劇場公開日 2021年8月20日

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「上林に撃たれて死にたい気がした」孤狼の血 LEVEL2 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0上林に撃たれて死にたい気がした

2021年8月22日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 昭和の時代の話だと思うが、ヤクザ映画を観たあとの観客は肩で風を切って歩くと言われていたらしい。男は一歩外に出たら7人の敵がいるという、根拠不明の紋切り型が大手を振っていた時代だ。「男は泣くな」「男なんだからしゃんとしろ」「男だろ、はっきりしろよ」等という言い方が非難されなかった。「俺は男だ」というテレビドラマもあった。

 男尊女卑の思想は否定されるべきだが、昭和の文化まで否定することはない。その時代背景で人々がどのように生きたのかを表現することは、どんな時代にあっても重要な活動である。暴力団が実際に存在した以上、社会の暗闇を描くのに登場させない訳にはいかない。登場させるからにはその外側だけでなく、内側も描いてみせたい。そこで「仁義なき戦い」に代表されるヤクザ映画が生まれる。それもひとつの文化だ。本作品には「仁義なき戦い」を彷彿させるニュース風のナレーションがあった。白石監督にも昭和のヤクザ映画に対する尊敬の念があるのだろう。

 ただ前作に比較するとマル暴の迫力不足は否めない。というか前作で役所広司が演じた大上刑事の迫力がありすぎたのだ。大上の下で修行していた大学出のエリート刑事が大上の跡を継いで暴力団をコントロールするのは土台無理な話で、本作品は前作でなんとか保った危ういバランスが破綻する過程を描く。吉田鋼太郎が演じた綿船会長の「狼はひとりしかいないんだ」という台詞がすべてである。つまりマル暴の迫力不足は、白石監督が意図したものだった訳だ。
 松坂桃李の演じた日岡刑事は線が細くて、どんなに頑張っても本作の迫力が精一杯だったと思うが、白石監督は逆にその頼りない印象を生かして、暴力団と対峙する危なっかしさを演出する。同じように線の細い村上虹郎とタッグを組んでいるところもいい。破綻が目に見えている。

 悪党の上林を演じた鈴木亮平は、努力家らしく腹を括った凄みのある演技が素晴らしい。よく鍛えられた広い背中がすでに日岡を圧倒していた。加えて頭のよさが日岡を断然上回っているところが肝で、経験の浅い日岡を徐々に追い詰めていく。死も破滅も恐れずに残虐の限りを尽くそうとする上林に対して、日岡はどこか腹の括り方が中途半端だ。時代が変わりつつあることを理解せず、大上の理屈にしがみついている。腹の括り方が足りないのは他の警官たちにも言えて、保身が第一の上官たちには日岡を守ろうとする者は誰もない。日岡が漸く大上の時代が終わったことを実感するラストシーンは、とても印象的だった。

 上林の怒りは虐げられた者の怒りであり、大変に根深い。暴力のリミッターを外しているから、男も女も子供も犬も無関係に虐殺できる。ほとんど鬼だ。自分に逆らう人間、自分に嘘を吐く人間、自分を殴った人間は、その家族も含めて怒りの対象である。残虐の限りを尽くす上林の姿は、誤解を恐れずに言えば、ある意味で爽快である。上林に撃たれて死にたい気さえした。

 終映後、神原刑務官がちゃんと上林によって殺されたかどうかが気になった。見落としたのだろうか。どうせなら最悪に酷たらしく殺されてほしかった。そんなことを考えながら知人に会うと、今日はなんだか怖いねと言われた。もしかすると当方にも上林の怒りが伝染していたのかもしれない。

耶馬英彦