「虐待の可能性は誰にでもある。」明日の食卓 琥珀糖さんの映画レビュー(感想・評価)
虐待の可能性は誰にでもある。
2020年。監督:瀬々敬久。原作:椰月美智子の同名小説。
3人の母親の共通点は小学生の息子の名前が、
《石橋ゆう》なのです。
3人の母親の日常を淡々と描く前半1時間はやや退屈。
後半はそれぞれの問題点が噴出してきて、驚く展開です。
石橋留美子(菅野美穂)=神奈川県在住。
…………………2人の小学生の男の子の母だが、フリーライターの仕事を生き甲斐としてる。
石橋加奈(高畑充希)=大阪在住。
…………………離婚して一人息子のゆうを育てる働き詰めのシングルマザー。明るい。
石橋あすみ(尾野真千子)=静岡在住。
…………………地元の名家に生まれた年下の夫と、小5の息子と実家の敷地に住む専業主婦。
3人の母親が交差することはありません。
(3つのエピソードのアンソロジーをまとめた感じです)
椰月美智子さんの同名原作では、
菅野美穂演じる瑠美子が子供を叱りつけて、
激しく殴る虐待シーンから始まっているそうです。
前半を3人の母親の紹介に当てていますので、退屈などこにでもいそうな母親の日常に、
私は共感も特に持てずにいました。
高畑充希さんが演じる加奈が寝る間も惜しんで働くシングルマザーで、
明るく健気で他人にも母親にも頼らず頑張ってて、
一番応援してみてました。
加奈には次々と金銭的苦境が襲ってきます。
みていて辛いです。
加奈が健気で明るいので余計に、いたたまれない気持ちでした。
あすみの息子は、友達を利用してイジメのターゲットを殴らせる。
それを見てる自分は手を下さない。
実はイジメの黒幕です。
「人を動かすのは面白い」とうそぶく性悪ぶりを現して、モンスター化して行きます。
そして、母家に住む姑(真行寺君枝)は、庭で用を足す・・・
それを知るのは息子のゆうだけなのです。
姑は認知症が進行しています。
あすみは普通にみても、かなり鈍いですね。
嫌いな姑でも、日々のゴミ出しをしてるか?してないか?
それを、知らないなんて、到底理解できません。
あすみの夫が、母家へ全く出入りしてない・・・これもあり得ないですね。
だったら家族揃ってボンクラですね。
そして、息子の異変にも気付かない《あすみ》です。
留美子は野心家だと思います。
ともかくライターとして頭角を現したい。
本音は家庭(夫より子供)より、仕事が大事・・・。
ヤンチャな息子2人に手を焼いて、怒鳴りまくりますし、カメラマンの夫が失職すると、
カメラを壊してしまう程、抑制のきかないところがあります。
「あなただって、もしかしたら子供を虐待死させるかもしれない!!」
これが隠れテーマ・・・なのですが、
モンスター予備軍のあすみの息子も、結局、なんの解決もつかないですし、
加奈の貧しさも、この先ずっとずっと続くのでしょうし・・・
(加奈さん、切ないですね。)
子供の靴は来年には、もう履けないのです。
日々の成長。すべてお金が掛かります。
加奈さんに幸多かれ!!・・・そう願わずにはいられませんでした。
ラストはライターの留美子が、虐待死をさせた母親を取材して、ルポルタージュを
書いています。
取材対象の女性は本当にどこにでもいる平凡な人でした。
でもたしかに、
留美子が子供の悪戯に激昂した時、沸点を超えたら?
あすみがモンスター化する息子に、手をかけたら?
加奈が貧困のあまりに、無理心中を考えたら?
これが「明日の食卓」ならぬ「明日の現実」
映画はなんの解決策も示さないけれど、解決しないからこそ、現実を映してるのかもしれません。
たしかな《警鐘》
どこの母親にも「虐待死」の可能性はある?!
そう言ってるように思えました。