンタメの形で提示したかったのだろう。それがもうひとつ切れ味の悪い映画になってしまったとはいえ。⑨あと、劇中でのBelleの歌声とその歌には全く魅力を感じなかった。従い、クライマックスでBelle(すず)の歌には「U」の観衆が感動したようには感動出来ず。ただ、東京へ向かうヒロインが、今まで心を開かなかった父親に連絡を入れ(昔なら手紙か電話だったのがLINE?なのはやはり現代だな)、それに対して父親(役所広司が声をあててたんですね)が『すずが母親のように優しくて強い子に育ってくれてありがとう』と返信するところでは涙腺崩壊してしまった。⑩というわけで悪い点はつけられないが、私個人としてはやはり『おおかみこどもの雨と雪』が今でも細田守の最高傑作だと思っていますけど。