「複雑な人間模様を解りやすい物語にしてみせた佳作」BLUE ブルー 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
複雑な人間模様を解りやすい物語にしてみせた佳作
相手選手と激しいコンタクトがあるスポーツでは、程度の差こそあれ間違いなくスポーツ禍が発生している。ウィル・スミスが主演した映画「コンカッション」では、アメリカンフットボールの試合で発生する脳震盪(コンカッション)によって、その後の人生に深刻な影響を受けた事例と、そういう事例を隠そうとしているスポーツ界を扱っていた。
公開の格闘技は、相手選手とのより強いコンタクトを目的とすることから、スポーツ禍の中でも特に「リング禍」と呼ばれている。それだけ事例が多いということだ。特にプロボクシングは、相手選手にどれだけ多くのダメージを与えるか、自分がどれだけダメージを受けないかを争う格闘技だから、必然的にリング禍が発生する確率が高い。
ボクシングは打たれないで打つ、または打たれる前に打つのが理想だが、彼我の差が大きい場合を別として、多少は打たれてしまう。そこで求められるのが打たれ強さと、相手選手の打たれ強さを超えるパンチの強さである。それに加えて長時間の試合を戦い抜くスタミナだ。この3つを極限まで高めるために、プロボクサーの練習は過酷を極める。試合の戦略を考えるのはそのあとだ。
さてボクシング談義はこれくらいにして、本作品だが、ボクシングの奥深さを上手に表現しつつ、ジムに通う人々の複雑な人間模様を解りやすく物語にしてみせた佳作だと思う。
ボクサー役の三人はいずれも引き締まった体つきで、役作りのためにトレーニングに励んだのだろうと推測される。特に松山ケンイチは、痩せこけているように見えるほど、ストイックに身体を絞っていた。あの顔と身体はもうボクサーにしか見えない。流石の役者根性である。演じた瓜田は、所謂ヤンキー上がりのボクサーとは一線を画す温厚な人柄で、格闘家に必要なある種の残虐さに欠けている。それでもボクシングを続けているところに、瓜田の心の闇がある。
東出昌大は複雑な人格を表現するのには向いていないが、思い込みの激しい単純な役柄は上手にこなす。そしてそういう役柄は大抵の映画に登場する。背が高くてスクリーン映えするから、今後もオファーが絶えないだろう。
柄本時生がよかった。劣等感と虚栄心と臆病さと図々しさがせめぎ合っているようなややこしい青年が、物語が進むにつれて徐々に勇気を得ていく様子を見事に演じていた。
脇役陣も例外なく好演。特にボクシングのシーンはリアルで迫力があった。松山ケンイチをはじめとする役者たちの頑張りに見事な演出が加わって、登場人物の心の機微が手に取るよう伝わる素晴らしい作品に仕上がっていると思う。